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忍な天秤蠍 ななし 2006/10/03(火)01:33

   流れを逃した妄想なのでこっちに吐き出し。
遊郭で策謀のための情報を集める蠍と、その蠍と外界を繋ぐ出入りの呉服屋の天秤で。

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 勝手知ったる仲間の職場。階を上って障子を引けば、ふわりと漂う伽羅の香。
 透かしの入った衝立の向こうで、こちらを待っていた蠍が小さく笑んだ。
「天秤……もう来てくれないかと思っていた」
「客に言うような言葉はお止めよ、蠍」
 こちらも朗らかに笑いながら、障子を閉めて荷を降ろす。
「次の獲物のお役人、見かけによらず数寄者だって噂だからね」
 広げた荷の中には紬の小袖。
 この色町だけで許されたその絢爛な色彩は、けれど己にしてみればいささか納得のいかないものだ。
 我を張り競うような艶やかさなど、蠍には似つかわしくない。
 沈黙し、それでも人を惑わせるような妖しさこそが、彼の魅力だと思うのだけれど。
 そんな風に考える己を知ってか知らずか、蠍は膝でこちらににじり寄るとおもむろに小袖を広げ、座ったままでそれを羽織った。
 椛の色が翻り、合わせを胸にかいこんだ蠍が、こちらへ静かな目を向ける。
「似合うか?」
 そうやって聞いてくるのはいつものことで、己も同じように言葉を返した。
「ああ、とても似合うよ」
「……お前は嘘ばかり言うからな」
「嘘なもんか、本当に綺麗だよ」
 言葉遊びが繰り返される。
 けれど、口ぶりの穏やかさに反し、見据える蠍の瞳はどこか切ない色を浮かべている。
 ――或いは彼の瞳に映るのは、己の心であったのだろうか。
 どちらにせよ、それは笑顔の底に沈められた感情だった。
 明けの色町にまどろむ夢と、そう割り切るべき思いであった。
「……こんな狸爺の趣味よりも、天秤の見立てに身を任せてみたいものだ」
 冗談めかして口にされた言葉に曖昧に笑い、そうだね、と言う。
 互いに出来ることといえば、それしかないと判っていた。