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「イッちゃんとジロ君、喧嘩してるみたい。どっちもボクに、二人だけで夜店に行こうって言うんだよ」
「三人で行けばいいじゃないか。仲直りに」
「ボクもそう言ったよ。三人一緒ならいいって。だけど、それはやだって。そのうち、オレとあいつとどっちがいいんだなんて怒り出すんだもの。そんなの選べないし……もう行かないって返事した」
「……他の友達とは?」
魚は黙ってかぶりを振った。
夜店には行きたい、けれど二人の友達のどちらかを選ぶことはできない。子供なりにジレンマを抱えて、魚は悩んでいるようだ。ふと思い付いて、蟹は言った。
「だったら兄さんと行くか? 秋祭り」
「ほんと!? いいの!? 大学のレポートがあるって言ってたのに……」
「丈夫だよ。っていうか、そう思うなら、少しは掃除や洗濯を手伝ってくれ」
「えへっ。……ねえねえ、だったら蠍兄さんも誘って、三人で一緒に行こうよ」
「蠍も?」
蠍の名に、蟹は当惑した。けれど魚は気づかなかったようだ。
「よかったぁ。他の友達を誘うのって、イッちゃんにもジロ君にも悪い気がして、我慢してたんだ。でも兄さん達と一緒だったら、どっちに出くわしても気まずくならないよね」
別人のような晴れやかな顔で朝食を終え、魚はダイニングキッチンを出ていった。
そのスリッパの音に混じり、もう一つの足音が聞こえた。階段を下りてくる。蟹の心臓が跳ねた。
蠍が廊下からこちらを覗く前に、蟹は席を立ち、食べ終わった自分と魚の食器を運ぶふりでシンクに向かった。
「……おはよう」
廊下を歩いていく蠍の声が、背中に聞こえた。おはよう、と答えたつもりだったが、舌が上顎に貼り付いてうまく喋れなかった。
洗面所の方から、魚の明るい声が聞こえてくる。魚は昨日のことを知らないから、いつも通りに蠍に接することができるのだろう。皿を洗いながら、蟹は溜息をついた。
(相手が普通の女子高生だったら、よかったのに……)
それならば兄として、蠍もそんな年頃になったんだなあと、微笑ましい気分で見守ることができたはずだ。
蠍がダイニングキッチンへ入ってきた。
「おはよう。昨日は遅くなってごめん、兄さん」
「あ、ああ……」
曖昧に答え、蟹は食卓の方を盗み見た。
自分でご飯をよそい、箸を取った蠍は、いつもと同じ弟だ。そのはずだ。学生服のボタンをきっちり上まで留め、校則通りの髪型に、ピアスやリングなどのアクセサリーは一切なしという、どこから見ても隙のない、真面目な高校生の姿だった。
……昨日見た光景は、夢だったのだろうか。
そうであってくれたら、と思いながら弟を見ていると、視線が合った。
「なに?」
「あっ……べ、別に、その……味噌汁、濃すぎないか?」
「いつもより塩辛いね。でも今日はその方がいい。昨日の夜、すごく汗をかいたから」
「!!」
蟹はつんのめり、洗い桶の中へ顔を突っ込みかけた。振り返ると、蠍が声をたてずに笑っているのが見えた。
「蠍、お前、お前っ……高校生なのに、まさか、そんなっ……!!」
「岩盤浴の店に連れていってもらったんだよ。……何だと思って慌てたの、兄さん?」
「な、何って……」
蟹は言葉を失った。玄関から魚の「行ってきまーす」という声が聞こえてきたけれど、返事をすることができなかった。代わりのように、蠍が声をかけた。
「気をつけて。遅くなるなよ、魚」
自分のことを棚に上げた発言に、ようやく蟹の金縛りが解けた。溜息をついたら、蠍が瞳を笑わせた。
「見られたかなって思ったんだ。二階で兄さんの起きてる気配がしたのに、玄関まで出てきてくれないし、お帰りも言ってくれなかったから。……別れ際がしつこくて困るよ、あの男は」
「こ、こ……恋人、じゃ、ないの、か?」
「嫌いじゃないけど。……しいていえば、お友達かな。相手はそれでもいいって言ってるし」
蟹はシンクに片手をついて体を支えた。足の力が抜けそうだ。