ゾディアック学園 山羊視点・2 /蟹・乙女・水瓶 名無し 2007/07/15(日)01:06

「ご苦労様。あ、もう1枚の方は生徒会室に直接提出しに行ってくれるかな?」
「あ、はい。分かりました」

 途中で1年ズに捕まってしまったせいで入れ違いになったのか、担任が不在だった為
代わりにその場にいた蟹先生へと学園祭の出し物の申請書を提出する事になった。
「それにしても久しぶりだね。新しいクラスにも馴染めたかい?…と、これを持ってきてくれたって事は
 クラス委員になったんだね。君はなんだかんだで周りに馴染みやすいみたいだから、安心したよ」
「まぁ、単に押し付けられただけだと思いますけど…」
 そんな事無いよ、と蟹先生はふんわりと微笑んだ。
彼は去年俺の担任であった事もあり、つい世間話に花が咲いてしまう。
入れて貰った緑茶の香りを堪能しながら、目の前の教師はコーヒーを愛飲していた事を思い出す。
自分の好みを覚えていてくれたのかと、さり気無い心配りに思わず頬が緩んでしまった。
 蟹先生の持つ空気はとても俺を和ませてくれる。それはきっと俺だけの感覚ではないのだろう、
ふいに彼の膝で寛ぐ猫と目が合った。すっと細められた目に彼からも同意を得られた気がする。
うんうん、さぞかし君も居心地が良かろう、と俺は心の中でひとりごち、まだ熱いお茶をすすった。

「君から牡羊の熱量のなごりが見えるね。彼は元気だったかい?」
「!?ゴホッ、ケホ…!み、水瓶せんせ」
 突然背後から耳元に声をかけられ、俺は思わず竦み上がってしまった。
緑茶が気管に入ってむせる俺の背を蟹先生がさすってくれている。
なおもお構い無しに話し掛けてくるこの男、特別教員の水瓶先生が俺は少し苦手だ。
去年、超常科に在籍している間この教師に随分追い掛け回されたのだ。なんでも代々霊能力を持つ俺の家系に
興味を持ったらしい。それからというもの、彼の実験には嫌という程付き合わされたのだが、今年入ってきた
『生きの良い研究対象』とやらに興味が移ってくれたようで、晴れて俺は無事解放されたのであった。
けれどこの白衣と仄かに漂う薬品の匂いは未だに軽くトラウマものだ。

「あーあ、こんな事なら私も担任を受け持つべきだったよ。そうすれば思う存分…」
「こら、水瓶。生徒を研究する為だなんて不届きな動機、俺は絶対阻止してやるからな」
 後ろからやってきていた乙女先生が手にあるファイルでぺこんと頭をはたいて、
物騒な事を口走りかけた水瓶先生を制した。
「乙女先生、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな、山羊。あれからどうだ?俺の所に来ないって事は上手くやっているようだが」
 乙女先生には進路変更の歳に色々相談に乗って貰った。報告も兼ねて挨拶に伺うのを忘れていた事に
今気付いたが、特に気にした風もなく水瓶先生と会話を進めている。
 (一見)同世代な事もあって仲の良いこの3人の教師は学園の中でも人気が高い。
水瓶先生の人気はいまいち理解できないのだが、蟹先生と乙女先生は二人とも熱心に話を聞いて
くれるので生徒からの信頼が厚いのだ。それぞれアメとムチの役目を自然と体現しているらしい。
 乙女先生は自分をカウンセリングや指導に向いていないと思っている節があるようだが、
俺をはじめ彼に助けられた生徒は多いと思う。相談の内容にもよるのだが、蟹先生はいささか
浮世離れした所があるからだ。

「そうはいうけどさ、開眼したての今の牡羊はいわば焼きを入れる前の柔らかな土なんだよね~
 そこに自分が手を加えたらどう形を成して行くのか、見てみたいって思うのが人情じゃないかい?
 ましてやあんなに瑞々しいエネルギーに溢れててタフそうなら尚更─…」
「ああ、ほら、これ見て下さい。学園祭の出し物の申請書がこんなに」
「そういえばそろそろ締め切りだったか。今年は一段と個人主催が多いな…どれ、見せてくれ」
 蟹先生が申請書の束を掲げて見せると、乙女先生はおもむろに手袋を外しながら歩み寄っていった。
体よく話題を逸らされた水瓶先生は年甲斐も無く拗ねたそぶりを見せたが、すぐに気を取り直しパラパラと
申請書を捲っている同僚の手元を覗き込んでいる。

 しばらく俺は蟹先生と談笑を続けていたが、そろそろ茶もなくなろうかという頃、眉間に皺を寄せて
ふるふると申請書を持つ手を震わす乙女先生の姿が視界に映った。
「…あんの、馬鹿め…!」
「あれ、乙女先生?どうなさったん…」
 蟹先生が言い終わらないうちに乙女先生は疾風の如く駆けて行ってしまった。
「やれやれ、乙女のせっかちも相変わらずだね。山羊はもう少しゆっくりしていくと良いよ、
 お茶会に私も混ぜて貰いたいしね」

 ……俺も早く退室したい…

END

最終更新:2007年10月10日 19:51