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カジノ・ロワイヤル 山羊と乙女 774チップ 2007/09/17(月)05:43

続きです。遅起き組その1。



二日酔いからか、はたまた船酔いからか、ひどい頭痛がする。
山羊は目覚めた後も昼近くまでベッドを出なかった。
いつもは規則正しい時間に起き、部下の仕事の確認と神棚への合掌を欠かさずにおれない質だというのに。
獅子との取引までにはまだ日数がある。いたずらに賭博場に出て昨日のようなことになるくらいなら
いっそ帰港までこの部屋に篭っていたほうがましだという気がしなくもない。

昨日ステージの上で出会った男に変な情が湧いているのが自分でも分かった。
義務感と言うほど無味無臭なものではない。罪悪感と、
もう一度会って抱いてみたいような、何もせずにただ話をしてみたいような、説明しがたい気持ち。
あれほど嫌がっていたのに最後にはきちんとあちらも反応したのだから不思議だった。
船を下りるまでに何度も顔を合わせる機会があるのだろうか。
それともあの男はもう部屋から出ないのだろうか。
シャワーで酒精を完全に抜いてからタキシードを着なおし、
賭場に行く前にこっそりあの男の様子を見に行くことにした。


乙女は自室に戻されてからも長々と悪夢を見続け、ベッドを冷や汗でぐしゃぐしゃにして目覚めた。
西洋の悪魔、山羊頭の半獣半人にゆうに八時間以上夢の中でいたぶられていた気がする。
眠ろうとしたがどうしても眠れなかった。冷たいベッドにもたれながらうとうとして、
ノックの音がすると何故か体が硬直してしばらく動悸が止まらなかった。
「はい」と返事した声が自分でも機械的だと思った。

乙(問題ない。動けるはずだ。立て。弱みを見せるな)

あんな目に遭った割には案外簡単に体が動いた。
怪我と同じで意識しなければ今後の賭けにも支障は出ない。もう自分は破産したのにそんなことを考える。
乙女は平時と変わらぬ足取りでドアまで歩いてゆき、そっと扉を開ける。

山羊が、ドアの先で自分を見つめていた。

乙女は反射的に後ずさりした。山羊のぎこちない抱擁じみた視線に目を奪われながら
言葉も出せずに足が後ろへ退がっているのだ。
気がつくと自分の鞄の中からナイフを出して山羊へ向け構えていた。
刃先が光る。山羊は乙女が刃物をだしたのを見ながら微動だにしない。刺されても多分同じ態度のままだろう。
二人は刃物を間に挟んで長い間その場に立ち尽くしていた。

乙「何しに来た」
山「……話をしに」
乙「俺は、この通り問題ない」
山「……」
乙「帰ってくれ」

山羊は戸を閉めることしかできなかった。
刃物など無視できたが、それ以上踏み入れば乙女が自分で命を絶ってしまう気がして。
自分はそういう潔癖な人間と関係を持ったのだなと思って、黙って部屋を後にした。

部屋の戸が閉まって何十分もその場に硬直してから、乙女は顔を真っ青にして部屋の鍵を閉める。
鍵を閉めてからようやく思い出していた。あの男が最初に自分にウォッカを飲ませたことを。
少しでも自分をいたわろうとしていたことを。あの身体のぬくもりを。
あんなにやさしい悪魔は嫌だ。
がたがたと身が震えた。恐ろしいものなのにいつか心を許してしまいそうな自分が嫌で、怖くてたまらなかった。