う、ううっ。
牛の腕の中から少年のか細い唸り声が聞こえる。
肝心なところで横槍が入り、気をとられた乙女と牛がじっと天秤を見ていると
少年はやがて息苦しそうに浅い呼吸をし、眠る体をかちかちに強張らせて
泣き出しそうな声で呻き始めた。

天「…………たい……あ、あ、あ、ああ」
牛「天。てん」

それは乙女が見たものと同じ類の悪夢だった。闇に巣食う獅子の爪痕。
とてもか細い悲鳴をあげ、苦しそうに悶え続ける。

天「……ひあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ、うっ、ひあああーーーーーー」
牛「てん」

牛が弟を呼ぶ声は涙声になり、崩れていった。
起きている時にはあの優しい微笑みで隠していても、眠っているときには顔を隠しようがない。
乙女と牛の二人が言葉を失う前で天秤の唸り声がしばらく続いた。
しばらくして耐えかねた牛が天秤の体を揺らすと、
天秤は「はっ」と断絶するような息の吸い方で目を覚まし、
しばらく、大量の冷や汗をかきながら呆然としていた。

牛「大丈夫か」
天「(はっとして、兄を見る)……う、うん。(微笑んで)大丈夫だよ。兄さん、大丈夫?」
牛「ああ、(どうにか微笑みかえして)大丈夫だ」
天「うん。帰ろう。これ終わったら帰ろうね。
  ……兄さん? どうしたの?」

牛の大きな体が、半身を起こしたままの弟を抱きこんで、細かく震える。
部屋の中に牛のしゃくりあげる大きな声が響いたかと思うと、嗚咽が部屋の中を流れて満ちていった。
天秤は困惑しながら兄の背中に腕を回し、あやすように背中や頭を撫で続けている。
やはり微笑んでいた。ただ内面をごまかすための社交的な微笑みだった。

乙女は牛の嗚咽を聞きながら目を閉じる。
なぜだか、この兄弟のために祈りたい気分になった。
あれほど憎みぬいて追いかけてきた男は、ついに自分たちと同じところまで。
かけがえのない大切なものを失ったところにまで降りてきたのだと信じた。

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最終更新:2007年10月10日 20:26