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カジノ・ロワイヤル 天秤と獅子(+双子と水瓶) 774チップ 2007/09/27(木)20:17

81の続きです。天秤何やってるの天秤!



計器やパイプが剥き出しになった暗い廊下を、変装した少年が不安げな顔をしながら歩いている。

天(どうしよう……迷った)

荷物を持ってすぐに戻ればよかったものを、乙女の部屋にいつまでも居候しているのが気まずくて
天秤は帰り道に新しい隠れ場所を探していたのだった。
携帯はゲームの参加時には持ち込めない規則になっている。今の状態では連絡手段がない。
至る場所に地図やアナウンスがある乗客用のスペースならともかく、
船内は一旦裏側へ入り込めば船員ですら迷うことのある複雑な作りだ。
何度も同じような曲がり角、十字路を通過するたびに方向がわからなくなっていく。
やがて天秤は泣きそうになりながら船倉へ続く階段を見つけ、
そこから奇妙な声が漏れてくるのを聞いて立ち止まった。

男の、酩酊したような笑い声だった。よくよく聞いたことがある類の。
──牛が家に戻ってきて大酒を喰らうたびに天秤はこの手の声を聞いた。

天秤は足音を殺して階段を下りていく。天井からぶら下がる電球がついていなければ
昼でも真っ暗闇であるのに違いない。階段はそのまま貨物を積む巨大なスペースに続き、
幸いにして進みながらうまく隠れるスペースを少年に与えてくれた。
天秤は積荷の端にかくれ、声のほうを窺う。

黒いスーツを着た、とても堅気とは思えない風体の男が積荷の箱に手を突っ込んでいた。
小麦粉のような塊が出てくる。酒を傍らに置きながら腕に小麦粉のような粉を注射する。
息が止まって冷や汗が出た。男はしばらくすると空を飛ぶような目つきで立ち上がり、
へらへら笑いながら天秤の近くを横切って、階段を上っていってしまう。

天(何だろう。僕は何を見ているんだろう……?)

今すぐ逃げ出したほうがいいことはわかっていた。
それでも、出て行ったあの男が戻ってくるかもしれない。
天秤は誰もいないのを見計らって男のもたれていた箱へと駆け寄り、そっとコンテナのフタを開ける。

ビニールできつく密封された小麦粉の塊が箱の中に溢れかえるほどひしめいていた。
気がつくと冷や汗をかいて、生唾を大きく飲み下していた。

天(小麦粉じゃないよ。小麦粉が腕に注射できるわけないじゃないか)

がたん。

心臓が跳ね上がりそうになって振り向く。足音が近づいてきていた。
笑い声もする。あの男が戻ってきたのだ。天秤は箱を閉めるとまた急いで物陰に隠れる。
──幸いにも男は一人で、しかもまだ酔っていた。天秤は遠くから男が眠りについたのを見計らうと、
急いで階段を上ってその場を逃げ出した。

自分の息の音ばかりが聞こえる。誰かに見つかったらどうしよう。
だけど、誰か安全な人に見つけてもらわないと耐えられない。
どうにか扉を見つけて外に出る。乗客用の通路に戻れたとわかったときには泣き出しそうになった。
海が見える外側の廊下まで戻ると、もう夜になっている。

天(大丈夫。もう大丈夫だから。部屋に帰ろう。落ち着かなきゃ)

天秤が気を取り直して歩き出そうとすると、今度は廊下の先から男が一人歩いてくる。


黒いスーツに真紅のオーダーメイド・シャツと、大きな宝石のタイ・ピンをつけた男。
タキシードからマフィアの衣装に着替えた獅子が、時を塞き止めるような大きな動作で
天秤の横を歩きすぎてゆく。
変装した天秤に気づかなかったのか、それとも天秤のことなど小石ほどにも意識していないのか、
そのまま、天秤の来た道をまっすぐに歩き去っていった。


しばらく足を一歩前に出すことすらできなかった。
数分して、帰らなければという一心でようやく歩き出す。
逃げるように歩いている。部屋が遠い。しばらくすると、今度はまた正面から声をかけられた。

双「あ、いた。少年、どこへ行ってたんだ。みんな探してたぞ」

さっきより、もう少しやさしい悪魔がいた。立ちすくんでいると双子の横に水瓶も駆けつけてくる。
二人の姿が視界に揃ってようやく少年は泣き出した。