群馬県

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有名・特徴的な所(暫定)


自然・風土
  • 上毛名物「かかあ天下と空っ風」
  • 侠客の地、「上州長脇差(ながどす)」…国定忠治、大前田英五郎、木枯し紋次郎(フィクション)
  • 「鶴舞う形の群馬県」
  • 上毛かるた…ローカルな遊び
  • 上野三山…赤城山・榛名山・妙義山のこと。
  • 浅間山…群馬県吾妻郡嬬恋村と長野県北佐久郡軽井沢町及び御代田町の境にある複合火山。標高2568メートルの、世界でも有数の活火山として数えられる。
  • 妙義山…赤城山、榛名山と共に上毛三山の一つに数えられ、標高1104メートル。紅葉の名所でもあり、天狗の評定という奇岩がある。

産業
  • 養蚕業、富岡製糸場、桐生織
  • 上毛新聞…創刊は1887年、地方紙でありながら、県内においては全国紙を上回るシェアを持つ数少ない地方紙の一つ。県内の普及率は4割を越え、また上毛新聞出版社ではお国ものの書籍の出版を行っている。
  • こんにゃく
  • だるま(高崎市)
  • 四万温泉積善館…「千と千尋の神隠し」のイメージモデルの一つとされる旅館。中之条町にあり、江戸時代から続く温泉宿である。現存する日本最古級の温泉建築の1つ。

歴史
  • 古代豪族毛野氏…祟神天皇の長子豊城入彦命の子孫を称する古代豪族。上毛野氏が上野国に勢力圏を持っていたとされ、太田天神山古墳などの古墳を造営したと考えられている。
  • 新田義貞…足利尊氏などと共に鎌倉幕府を滅ぼし、後醍醐天皇の政権樹立に貢献した。その後、足利尊氏と対立、数回に渡って戦いを繰り広げる。湊川の戦いで尊氏に敗れると、北陸に逃亡、勢いを盛り返すが1338年に戦死した。
  • 長野業正…上野国の豪族で、山内上杉家に属した。山内上杉家が北条家に大敗した川越夜戦にも参戦した。山内上杉家が衰えると、上野国西部において独自に活動した。後に、数度に渡る武田信玄の侵攻に遭うも激しく抵抗し、信玄は堅城箕輪城に篭った業正を撃破することができなかった。死後、その子業盛は武田軍に抗し切れず、業正の遺言通り討死したという。
  • 由良成繁…上野国の豪族で、元は横瀬氏であった。戦国時代に主君岩松氏に下克上を行い、由良氏と改める。武田、上杉、後北条といった強豪に囲まれながら、所属勢力を替えることで家の存続をはかった。忍城防衛線で名高い甲斐姫は孫娘にあたる。

神社仏閣
  • 一ノ宮貫前神社…上野国一宮、創建は531年と伝えられ、主祭神は経津主命と姫大神である。後者については名前などは伝わっていないが、養蚕の女神であったとも言われている。古書には、抜鉾神社と貫前神社2つの名が登場し、これは単なる異名であるという説と、元は二つの神社だったという説とがある。
  • 赤城神社…祭神は赤城大明神など。赤城大明神は赤城山と湖の神であり、元々は水源地への信仰から発展したとも言われている。毛野氏が祀ったとする説もある。戦国時代には北条氏によって衰亡させられたが、江戸時代に再興、前橋藩主からも厚く信仰された。
    • 三夜沢の赤城神社…赤城神社の本宮を主張している神社の一つであり、中世には上野国二宮となったとも言われている。神隠し伝説も残されているらしい(現時点では筆者はネット上で確認できていない)。
  • 榛名神社…上野国六宮、創建は586年とされる。主祭神は火産霊神(ホムスビノカミ)と埴山姫神(ハニヤマヒメノカミ)。本殿にあたる御姿岩は地蔵石とも呼ばれ、地蔵信仰との習合をうかがわせる。神仏分離までは、上野寛永寺の下に属していた。

伝承
  • 髪切り…女が何人か髪を切られ、野狐の仕業とされた。野狐を捕まえてその腹を裂くと、腸には髪がびっしりと詰まっていたという。
  • 狗賓(グヒン)さま…天狗の異名とも、天狗の使者ともされる。多野の辺りではグヒンは天狗の使者で犬に似ており、オイオイと鳴くとされている。
  • 天狗笑い…水上の辺りでは、沢を歩いていると誰かが笑うような声が聞こえてきたという。構わず歩いていると笑い声が大きくなり、こちらから笑い返してみたところ、ものすごく大きな笑い声で返ってきたという。ワロス
  • 舌切り雀…この話は群馬以外でも見られるが、安中市磯部温泉は伝承地として有名。明治・大正の児童文学者厳谷小波がこの地で取材し、舌切り雀の話を「日本昔噺」の一遍としてまとめた。
  • 分福茶釜…この話も、厳谷小波によって取材され、伝承地の一つである館林市茂林寺を舞台として話が「日本昔噺」に収録されて広まった。この寺に仕える守鶴という老僧が法会のために、いつまでもお湯が切れることのない茶釜を持ってきたという。また、守鶴は寺に来てから161年目に失踪し、その際、狸の姿になったとも言われる。
  • 神代文字の碑…三夜沢の赤城神社の神池の側にある碑、重要文化財。神代文字は対馬国の阿比留家に伝わっていたという、漢字が伝わる前の文字とされるもので、歴史学では認められていない。江戸時代の国学者平田胤篤らによって研究された。

その他
  • 赤城神社主婦失踪事件…1998年5月3日に、家族と赤城神社のツツジを見に来ていた主婦が失踪した事件。雨の中、せっかくだからと、賽銭(101円)をあげに行った主婦はそのまま行方不明となった。その時の格好は赤い傘を差し、ピンクのシャツに黒のスカートという目立つもので、娘は駐車場から主婦が境内とは別方向への場所でただずむ姿を目にしている。10日間で延べ100人あまりで付近一帯を捜索するも見つからず、失踪から7か月後、失踪当日の同じ頃の赤城神社で偶然撮影されたホームビデオがテレビ局に届けられた。そこに小さく映っていたのは、失踪した主婦らしき人物が誰かに傘を差し出すような姿であった。今も事件は解決していない。

東方に関係ありそうな事柄(暫定)

  • 群馬県沼田市にある迦葉山は古くから天狗の霊峰と称され、日本三大天狗とも呼ばれる。参拝の際には、中峯堂から天狗の面を借りて帰り、願いが成就したら、その面ともう一つ新しい天狗の面を奉納し、また別の面を借りるというならわしがある。寺の内部にはやたらとでかい天狗の面が飾られている。
  • 榛名神社の天狗面
  • 三途川…利根川水系白倉川支流の小さな川であるが、三途橋のたもとには行基の作とされる奪衣婆を祭った姥子堂がある。また、三途川の名前も行基によって命名されたものであるという。
  • 貫前神社の主祭神の姫大神は、「神道集」内の「諏訪縁起事」において建御名方神の妻とされている。

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最終更新:2010年10月24日 15:09
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