顔と顔が近づいて、唇と唇がかさなる。
思ったより柔らかいその感触にひるんだ井沢は、思わず逃げようとする自分の体を無理やり思いとどまらせた。
恐れている…などということを、決して悟られたくはなかった。特に目の前の人物には。
「…ん……んん…っ」
しかし相手の舌が侵入してきたことに、さすがに平静を装うこともできず、肩をつかんで引き剥がすようにして退ける。
「…なな、何…何考えてんだよ、翼っ」
これからというところで行為を中断させられた翼は、肩をつかまれたままきょとんとして井沢を見ていた。
「あれ…気持ちよくなかった?」
「そういうことじゃなくて…いや、なんていうか…」
言いたいことは山ほどあったがうまく言葉にならなかった。
そもそも、ゲームのようなものだと、遊びのつもりでやったキスだった。
慣れていないと思われるのも癪だから話にのったのも事実だが、
正直「誰とでも寝たがる」という翼自身にまつわる噂に興味があったことも否定できなかった。
「じゃ、続きしようよ。俺、もっと気持ちよくしてあげるから」
あまりにも無邪気な笑顔でさらりと言う。
井沢があっけにとられていると、その隙に翼は今度は井沢の首すじに顔をうずめていった。
柔らかい唇と濡れた舌の感触が肌の上をすべり、背筋に快感がはしる。
「…つ、ばさ…やめ……やめろ…ってば…っ」
シャツの中に侵入しようとしていた翼の腕をつかみ、さっきよりも力をこめて翼をはねのけた。
翼は自分が拒絶された理由がわからず、困惑した顔で首をかしげた。
「何?そんなに俺とすんの嫌?」
「そういう問題じゃねぇだろ!なんかお前の考えが俺、全然わかんねぇ。
マネージャーとか岬とか…おまえには…」
122 名前: いちおう翼×井沢なんだよ… 投稿日: 02/02/14 02:17 ID:Z3eGH0/p
無意識に声を荒げ、翼を想っている者の名前を思いつくかぎり挙げていった。
何故自分がむきになっているのかわからなかった。
しかし、そんな井沢に翼はスネたようにそっぽを向いた。
「そんなのわかんない。なんでそんなことで怒るかなぁ…」
「なんで…って…。だっておまえは…」
「うーん、俺はみんなのことが好きだし、好きな人と寝るのも嫌いじゃないし…
好きな人とセックスするのは普通のこと、だろ?」
「……違う。違うだろ、そうじゃなくて…」
あまりにも軽く言いのける翼に、井沢は危うく自分の考えを見失いそうになり、力なく頭をふった。
「全然違わないよ。俺はね、サッカー以外の一番なんて決められないから」
「………」
はっきりと言った翼の言葉に、井沢は初めて翼という人間を理解したような気がした。
「好きな人とセックスするのはかまわない。井沢のことも好き。
だから井沢とセックスしたいの。わかった?」
初めて会った時から少しも変わらない、子供のような無邪気な笑顔。
井沢の翼の腕をつかんだ手から力が抜け、体の横におちた。
その腕を今度は翼がつかむと、再び顔を近づけて言う。
「ほんとは俺、する方が好きなんだけど…井沢ならされる方でもいいよ。
井沢はどっちがいい?」
その無垢で残酷な笑顔に、抗う術を井沢は持たなかった。
235 名前: ほんとにこんなの続いちゃっていいの? 投稿日: 02/02/17 21:37 ID:RTSlEXRP
やり場がなくて結局翼の背中に回した腕。
しかしそのまま力をこめて抱きしめた方がいいのかどうか判断がつかず、
結局井沢は翼に触れるか触れないかの位置で腕をこばわらせていた。
「…ね、力抜いてよ……守?」
「なっ、ばっ……なんだそれっ」
いきなり呼ばれた名前に、思わず大声になる。
くすくすと翼が笑う声が聞こえ、この状況ではどう見ても自分がこういったことに
手馴れていないことが、既にあきらかであることに気づかされた。
「せっかくだからさ、雰囲気出るように…
なんかいいでしょ、名前で呼ばれるのって。恋人みたいでさ?」
まるで自分たちはあくまで恋人同士ではないということを、
遠まわしに言われているような台詞を吐く。
…まぁ、こいつの場合そんな含みはこれっぽちも考えてないんだろうけど。
人間・大空翼というものが多少なりともわかった今、
そういったことが驚くほど素直に理解できた。
小学生の頃から天才だなんだと騒がれていた翼に対して、
多少やっかみがなかったわけでもない。
しかし、実際そのつきぬけっぷりを目の当たりにして、
彼に対してそういった負の感情を抱く自分の姿すらいっそ滑稽に思えてくる気がした。
236 名前: そういやここってどこなんだろう… 投稿日: 02/02/17 21:37 ID:RTSlEXRP
「何を考えてるのさ?」
長く深いキスの途中で、行為に集中していない井沢に気がついて翼が言った。
「いや…別に何も」
「嘘つき。俺が一生懸命気持ちよくしてあげてるのに」
スネたような表情と声。
それだけなら、まだあどけなさの抜けきらない子供のように見えた。
「いいよ、なら俺のことしか考えられないようにしてあげる。
俺のことしか見えない、俺のことが欲しくてたまらなくなるように…」
かすれた声が耳元で震えた。
「俺に…おぼれさせてあげる」
井沢は背筋にゾクリと何かがはしったのを感じた。
最終更新:2009年05月02日 11:23