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224 名前: マツ→ミサ片思ひ  投稿日: 02/02/17 16:14 ID:H7PM5Y2A
    それは一輪の花。
    一見、風に吹かれるとすぐに俯いてしまいそうな線の細さでありながら、その実、
    土中に力強く根を張り、太陽や雨、風をも味方にしてしまうかのようなしなやかさを
    持って揺れる白い花。
    春を迎える頃、いつも人知れずその姿を瞼に浮かべ想いに耽る。
    いつも、誰よりも傍で見つめていたいのに、そんなささやかな願いも叶わず思い出の
    中でばかり鮮明に彩られる、一番近くて一番遠いその人。

    松山にとって、岬はそういう存在だった。

    「ちょっと冷えてきたね。」
    手すりに凭れながら岬が言った。
    全日本Jrユースの面々が宿泊しているパリ市内のホテルのベランダに、松山と
    岬は居た。
    松山にとって、初めて訪れるパリは何もかも目新しいことばかりであったが、その
    中に岬という懐かしい存在があるだけで、異国の地に居る緊張感や違和感が幾分
    和らぐ思いだった。
    今日初めて全日本の練習に合流してきた岬は、背番号11のユニフォームがやはり
    誰より似合っていて、約3年前、富良野に越してきた時のようにすぐに自分達の輪の
    中へ解け込んでゆき、まるで昨日迄ずっと一緒に居たかのような錯覚すら松山には
    あった。
    お互い成長期にあり、外見的な変化は多少あったものの、優しい面差しの中にきっ
    ぱりとした意志の強さを感じさせる瞳や、柔らかな物腰と彼の纏う空気、その笑顔
    など、久し振りに会えた岬は、松山の中に大事に仕舞われていた姿と何ら変わる
    ことなく、今また自分の目の前に居た。

226 名前: 224の続き  投稿日: 02/02/17 16:22 ID:H7PM5Y2A
    
    「…松山、松山?」
    「えっ?」
    岬の横顔を見ながら、ぼんやりと考え事をしてしまっていた松山は、不思議そうに
    問い掛ける岬の声に、ふと我に返る。
    「悪ィ、なんだっけ?」
    「やっぱり聞いてなかった。松山なら寒いの慣れてるからパリの夜の寒さも大したこと
    ないよね、って言ってたんだけど…」
    もー、ちゃんと聞いててよね、と岬はわざと口を尖らせた。
    「ごめんごめん、なんかさ、お前と一緒に居るのなんて久し振りだからつい昔のこと
    思い出したりしてたんだよ。」
    と、慌てて松山が言い繕うと、岬は松山の方を見て小さく微笑んだ。
    「うん、本当に久し振りだよね…。」
    そう言って、また正面に向き直り、手すりへ目を落とした。
    「そうだな…。」
    夏の終わりとはいえ、パリの夜はやはり日本より冷えるようで、穏やかな風も
    冷たさを持って2人の頬を撫でた。
    さっき風呂から上がってきたばかりの岬の、少し湿り気を含んだ髪が小さくなびく。
    やがて、松山がぽつりと口を開いた。
    「…なんか、今でも夢見てるみたいだ。お前と…こんな風に再会できたなんてな…。」
    なんとなく岬と同じように手すりの辺りに目を遣りながら、しみじみと言うと、
    「僕もだよ。またこうして皆と会えて、また松山や翼くん達とサッカーができる
    なんてね。」
    という、岬の言葉が松山の耳に柔らかに届く。


227 名前: 226の「改行が多すぎます」続き 投稿日: 02/02/17 16:27 ID:H7PM5Y2A
    「俺はさ、サッカーさえ続けてればいつかまたお前に会えるんじゃないかって思って
    たんだ。でも中学の3年間、お前はどの大会にも出てこなかっただろ?だから…
    もしかしたらサッカー辞めちまったのかな、なんて、ごめん時々考えたりしてた。」
    バツが悪そうに最後の方は頭をちょっと掻きながら松山は言った。
    「そんな、謝らないでよ。僕がフランスに居ることは若林くんと南葛の皆以外、多分
    知らなかったと思うし、今こうやってまた会えたんだもん、だからそんなこと気に
    しないで。」
    ね?と松山の方を覗き込むようにして明るく岬は言ったが、次に発せられた言葉には
    少し口調が曇った。
    「…確かに、正直片桐さんから全日本へ誘われた時はちょっと迷ったんだ。僕が
    チームに入ることで、皆の和を乱すようなことがあったらどうしようって思ったし、
    南葛にいた時からもう3年も経ってて、皆僕のこと覚えてるかなって…」
    「ッそんなことねぇよ!!」
    岬の言葉を遮って、つい松山は大きな声を出してしまい、その勢いに岬は思わず
    目を瞬かせる。
    「お前のこと忘れるわけないだろ、俺は…俺は、そりゃ時々もう会えないんじゃ
    ないかなんて思っちまった時もあったけど…でも、どっかで、お前のこと待ってた。
    例えサッカーやっててもやってなくても、俺は、」
    と、そこで松山は次の言葉を紡ぐのを一瞬躊躇した。
    喉元まで出掛かっている、いつもの自分なら照れ臭くて、頭の中で思うことすら
    ついつい避けてしまうようなありのままの思い。
    しかし松山は勢いのせいにして更に言葉を繋げることができた。
    「俺は…ずっと、お前に会いたかったよ。」
    と言い、手すりから手を離し、体ごと岬へ向き直る。

237 名前: 227のいかんともしがたい続き  投稿日: 02/02/17 21:39 ID:GifnswWw
    「松山…」
    「だからその…こうやってお前と話したり、今日みたいに練習やったりさ、そういう
    のが、なんつーか…や、俺何言ってんだろーなっ、自分でもワケ分かんねーし、
    ああもう、今言ったことは忘れてくれ!」
    言っている内に自分の気持ちとそれを表現する言葉とが噛み合ってくれず、つい
    先程までの勢いはどこへやら、あたふたと言葉を切り上げ、顔を真っ赤にして
    松山は斜め下に視線を落としてしまった。
    その一部始終をただ見ているしかなかった岬だったが、やがてぽつりと、だが
    はっきりと言った。
    「だめ。」
    「…え?」
    何がだめなんだろうと松山が盗み見るようにちら、と岬に視線を投げる。
    「忘れないよ。今松山が言ってくれたこと。…そんな風に思ってくれてたなんて、
    嬉しい。」
    静かに微笑みながら、そうきっぱりと言ってのけた岬に、松山の、自分が言った
    言葉に対しての気恥ずかしさなど何処かへ吹き飛ばされていた。
    岬との数少ない思い出を思い起こしてみれば、いつだって岬はこうやって当たり
    前のように、控えめだが迷いのない、真っ直ぐな気持ちを自分に、自分達に見せて
    くれていたのだ。
    常に誰に対しても優しく、強引に我を通すようなことはなかったが、だからと
    いって他人に迎合したり媚びることなどは決してせず、自分の考えをしっかりと
    持ち、物怖じしない。
    そんな岬だからこそ松山の心は惹かれてやまなかった。
    最初は子供らしい独占欲や、仲が良かったのに転校して会えなくなってしまった
    友達への懐かしさだっただろう。
    が、その思いは友情とも愛情ともつかない状態のまま、松山の中で年々募るばかり
    だった。
    「岬…」
    松山は、長年のその思いを口にしてしまいたい衝動に駆られる。


238 名前: 237のどうにもこうにも続き 投稿日: 02/02/17 21:45 ID:GifnswWw
    が、今度はその衝動を飲み込むことができた。
    言ってどうなる。気持ちを伝えて、そのせいで岬と気まずくなってしまうような
    ことがあったら―――そんな思いが頭をよぎり、松山はこの気持ちを再び自分の
    奥底に沈めておくしかなかった。
    そんな松山の思いに気付くことなく岬は続けた。
    「僕が合流するまでに、皆も色々あったみたいだから、ちょっとそれも心配だったん
    だよね。あ、今はもうそんなこと思ってないよ?初めて会った皆も、松山達も
    すぐに僕のこと受け入れてくれたし。」
    「…もしかして翼とのこと、聞いたのか…?」
    問われて、岬は間を置いて、少し困ったように小さく頷く。
    岬の言う「色々あったみたいだから」という言葉に、松山は1週間ほど前のチームの
    状態を思い返した。
    ヨーロッパ遠征で、まず最初に臨んだドイツでの対ハンブルグ戦で、怪我の治療を
    やっと終え、試合途中に日本から駆け付けた翼に対して「この試合に出る権利は
    ない」と言葉を吐いた自分。
    あの時、合宿に参加しながら最終選考で選ばれなかった連中のことを思うと、と
    言った自分の言葉や考えに嘘はなかった。
    だが、心の何処かで翼抜きでも勝ってみせる、翼が居ないと勝てないなんて思い
    たくない、という気持ちがあったことも否定できなかった。あの時の自分は
    明らかに翼や周囲に対して意地を張っていたように思える。
    「馬鹿みたいだろ…」
    溜息と共に、松山は自嘲するように呟いた。
    「そんなこと…」
    岬の優しい声に松山は首を横に振る。


239 名前: 238の亀の歩み続き 投稿日: 02/02/17 21:48 ID:GifnswWw
    「あの時、悔しいけど相手チームのヤツらに全然敵わなくてさ、中盤なんて完璧に
    抑えられてて…俺、マジですげー悔しかった。立場なかったよ。」
    松山はひとつ息をついた。岬が黙って自分の話にじっと耳を傾けようとしてくれて
    いるのが分かる。
    「そこに翼がきて…翼が入れば絶対状況がよくなることは分かってたんだ。でも…
    上手く言えねーけど、翼に頼るしかないのか、翼がいねえと勝てないのか、って
    どっかで思っちまったんだろうな…試合に負けてるのとは別のとこで、なんか、
    悔しかったんだよ。」
    翼の才能に嫉妬していたのかもしれない。でも松山には小学生の頃とは違い、
    今だから分かる翼に対しての、「純粋なサッカーの才能以外での」嫉妬があった。
    「ホント、今思うとガキみてえだなって思うんだけどさ。俺ら、小学6年の全国
    大会で翼に出会ってから、ずっと翼が目標で、ずっと翼の背中追いかけてサッカー
    やってたようなもんなのに、その翼抜きでやってこうなんてな…。」
    確かに翼を、南葛を倒すことを目標にやってきた3年間だったが、松山にとっては
    サッカーにおいて翼を超えることで、岬に1歩近付けるような気がしていたのだ。
    6年生の夏に岬と再会した時、南葛に居た岬は、既に翼と共にゴールデンコンビと
    呼ばれていた。
    その時単純に、ただただ岬との再会を喜んだ松山だったが、自分以外の誰かと
    コンビを組み、活き活きとフィールドを駆ける岬の姿を見、子供心にどこか胸の
    痛むような思いをしたのだった。
    そして岬のいない中学3年間でも、3年の時の地区予選決勝で翼が言った、「一番
    戦いたい相手は岬くん」という言葉を人づてに聞き、やはり翼と岬の間にある絆の
    ようなものを感じずにはいられなかった。
    今日の昼間に行われた練習でも、翼と岬は3年振りとは思えないほど息の合った
    プレーを見せ、周囲を驚かせた。
    やっぱり岬に一番相応しいのは翼なのか。自分は翼になれないのか―――。

241 名前: 239の遭難寸前続き  投稿日: 02/02/17 23:05 ID:GifnswWw
    そう思うとやり切れなかった。そして、そんなことを思っていたから1週間前、
    翼にあんな態度を取ってしまったのであろう自分に対してもやり切れない思い
    ばかりだった。
    軽やかに自分の先をゆく翼の背中の、更にその先にはいつだって岬の姿があった。
    自分はただ、サッカーをやっている時でもそれ以外でも、岬に一番必要とされる、
    一番近い存在でありたかったのだ。
    今日まで思いを抱き続け、今こうして2人きりで居ても、岬には手が届かない
    ような気がして、松山は言葉を切り、また俯いてしまった。
    「松山。」
    岬が松山の方へ1歩踏み出し、静かに呼び掛ける。
    「松山。そんなことないよ。」
    「そんな風に、自分を責めないでよ…。」
    しん、とした肌寒い空の下で紡がれる岬の声は、松山の心を溶かすように温かかった。
    自分に対する情けなさが気まずくて、顔を上げられずにいる松山の耳に、岬の言葉が
    ゆるやかに響く。
    「僕はこっちに居たから翼くんや松山達がどんな3年間を過ごしてきたのかは分から
    ないよ。でも…きっと皆色んな辛いこととか、悔しい思いも沢山したんだろうけど、
    それを乗り越えられたから今ここにいるんじゃないかなって思う。翼くんだって、
    元々持ってる素質があってもそれを磨く努力もしたから、今があるんだと思うし。」
    ここで岬は一旦言葉を切り、言い方を考えあぐねるようにうーん、と首を傾げる。
    「だからね、サッカーの才能ではやっぱり翼くんに今のところ敵う人はいないのかも
    しれないけど、翼くんに負けないくらい松山だって努力してきたんでしょう?
    ふらの小にいた時、いつも皆の先頭切って放課後に雪かきして、暗くなるまで一生
    懸命練習してたの、僕知ってるよ?」
    「岬…」
    「さっきの松山じゃないけど、上手く言えないなー。つまり僕が言いたいのは、
    翼くんは翼くん、松山は松山なんだから、それぞれ違うよさがあって、違う人間
    なんだから比べることないんじゃないかなってことで。」
    松山が少しだけ顔を上げると、そこには思い出の中に咲いているそのものの、
    笑みを湛えた岬の姿があった。


242 名前: 241の諦めたらここで試合終了続き 投稿日: 02/02/17 23:12 ID:GifnswWw
    「僕は翼くんと松山を比べたことなんてないよ。2人とも、僕にとっては同じように
    大事な人だし、翼くんの代わりが誰にもできないように、松山の代わりだって
    いない。松山は、松山だよ。……それじゃだめなの?」
    まあそういう生真面目で考え過ぎちゃうところが松山のいいところでもあるん
    だけどね、と柔らかに微笑んだ岬を、松山は無意識の内に自分の腕の中へと
    抱き寄せていた。
    「松山…?」
    松山の突然の行動に、驚いて少し身を固くした岬の背中を両手で抱き締め、その
    肩口に顔を埋める。
    身長はあまり変わらない筈なのに、こんな風に初めて触れる岬は自分より幾分
    華奢に思えた。
    「ごめん、岬。…少しだけ、こうしててくれないか…?」
    何故か声が震えた。それを岬に察知されたくなくて、声は囁きに程近いものに
    なってしまう。
    やがて、立ち尽くすような状態のままだった岬の腕がゆっくりと松山の背に
    廻され、あやすようにぽんぽんと叩いた。
    「…だから、謝らなくてもいいってば…」
    そう囁く岬の声は、松山が今まで聞いた中で一番優しく、親密なものに感じられた。
    今、岬が間違いなく自分の傍に居ることを実感しながら、松山は白い花を摘むように
    そっと岬の体を抱き締めた。