2009 10 03


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まとめが印象的だったので以下そのまま引用

 以上、個人メンタルヘルスの観点からみて、いかに現代社会が限界に近づいているのかを挙げてみた。現代社会に生きている私達のメンタルヘルスがいかに侵されやすく、やばい事になっているのかを、

  • メンタルヘルスを侵す因子の増大
  • 回復ファクターの低下
  • メンタルの耐性強化やコーピング学習の低下

 という要素別に分けて紹介してみたわけだが、改めてみてみると、本当にヤバそうに思える。

 今回挙げた要素の多くは、日本特有のポストモダン化・都市空間化とパラレルに進行するであろう致し方のないものばかりであり、利便性・高度情報化・文化的爛熟の代償としてほぼ不可避のものだったと私は考えている。都市空間のさらなる発達は人間の脳に一層高負荷をかけつづける傾向にあり、文化的断絶と価値観の多様化はコミュニケーションの頻度とコストを益々上昇させつつある(そして適応すればするほど負荷を与え、適応出来なかった者には不適応相応の負荷を与えるのだ!)。残念ながら、この傾向は消費資本主義・文化的爛熟・価値観の多様化・高度情報化が加速する限りにおいて根本的には回避不可能なはずで、私達の神経系(メンタル)はますます悲鳴をあげ続けるに違いない。もっともっとひどくなって、メンタルの弱い者・過剰適応しちゃった者・適応から落伍した者達の中枢神経を機能障害に陥れ続けることだろう。人間の心身は意外と頑健に出来ているのでぎりぎりのラインで適応を維持出来る人が大半にせよ、人生上のトラブルや困難に瀕した際にも平均台から転げ落ちずにいる事が果たして可能だろうか?今、発病していない人も決して他人事ではない。

 過剰なまでにメンタルに負荷をかける現代社会は、個人メンタルヘルスの観点からみて非常に過酷なものに思えるし、今後メンタルディスオーダーは高血圧や糖尿病などと同じく成人病の一つとして数えられるcommon disiaseになっていくことだろう…というか、もう既になっていると言いきって良いかもしれない。古典的なメランコリー親和型鬱病の症例はともかく、不眠・食欲低下・過緊張の持続といったレベルの中枢神経機能のこじらせならば割と誰でも陥りかねない。現代社会の現代的発展が、脳の個人的スペックを徐々に圧迫し、既にかなり限界に近いところまで来ている事を、私は強く懸念する。高度情報化も文化的細分化も結構なことだし今後も進行するに違いないけれど、さて、何%の人がメンタルを生涯こじらせずに生きていけるのか?

 まぁ、私達が欲望や執着のままに追い求めてきた代償がメンタルヘルスの逼迫とすれば、致し方ない帰結として受けいれるべきなのかもしれない。諸々の恩恵と引き替えに糖尿病や高血圧を被ってしまったが如く、私達は高度情報化やポストモダンな現代社会と引き替えに中枢神経をすり減らし続ける、と理解するのが筋か。人間の望むままに文化とテクノロジーを発展させた結果がこれだとすれば、私達は甘んじて受けるしかないのだろう。メンタルヘルスを犠牲にしてでも手に入れた現代都市空間。それを人々が手放せないというのなら、神経の機能障害をときに経験しつつもそこで生きていくしかあるまい。


そして進化論の先生の言うことには

It is not the strongest
of the species that survives,
nor the most intelligent that survives.
It is the one
that is the most adaptable to change.
Charles Darwin
生き残る種というのは、
もっとも強いものでなければ、
もっとも知的なものでもない。
もっとも変化に適応できる種が生き残るのだ。
チャールズ・ダーウィン