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放課後SS第二部(前)」(2013/11/26 (火) 15:18:13) の最新版変更点

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最初に訪れるべき場所に、藍は博麗神社を提案した。 幻想郷で暮らしている人妖で、博麗神社と博麗の巫女を知らぬものはいない。 博麗霊夢は紫とも交友の深いし、博麗神社には一度訪れておくべきだというのが藍の考えだった。 向かっている間に紅い霧事件、西行妖、月の消失、守矢神社の件といった過去の様々な異変とそれを解決した紅白の巫女と白黒の魔法使いの話を藍がしている間、JOKERの目は子供のように輝いていた。 そして次々と質問を浴びせる。霊夢と魔理沙について、異変を起こした人物について、藍や紫との関係、強さ、住居、部下、性格………… 藍の話は、JOKERの気を大いに惹いたようだった。 昼過ぎになって、二人は博麗神社に着いた。 その日は霊夢だけでなく、もう一人の異変解決専門家である魔理沙もいたことはJOKERにとっては嬉しい誤算だった。 魔「しっかし、あんたが噂の放課後のJOKERね。あんまり強そうには見えないけどなー」 俺「はは、よく言われるよ。というか、よく俺のことを知ってるな」 霊「文の奴が朝っぱらから騒いでたからね。   藍の話を聞くまでは、レミリアが外来人に負けたなんて冗談だと思ってたわよ」 藍はJOKERの強さについても説明したのだが、霊夢と魔理沙は紫と違い表情に畏怖は見られない。 それは藍のようにJOKERを信頼しているからではなく、元来ののん気さによるものだろう。 俺「それにしても、二人とも俺のことを怖がらないんだな」 魔「だっていくら強いといっても、別に怖がる必要はないしな」 霊「そうね、何か異変を起こしたらその時に動けばいいだけよ」 俺「それは怖い。あまり下手なことはできないな」 JOKERは霊夢と魔理沙を気に入っているのは明らかだった。 楽しげに話すJOKERを見て、藍は何となく複雑な気分になった。 魔「ところで、なんでまたこんな何もないとこに来たんだよ?」 霊「何もなくて悪かったわね」 藍「まぁ、幻想郷にいる以上博麗神社には一度訪れるべきかと思ってな」 魔「ふーん、そんなもんか。次はどこに行く気なんだ?」 藍「いや、それはまだ決めていない」 一度訪れておいた方がいい場所というのは藍の考えでは博麗神社を除くと人里、あとはせいぜい紫の友人である西行寺幽々子の住む白玉楼くらいのもの。 永遠亭や妖怪の山などは、今のJOKERが訪れる必要のないものだ。 とはいえどこに行くかは結局はJOKERの判断によるもので、藍もそれに付き合うつもりではあった。 俺「次に行く場所は決めているよ」 JOKERがそう言ったので藍は驚いた。 JOKERは幻想郷のことを藍の話程度にしか知らない。 その話だけで優先して行きたい場所があるというのは藍にとって予想外だった。 霊「へえ、どこかしら」 JOKERが行きたいと言えば藍は付き合うしかない。 どこであれ自分が付き添えば大した問題も起こらないだろう、と藍は思っていたが、JOKERが口にした場所を聞いて、藍のみならず霊夢と魔理沙も度肝を抜かれた。 俺「紅魔館に行きたい。会いたい奴がいる」 一瞬の静寂の後、藍の怒号が響いた。 藍「だ、駄目だ駄目だ!紅魔館に行くなど、何を考えているんだ!」 昨晩、JOKERはレミリアと戦い圧倒的な勝利を収めたことはもはや周知の事実。 吸血鬼こそ最強の種族と信じているレミリアにとって、人間であるJOKERに敗れたことでプライドはズタズタだろう。 そんな時に紅魔館に行くなど、レミリアに喧嘩を売っているとしか思えない行動だ。 魔「……私もやめた方がいいと思うぜ。会いたい奴ってレミリアのことだろ?   仲直りでもするつもりかもしれないが、そんな平和な奴じゃないぜ、あいつは」 霊「そうね。たとえ藍が一緒でも、血を見ることになるのは間違いないわ」 霊夢と魔理沙もさすがに苦言を呈する。 藍も加えて考え直すようにJOKERに進めるが、JOKERも頑として譲らない。 JOKERの紅魔館へ行きたいという意思は相当のものだった。 長い議論の末、とうとう折れたのは藍達三人の方であった。 夕方にさしかかった頃、JOKERと藍は博麗神社を発った。 俺「それじゃあ、行ってくるよ」 霊「……無茶しないでね」 軽い足取りのJOKERと、対照的に重い足取りの藍。 遠ざかる二人の背中を見つめながら、霊夢と魔理沙は思った。 今夜、紅魔館は崩壊するかもしれない、と。 紅魔館に着いた時はまだ美鈴は門の前に立っていた。 美鈴は紅魔館に向かって歩いてくる藍を見て首をかしげた。 藍と面識が無いわけではないが、今紅魔館に足を運ぶ心当たりが無い。 それに藍の隣りの男も見覚えが無かった。 美「あの……藍さん、紅魔館に何の御用でしょうか?それにそちらの方は?」 美鈴は藍に津門下が、それには代わりにJOKERが答える。 俺「はじめまして、放課後のJOKERだ。藍から聞いている、門番の紅美鈴だな。   用件というのは、レミリアに会わせて欲しいというものだ」 美「なっ…………」 放課後のJOKERという名前は、もはや紅魔館中にとどろき渡っている。 自分達の主、レミリア・スカーレットを軽くあしらった外来人。 そのせいでレミリアは昨晩から非常に機嫌が悪かった。 なぜ藍と一緒にいるのか、レミリアに何の用があるかは美鈴にはわからなかったが、何にせよ自分の一存で通すか通さないか決められることではない。 美「しょ、少々お待ち下さい」 そう言って美鈴は紅魔館の中へ入っていった。 門の前に残された二人はしばらく黙っていたが、藍がぽつりと呟いた。 藍「……レミリアと和解など、出来るものではない」 俺「やってみなければわからないさ」 JOKERが軽く答えると、藍は再び押し黙った。 数分後、美鈴と共に一人のメイド服を着た女性が紅魔館から出てきた。 メイドは二人の前に立つと、軽く一礼した後事務的な口調で言った。 咲「お久しぶりです、八雲藍様。はじめまして、放課後のJOKER様。   この屋敷のメイド長を務めさせていただいている十六夜咲夜と申します。   我が主レミリア・スカーレット様の命により、お嬢様の所まで案内致します」 紅魔館へ入り、咲夜について歩くこと更に数分。 三人は大きな扉の前まで来て、咲夜がその扉をノックする。 咲「お嬢様、お二人をお連れしました」 レ「ご苦労様、入りなさい」 咲夜が扉を開くと、奥行きの深い大きな部屋が開ける。 奥には装飾された大きな椅子と、そこに足を組んで腰掛けるレミリアの姿があった。 それを見て客人である藍は深々と頭を下げた。しかし一方JOKERはスタスタとレミリアの前まで歩いていくと、スッと軽く右手をあげて微笑む。 俺「よっ、レミリア。また会ったな」 相手を悪魔とも思わぬ傍若無人っぷりに藍と咲夜は唖然とした。 そしてレミリアも微笑んで言った。 レ「わざわざ私に会いに来て、何の用かしら?」 俺「ああ、お前と仲直りしようと思ってな。昨晩のことは水に流そうぜ」 何の遠慮も捻りもない、完全直球。 こんな堂々と図々しい申し出を受けるはずがない、激怒してJOKERを攻撃するかもと思った藍は身を固くしたが、レミリアの返事はさらに藍を唖然とさせるものだった。 レ「ええ、いいわよ」 あっさりと、そう答えたのだ。 それを聞いたJOKERは嬉しそうにレミリアの手を取ると、上下にぶんぶんと振った。 俺「本当か!?よかった~、断られるかと思ったよ」 レ「ま、あれは私から仕掛けたものだからね」 予想外の展開に、藍も咲夜も目を白黒させるばかりだった。 結局、JOKERとらんはレミリアの誘いで夕食をごちそうになることになった。 藍はあまりに話がとんとん拍子に進むので懐疑的になっていたが、JOKERは大喜びである。 そしてレミリアの「ここでの食事には相応の服装がある」という言葉により、ドレスに着替えるため更衣室へ妖精メイドに案内されている。 同時にJOKERも別の妖精メイドに男性用の更衣室へ案内すると言われていた。 俺「それにしても、レミリアは随分と親切にしてくれるんだな」 妖「え、ええ……そうですね……」 俺「やっぱり後ろめたさとかいうものが悪魔にもあるものなのかねぇ」 妖「そ、そうかもしれませんね」 歩きながら会話するJOKERと妖精メイド。 しかし、JOKERは気付いていた。妖精メイドの様子がどこかおかしいことに。 たかだか更衣室までの案内のはずなのに、どこかおびえている風だ。 俺「……なぁ、本当はどこへ向かっているんだ?」 妖「!!な、何をおっしゃるんですか!?」 明らかに慌てたような返事。間違いなく、何かがおかしい。 しかしJOKERは微笑を浮かべると、何も言わず妖精メイドの後を付いていくのだった。 その頃、レミリアの部屋では咲夜とレミリアが残されていた。 咲「お嬢様、やはりあの放課後のJOKERという男は……」 レ「ええ、ここから生かして帰す気は無いわよ」 咲「しかし、あの八雲藍の知人のようですが」 咲夜は困ったような表情を見せる。 JOKERと藍の関係はまだはっきりとは分かっていないが、もしJOKERが殺されたりすれば藍への宣戦布告となる可能性も十分にある。 そうなると、ひいてはあの八雲紫すらも敵に回しかねない。それはあまりにデメリットが大きすぎる。 そのような旨のことをレミリアに話すと、レミリアの表情が冷たくなった。 レ「じゃあ、このままあの男を放っておけと?   あの男は人間の分際で、吸血鬼である私をコケにしたのよ?」 咲「そ、それは……」 レ「ふざけるんじゃないわよ!あんな人間の存在など、認めてなるものか!   私の名誉回復のためにも、絶対にここで殺してやるのよ!」 怒りを露にして声を荒げるレミリア。 付き合いの長い咲夜といえど、これほどまでに感情を表に出すレミリアを見るのは珍しい。 その剣幕に怯みながらも、震えた声で尋ねた。 咲「し、しかし……彼を殺すために、フラン様の所へ案内するのは分かりました。   ですが、彼は相当の手練れのはず。万が一、フランお嬢様が負けたりすれば……」 レ「万が一?何言ってるのよ?」 レミリアは小馬鹿にしたように咲夜を鼻で笑った。 レ「あの男の強さは桁外れよ。フランですら足元にも及ばないわ」 咲夜は驚いて目を見開いた。 プライドの高いレミリアがフランより上とJOKERの強さをあっさり認めたこともそうだが、何より驚いたのはもちろん。 咲「それでは一体、何のためにフラン様の所へ……」 レ「あの男は確かに桁外れに強い。でも、どんなに強くても止まった時の中では無力」 咲「え……ま、まさか……」 咲夜の額に汗が湧き出る。 レミリアは冷たい笑みを浮かべながら、命令を下した。 レ「フランとの戦闘中に時を止め、彼を殺しなさい」 妖「こちらです……」 俺「ああ、わざわざありがとうな」 妖精メイドは案内を終えると、逃げるようにその場を急いで離れていった。 JOKERが案内された「更衣室」の扉は地下へと続き、どう見てもそれではない。 俺(さて、藍の話によるとこの中にいるのは…………) 扉を開くと、薄暗い中に階段が見える。 一段一段降りていくにつれて、かすかに嫌な臭いが立ちこめていく。 それは、戦いに身を置く者にしか感じ取れない、かすかな……血の臭い。 その奥に、吸血鬼フランドール・スカーレットはいた。 可愛らしい顔立ちとは裏腹に、その瞳には狂気の色が宿っている。 フランはその見覚えの無い来客を見つめて言った。 フ「あなたは壊れない人間?」 地下へ向かう咲夜の足取りは重かった。 自分の能力はあくまで紅魔館の拡張や弾幕ごっこ等で用いるものであり、直接相手を殺傷する目的で使ったことは無かった。 というより、咲夜自身がそのような使い方を禁忌としており、レミリアもそのことを重々承知している。 しかし、今回は能力を使ってJOKERを抹殺しろと命令した。 見下していた人間に敗北を屈し、あまつさえ文の手によりそのことが幻想郷中に広まってしまった今、レミリアがそのような暴挙に出る気持ちもわからなくはない。 とはいえ咲夜も好んで人殺しなどはしたくないし、全く乗り気ではない。 だが、命令とあらば従うしかない。咲夜の忠誠心は強いものであった。 その頃、藍は既にドレスへの着替えを終えていた。 藍にとってこのような服を着るのは初めてである。動きづらく心地良いとは言えなかったが、鏡に映った自分を見て思わず息を呑んだ。 藍「これが……私、か?」 元々顔立ちもスタイルも良いので飾れば映える存在ではあったが、藍自身全く興味を持たなかったためそのことに気付かなかった。 しかし今、こうして着飾った自分を見たら、自分が一人の女であることを自然と意識してしまう。 この姿を見たら、JOKERはどう思うだろうか。そんなことを考えてしまい、何を馬鹿なことを、と苦笑する。 レ「随分似合ってるじゃない」 突然背後から声がかかる。びっくりして振り返ると、部屋の入口にレミリアが立っていた。 レ「あの男のことでも考えていたのかしら?八雲藍といえど、女だしね」 藍「そ、そそそんなわけないだろう!」 図星をつかれ、どもりながら反発する。 そんな藍を意に介さず、レミリアは続けた。 レ「でも残念だったわね。あなたのその姿を彼が見ることは、もう永遠にない」 藍「……どういうことだ」 藍の顔が緊張で引き締まった。 レミリアは微笑を崩さず、藍に対する宣戦布告となるその発言を口にした。 レ「彼は今頃、フランと咲夜に殺されている」 レミリアが言い終わるが早いか、反射的に藍はレミリアを突き飛ばし、部屋を出た。 フランドール・スカーレットのことは藍も知っている。姉をも凌ぐであろう、最強の吸血鬼。 あらゆるものを破壊する程度の能力を持ち、精神的に不安定ゆえ地下に幽閉されている。 JOKERがそこに送り込まれて、ただで済むとは思えない。冷静に考えればJOKERが敗れることなどありえないと気付いたはずだが、藍は頭に血が上っていて気付かない。 藍はひたすら地下を目指した。妖精メイドを捕まえては半ば脅迫じみた勢いで道を聞き、走り続けた。 そしてついにフランがいるであろう、地下への扉を発見した。 藍「JOKER!無事か!?」 扉を開け、階段を駆け下りる。 しかし、地下室の様子は藍の予想とは180度異なるものだった。 そこにいたのは、呆然と立ち尽くす咲夜と、 フ「はい、これで私の勝ち!」 俺「うぅ……また負けか……」 七ならべで遊んでいる、JOKERとフランだった。 俺「そんな顔するなって。また遊びに来るからさ」 フ「本当?絶対だからね!」 フランが名残惜しそうにJOKERに言う。 JOKERと着替えた藍は紅魔館で食事を摂り、これから帰ることにした。 ちなみに、食事中JOKERは普段着だった。それもそのはず、元々食事前に着替えるなどJOKERを藍から引き離し地下室へ送り込むための口実に過ぎなかったのだから。 俺「じゃあなレミリア。また会おう」 レ「…………ええ」 レミリアの策略を知ってか知らずか、JOKERの軽口は最後まで変わらなかった。 玄関へと向かう二人を見つめながら、レミリアは咲夜に小声で尋ねた。 レ「咲夜、なぜ殺さなかったの?」 咲「……私はフラン様との戦闘中に彼を殺せ、との命を受けました。   今回、彼とフラン様の戦闘は行われませんでしたので、私も何もしませんでした」 咲夜には、これが詭弁だと分かっている。 レミリアが望んでいるものはJOKERの死。フランとの戦闘のことなど、どうでもいいのだ。 しかし、咲夜はやはりJOKERを殺すなど出来ることならば避けたかった。 特にあのフランが懐いた今となっては、咲夜もJOKERに好感すら覚えている。 だが、レミリアはあはり非情であり、あくまでJOKERの存在を認めようとしなかった。 そして咲夜は、そんなレミリアには逆らえなかった。 レ「…………そう。なら命令よ、今すぐ彼を殺しなさい」 咲「……フラン様の目の前です。八雲藍、ひいては八雲紫も敵に回します」 レ「やりなさい」 他の誰かに聞こえぬ程度の声量ながら、否定を許さぬ強い口調。 咲夜には、命令に背くという選択肢は存在し得なかった。 咲(…………ごめんなさい…………) 咲夜が左手の懐中時計をぐっ、と握り締めた。 その瞬間、咲夜を除くその場にいる全ての者の動きがピタリと止まった。 ただ一人動ける咲夜は、ナイフを取り出し右手で持つ。その顔は、悲しみの表情を帯びていた。 咲(あなたは、フラン様の初めての御友人となられた。そんなあなたを殺したくはない。   でも、殺らなければならない…………ごめんなさい…………) JOKERの元へ歩き出す。いくら強くても人間、心臓を一突きすれば死ぬ。 狙いを定め、ナイフを握り締める。後は前に突き出すだけ。 それで終わるはずだった。 突如、右手に強い痛みと痺れを感じた。 まるで上から叩かれたかのようにナイフは手から零れ落ち、床に落ちる前に世界同様静止した。 痛みに顔をゆがめる咲夜だが、直後その表情は驚愕へと変わる。 動けないはずのJOKERが、咲夜の方を向いて笑っていた。 そんな、確かに時を止めた時点では背を向けていたはず―――――― 全く予想だにしていない展開に大混乱に陥る。 そして間髪をいれず、更なる驚愕が咲夜を襲った。 俺「外から見た時より広い気はしたが、やっぱりあんたの能力か。   それにしても凄いな、俺では止まった時の中を動けても、時を止めるのは出来ない」 あろうことか、喋ったのだ。咲夜以外は動けないはずの空間の中で。 咲「そ、そんな……どうして……」 俺「時を止める"程度"の能力じゃあ、俺には通用しないよ」 JOKERは静止していたナイフをひょいとつまみ上げると、レミリアの方へ向かって投げた。 ナイフはJOKERの手から離れた直後、再びピタリと止まる。 そして未だ混乱中の咲夜の元まで歩くと、左手の懐中時計をポンと叩いた。 その瞬間、時が動き出した。 ナイフはあっという間にレミリアへと迫り、頬をかすめた後、深々と壁に突き刺さった。 咲夜の能力解除と共にJOKERが倒れ死ぬと信じて疑わなかったレミリアにとって、JOKERが生きているどことか自分に向かってナイフが飛んでくるなど夢にも思っていない。 衝撃のあまりペタリと膝をつくレミリアに、JOKERは笑いながら言い放った。 俺「俺を殺したくば、部下など使わず自らかかってきな。いつでも挑戦受け付けるぜ」 JOKERと藍は紅魔館を出た後、泊をとるために博麗神社へ再び向かった。 出発前に、霊夢にも話はつけてある。 藍「会いたい奴というのは、レミリアではなくフランドールだったのだな」 俺「ああ、藍の話を聞いたときから気になっていたんだ」 藍は首をかしげる。 藍がJOKERに話したフランに関することは、地下に幽閉だの破壊し尽くす能力だの、とてもプラスイメージになることとは思えない。 会いたい理由など検討もつかない、と言ったらJOKERは 俺「ずっと一人で、誰からも恐れられていて、寂しいだろうと思ったのさ」 と、事も無げに答えた。 更にJOKERは話す。フランは他人を壊す対象と見ていて、他の接し方を知らないだけだ。 他の遊び方を教えてあげさえすれば、皆に怖がられるような行動はしないだろう。 もしかしたら友達だって出来るかもな、自分もそうなれたつもりだ、と。 俺「ま、俺と境遇が似ていたってのもあるんだけどな」 JOKERもフラン同様、強すぎるゆえ拒絶され続けて生きてきた。 だからフランのことも何とかしてあげようとして行動を起こした。 単に強いだけでなく、他人のために何かをすることができるような優しさも併せ持つ。 そのことを確認できて、藍はまたJOKERのことを……少し、気に入った。 俺「フランだけでなく、レミリアともいつか仲良くなるつもりさ。あ、そうそう」 藍「?何だ?」 俺「ドレス似合ってたよ。実は藍って美人だったんだな」 藍は一瞬ポカンとした後、ボンッ、と顔を真っ赤にする。 藍「な、何を言っているんだお前は!さっさと忘れろ!」 俺「ええ!?どうして怒られるの!?」 その夜、二人は博麗神社に泊まった。 そして翌朝JOKERの希望により、今度は白玉楼へと向かうのだった。 余談だが、その日からフランはトランプやおはじきで妖精メイドと遊ぶ姿が見られ始めた。 今まで見せたことがないような笑顔と共に。 妖「では……お願いします」 俺「こちらこそ」 白玉楼の庭で今、JOKERと庭師の魂魄妖夢が刀を抜いて立ち合っていた。 事の起こりは白玉楼に来たJOKERの持つ刀、贄殿遮那に妖夢が興味を示したことから始まった。 優れた剣士は、優れた剣を扱う。贄殿遮那は妖夢の目から見ても一級品のものであった。 JOKERの強さも噂には聞いていたし、前々から剣士同士立ち合いたいと思っていた妖夢はその旨を話した。 JOKERも快くその申し出を受け入れ、今に至る。藍と幽々子は見物中だ。 幽「ねぇ、藍。あなたはどちらが勝つと思う?」 藍「JOKERの気分次第ですね。本気を出せば間違いなくJOKERが勝つでしょう」 幽「……そんなに強いの?」 藍「ええ、それも桁外れに」 紫をして自分より遥かに強いと言わしめるほどの実力。 まともに戦えば妖夢では、いや、この場にいる全員がかかっても全く勝負にならないだろう。 しかし、紫戦の時のようにJOKERが勝とうとしなければ、一応形式上は妖夢が勝利する可能性もある。 結果がどう転ぶかは藍には判断しかねた。 先に仕掛けたのは妖夢だった。鋭い踏み込みで一瞬でJOKERとの間合いを詰めると、右手の楼観剣をJOKERの頭上へ振り下ろした。 JOKERはそれを難なく贄殿遮那で受け止めたが、これは妖夢も想定済み。 攻撃が防がれた瞬間、左手の白楼剣すぐさま抜くと、大きく横に薙いだ。 JOKERはこれを背後に大きくジャンプしながら回避する。そして空中で体を捻り、贄殿遮那で一閃。 妖夢「!」 妖夢がすぐに身を引いたことにより、頬を浅く切りつけたのみで致命傷には至らなかった。 だがJOKERは更に着地した時、その勢いを利用して動揺覚めやらぬ妖夢へ向かって跳ねた。 そして贄殿遮那を上段から打ち下ろす。妖夢は辛うじて両手の剣を交差し受け止めた。 軽快な金属音が響く。だが、この時妖夢は違和感を覚えた。 あの勢いで打ち下ろされた刀を受け止めれば、当然感じるであろう手の痺れをほとんど感じない。 というより、力がほとんどこもっていない、あまりに軽い一撃であった。 だが、次の瞬間空中を舞っている贄殿遮那を見て全てを理解した。 妖夢(しまった!) 妖夢に向けて刀を打ち下ろしている途中で手を離したJOKERは、防御のために両手を挙げ、がら空きになった妖夢のわき腹に左足で強烈な蹴りを放った。 それを妖夢が回避することはできず、蹴りを受けて大きく跳ね飛ばされた。 のほほんと見物していた幽々子にも、さすがに焦った顔をする。 幽「うわっ……妖夢、大丈夫かしら……」 藍「……いや、まだ決着はついていないようです」 地面に叩きつけられた妖夢は苦痛に顔を歪めながらもすぐさま体勢を立て直す。 空中に舞っている贄殿遮那をキャッチすると、JOKERは驚いてように言った。 俺「凄いな、今ので終わりかと思っていたよ」 妖「恥ずかしながら、蹴りの方向に飛んで衝撃を和らげるので精一杯でしたけどね。   貴方の強さはよくわかりました。ですが、私も魂魄の名において負けるわけにはいきません」 妖夢は再び二刀を構えた。 その表情から、本当の本当に本気になったということが幽々子はもちろんJOKERと藍も感じ取れた。 それを見たJOKERは軽く笑う。 俺「おいおい、この世界での戦いは遊びだろ。もうちょっと楽しそうな顔をしなよ」 妖「剣で戦う以上、私にとっては負けられない戦いです」 俺「……そうかい。なら、俺はもう少し遊ばせてもらうよ」 そう言うとJOKERは左手を刀から離し、その手に鞘を持った。 そして右手の贄殿遮那を中段に、左手の鞘を上段に構える。 妖「……何の真似ですか?」 俺「こういうのも面白いと思ってさ」 鞘を二刀流として扱うという変わった構えだが、妖夢の本気は揺ぎない。 たとえ鞘であろうと、当たれば相当のダメージとなるから当然であろう。 この時、次のJOKERの行動はどちらの刀で攻撃するにせよ妖夢の元まで飛び込む、ということを妖夢は想定していた。 そのため妖夢もすぐさま防御・反撃できるように心構えしていた。 しかし、JOKERの行動は妖夢の度肝を抜くものであった。 何と振りかぶった鞘を、妖夢に向かって投げつけたのだった。 妖「なっ……」 妖夢は全く考えもしなかった攻撃に一瞬気を取られるも、とっさに横に跳ねた。 鞘は妖夢のすぐ横をそのまま飛んでいき、妖夢のはるか後ろで重力に従い落下した。 呆気に取られる妖夢とは対照的に、JOKERはニヤニヤ笑っている。 俺「どうだ?突然の思いつきだったが、こんな攻撃もアリだろ」 妖「……こんなもの、ただのこけおどしに過ぎません」」 俺「そう思うか。じゃあ、これならどうかな?」 妖夢も藍も幽々子も、信じられないといった顔をする。 JOKERは今度は何と、贄殿遮那を右手一本で振りかぶったのだ。 まるで先ほど投げつけた鞘のように。 幽「ねぇ……まさか彼、刀まで投げるつもりなの?」 藍「……私もまさかと思います。外したら、ほとんど負け同然ですから。   …………ですが…………」 幽「えぇ……そうね」 三人とも、JOKERが刀を投げるとは思っていなかった。 常識的に考えて、そんな攻撃はありえない。 だが…………三人とも、同時に考えていた。 この男だけは、通常の常識では計れない、と。 妖(大丈夫、普通に振り下ろしての攻撃も、投げでの攻撃も心構えはできている!) 妖夢は緊張に身を固くしつつも、自信を持っていた。どんな攻撃が来ようと、十分に対処できると。 そのままの体勢で、小一時間が経過した。藍も幽々子も、固唾を呑んで見守っていた。 そして、ついにJOKERが動いた。 JOKERは、妖夢に向かって刀を投げた。 しかし、それは妖夢の想定していたものとはかけ離れた形であった。 JOKERは勢いよく刀を投げつけるのではなく、ひょいっと山なりに軽く投げたのだった。 妖(……え?) 藍(これは……) 幽(パス?) 欠片も予想だにしなかった行動に、三人の目が点になる。 そして、戦いに集中していた妖夢の心に、一瞬の空白が生まれた。 それはほんの一瞬のこと。しかし、妖夢が我に返った時、既にJOKERは妖夢の右側に回りこみ、凄まじい速度で迫っていた。 妖(しまった!) 慌てて前方に構えていた右手の楼観剣を横に振るうが、あまりに遅かった。 JOKERは右手で妖夢の右手首を弾いて攻撃を止めると、左手で妖夢のこめかみに掌底を叩き込んだ。 妖夢はそれを喰らい、はじき飛んで意識を失った。 妖夢が目を覚ましたときは、白玉楼の一室だった。 部屋の中には布団に寝かせれている妖夢と、その傍らに座っている幽々子の二人がいた。 幽々子はホッとしたような顔を見せる。 幽「あら、目が覚めた?よかったわ」 妖夢は意識を失う前の記憶を辿った。 確かJOKERが刀を投げ、気を取られた一瞬の隙をつかれ……そこで記憶は途切れている。 つまり、妖夢はJOKERに負けたのである。 妖「申し訳ありません……お恥ずかしいところを見せてしまいました」 幽「何言ってるのよ。彼が相手では、気に病むことはないわ」 幽々子が慰めるが、妖夢は落ち込んだままである。 最初から最後までずっとJOKERの奇策に翻弄されっ放しのまま、いいところなく敗北。 自分の剣の腕にはそれなりの自信も持っていたのだが、それが粉々に打ち砕かれた。 妖「私は……あまりに未熟でした」 悔しさと情けなさが入り混じり、妖夢の目から涙がこぼれ落ちる。 幽々子はしばらくそんな妖夢を優しい目で見つめていたが、ふと口を開いた。 幽「あの後ね、彼に聞いたの。最後の攻撃が決まらなかったらどうしたのかって。   そうしたら笑ってこう答えたわ。『手ぶらじゃ降参するしかないな』だそうよ」 妖「…………」 幽「しかもあれで勝てるという自信も別になかったみたい。面白そうだからやっただけ。   『あの戦いでは負けても失うものはない。なら楽しまないと』ともね」 それを聞いた妖夢は、つくづく自分とJOKERの差を痛感した。 幽々子の剣術指南役、白玉楼を守る剣士、祖父から受け継いだ魂魄の名とその誇り。 様々なものを背負って戦う妖夢は、戦いを楽しむ余裕など持ち合わせていなかった。 ただただ幽々子のため、そして自分のために勝つことばかり追い、腕を磨いてきた。 だが、JOKERは負けてもいいと思っている。だから戦いを楽しむ余裕がある。 面白そうだからという理由で、先の戦いのような酔狂じみた戦法を取るのも躊躇しない。 そんなJOKERのことを、妖夢はとても――――羨ましく感じた。 その時、スタスタと廊下を歩く音が聞こえ、カラッと障子が開かれた。 俺「お、起きたか。よかったよかった。大丈夫だと思ったけど、やっぱ不安だったよ」 藍「やれやれ、器用に手加減する奴だ」 JOKERが部屋に入り、それに藍も続く。 妖夢は一瞬JOKERに目を向けたが、すぐに顔を背けた。今はJOKERの顔を見るのが辛かった。 JOKERはおやっという顔をしたが、すぐに笑顔になる。 俺「そんな顔を見れば、大体妖夢が何を考えているかは分かるよ。   …………でもさ、いいじゃないか、負けたって」 妖「……え?」 妖夢は再びJOKERの方を見た。 俺「この世に完璧な奴なんていないんだ。戦ってれば負けることだってあるさ。   余計なものを背負いすぎないで、もうちょっと楽しんで戦えばいい。   勝つのなんて、本当に勝つべき時だけでいいんだから」 それは何気ない、軽い感じの口調だった。 しかし、妖夢のみならず幽々子にも藍にも、はっきりと伝わった。 その言葉の裏に隠されている、妖夢のことを思いやるJOKERの気持ちが。 妖「……JOKERさん?」 俺「何だ?」 妖「今日はこんな状態ですが……またいつか、手合わせお願いしてもよろしいですか?   魂魄の名を受け継ぐ白玉楼の庭師としてではなく、一人の剣士として」 JOKERは嬉しそうに答えた。 俺「もちろん!」 その後JOKERは藍や幽々子、妖夢と雑談をしながらその日を過ごし、翌日の昼過ぎに白玉楼を発った。 俺「流石は幻想郷一の剣士なだけあって楽しかったよ。紫の一番の友人とも会えたしな」 JOKERは大いに満足したようで上機嫌である。 もっとも、JOKERが不機嫌になったことはこの幻想郷に来てからは一度も無い。 藍「それは何よりだ。私が付き合えるのは今日で最後になるが、次はどこへ向かう?」 藍は明日には紫の元へ戻る予定だ。 JOKERの危険度の報告をしなければならないのだが、もちろんそんなことはJOKERには言えない。 俺「博麗神社へ向かう時に色々と藍の話を聞いてから、凄く会いたかった人物がいる。   この最後の日のお楽しみにとっておいたんだよ」 まるで好きなものを最後に食べる子供のようだな、と藍は内心笑った。 もっとも、これもJOKERの魅力の一つであることは重々承知している。 藍「ほう、一体誰なんだ?」 俺「永遠亭の、蓬莱山輝夜」 中編に続く
同上

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