「放課後SS第二部(中)」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「放課後SS第二部(中)」(2013/11/26 (火) 15:19:13) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
永遠亭へ向かっている途中、人里に寄り道をしていたら相当に時間を喰った。
人里もJOKERには新鮮だったようで何時間も見て回ったり宿を確保したり、仲良くなった里を守るハクタクの上白沢慧音と話し込んでいたら、迷いの竹林に入る頃にはすっかり暗くなっていた。
藍「こんな時間になってしまったが、いいのか?」
俺「いいんだよ。元々永遠亭よりも興味があるのは、蓬莱山輝夜そのものだから」
輝夜は毎晩竹林のどこかで藤原妹紅と殺し合いをしている。
だから戦闘の様子がある所に行けば輝夜に会える、と提案したのは藍であった。
竹林は静けさを保っているので、まだ戦闘は始まっていないようだ。
藍「そういえば幻想郷で一番会いたい人物は蓬莱山輝夜だと言っていたな」
俺「ああ、言ったよ」
藍「その理由を聞いてもいいか?」
俺「かまわないさ。えっとな……」
JOKERが答えようとした時、上方からガサッと竹の葉の音がした。
それと共に、空から一人の少女が降りてくる。
黒い翼を身にまとい、その手にカメラを携えた健康的そうな少女である。
文「これはこれは、見た顔が歩いていると思えば八雲藍さんと放課後のJOKERさんではないですか。
まいど、清く正しい射命丸です。もしかしたら、お邪魔でしたかな?」
何が何だか分かっていない風のJOKERは、露骨に顔をしかめている藍の方を向く。
俺「えーと……藍?」
藍「こいつは烏天狗の射命丸文。あの文々。新聞の発行者だ」
JOKERは、ああ、と納得した顔をした。
紫に見せられたレミリアとのことを書いた新聞は、確かそのような名前だった。
文「はじめまして。お噂はかねがね耳にしていますよ」
俺「こちらこそはじめまして。天狗とは皆鼻が高くて赤いと思っていたよ」
文「外の世界ではそのようなイメージらしいですね。それにしても、ここで一体何を?」
俺「実は蓬莱山輝夜と会いたくてね。ここで毎晩戦っているらしいから」
と、そこで爆発音が聞こえた。そう遠くはない。
その後も立て続けに派手な音が聞こえる。明らかに戦闘の音である。
俺「始まった!こっちか!」
JOKERは嬉しそうに目を輝かせると、一瞬でその場から走り去っていった。
藍「やれやれ……せっかちな奴だ」
文「私達も参りましょう」
藍と文も出遅れつつも戦場へ向かう。
藍「そういえば、結局なぜJOKERは輝夜と会いたがっていたんだ?」
文「うーん……輝夜さんのことを何か話されました?」
藍も輝夜のことをそこまで詳しく知っているわけではない。
話したことといえば、永遠亭の主であり不老不死の蓬莱人であること。
月の姫だったが地上に落とされ、その美貌で数多の男から求婚されるが全て跳ね除け永琳と共に幻想郷
へ来たこと。
あとは異変の件や妹紅絡みのことくらいだ。
藍の話を聞いた文は納得したようにうんうんと頷いた。
文「なるほどなるほど、やはりJOKERさんも男の人だということだったわけですね」
藍「どういうことだ?」
文「つまり、凄まじい美人だということが気になったわけですよ。これしか考えられません」
藍「……………………」
文「確かに綺麗な人ですからね。でもJOKERさんの好みではないかもしれないし、まだ藍さんにも希望は
……」
それ以上、文は喋ることができなかった。
藍の全身からどす黒いオーラを発しており、文は完全に気おされた。
藍「そうか、そういうことか……」
口元こそ笑っているものの、目は全く笑っていない。
完全に怒っているのが見て明らかだった。
藍「私達も、追うぞ」
文「は、はい!」
二人もJOKERの向かった先へと駆けていった。
輝夜の従者である永琳にとって、輝夜と妹紅の戦いを見ることは珍しくない。
気分や仕事との兼ね合いで見るか見ないか決まるのだが、この日は見ることにした。
二人の弾幕が飛び交う中、巻き添えを食わない程度に離れて見物している。
ただ、この日はいつもと違うことが一点あった。それは、隣で同じように見物している男の存在。
俺「うわぁ、さすがに二人とも強いな。あれが蓬莱山輝夜か、イメージ通りだよ」
永「……で、あなたは結局何をしに来たの、放課後のJOKER」
俺「だから、ただの見物さ」
JOKERは藍から以前聞いていたため永琳のことを知っているのと同様、永琳もJOKERのことは知っている
。
幻想郷に訪れてから数日しか経っていないものの、レミリアを打ち倒すほどの強さを持った外来人が八
雲紫の式と行動を共にしているというのは幻想郷中で噂になっていた。
この流れ弾に当たれば怪我は必死の状況でも、涼しい顔をしている。
藍「ここか……」
文「全く、速いですよ、JOKERさん」
さらに来客が増える。JOKERのパートナーの八雲藍と鴉天狗の射命丸文。
二人とも有名人であり、輝夜達の知人でもある。
永「……なんで文までいるのかしら」
文「いや~たまたまJOKERさん達を見かけてしまいまして」
俺「あれ?なんか藍、怒ってないか?」
藍「……なんのことだ?」
四人でわいのわいの騒いでいると、ふと弾幕の飛び交う音が止んだ。
皆意識から消えていた戦いの場に再び注目すると、輝夜も妹紅も四人をじっと見ていた。
輝「何だか騒がしいと思ったら……今日は見物人の多い日ね」
妹「……ん?お前はもしかして、放課後のJOKERという男か?」
話を振られたJOKERは、妹紅に向かって会釈する。
俺「はじめまして、見物に来たんだ。あ、俺にはかまわずどうぞ続けて続けて」
輝「ふうん、あなたが噂の……」
輝夜も妹紅も、もちろん放課後のJOKERという名には聞き覚えがある。
圧倒的な戦闘力を持つという噂の外来人。
それだけで、輝夜が興味を持つのは当然のことであった。
輝「ねぇ、あなた。せっかくここまで来たのだし、私と遊ばない?
たまには妹紅以外の相手というのも面白そうだしね」
もし噂通りの実力なら、輝夜の相手として申し分ないだろう。
だが、その提案にJOKERが答える前に、妹紅が苦言を呈した。
妹「おいおい、それじゃあ私はどうなるんだ?」
輝「さあ。その辺で蟻の巣でも探してたら?」
妹「何だと!?」
二人が口喧嘩を始め、JOKERは困惑した表情を浮かべた。
JOKERにとっては輝夜に会うのが目的であり、戦う気などは全くなかった。
しかし今の状況は輝夜と戦わねばならない流れ。だが、そうすると妹紅の立場がない。
JOKERはしばらく考えていたが、名案が閃いたとばかりにポンと手を打った。
俺「そうだ、こういうのはどうだ?」
二人が再びJOKERの方を向く。
輝「あら、何かしら?」
俺「二人いっぺんに相手をしようじゃないか」
JOKERのその提案を聞いて、永琳と文は驚愕した。
永「ちょ、ちょっと、冗談はやめなさいよ!」
文「そうですよ、さすがに殺されちゃいますよ!」
俺「でも、これなら全員戦えて満足するだろうし……」
輝夜と妹紅も、さすがに不快そうな顔をする。
輝「二人いっぺんになんて、私達も舐められたものね」
妹「ああ。ちょっとは腕が立つみたいだが、身の程知らずもいいところだぞ」
輝夜と妹紅はお互い普段は悪態を吐きつつも、その強さは認め合っている。
それにひきかえJOKERは強いと噂されていても蓬莱人でもない、普通の人間。
一対一でも自分が負けるとは思っていないのに、あろうことか同時に相手すると言いだした。
二人の怒りのボルテージが上がるのは当然のことである。
輝「いいわ、その驕り、打ち砕いてあげましょう」
輝夜の声が静けさで包まれた竹林に響く。妹紅も身を固くした。
それを戦闘開始と受け取ったJOKERは、輝夜の所へ飛び、贄殿遮那を抜いて横に振るった。
輝夜はそれを難なく後ろへ大きく跳んでかわすと、そのまま空中に静止した。
JOKERは感心したように目を見張ると、少し離れたところにいる妹紅へ話しかけた。
俺「凄いな、この世界の奴は全員飛べるのか?」
妹「……私も飛べるが、別にそういうわけではない」
文と永琳は、未だ心配そうに見物している。
文「藍さん、止めなくていいんですか?」
藍「いいさ、勝手にやらせておけ」
永「何か冷たいわね……何があったか知らないけど、彼が心配じゃないの?」
藍は楽しそうに戦うJOKERを見つめながら、溜息を吐いた。
藍「心配なのはむしろ、あの二人の方だ」
俺「さてさて、二人とも飛んで戦うなら剣は分が悪いかな」
JOKERは贄殿遮那を鞘に収めると、輝夜へ向かって右手を突き出した。
俺「それなら俺も、幻想郷らしく魔法で戦うとしよう」
それを聞いた文は、再び藍に尋ねる。
文「JOKERさん、魔法使えるんですか?」
藍「まぁ……あいつなら使えてもおかしくはないと思うが……」
藍はまだJOKERが魔法を使う姿を見たことがない。
紫と妖夢と戦った時も、贄殿遮那だけで戦っていた。
それだけにJOKERの未知の魔力には、藍は大いに興味を惹かれた。
輝「あら、私の魔力に勝てる気でいるの?」
俺「さあ、どうだろうな」
輝「いいわ、比べてみましょうか」
輝夜の全身に魔力が漲る。うわ、あいつ本気だ、と妹紅が呟いた。
同時にJOKERも突き出した右手に魔力を集中させた。
その瞬間、永琳に凄まじい悪寒が走った。
輝夜は蓬莱の薬の効果により死ぬことがない。それに、輝夜を死に追い込めるほどの強者が輝夜と戦う状況など妹紅のことを除けばまずないだろう。
だからこの戦いでも、永琳はJOKERの身は案じても、輝夜の身を案じることはなかった。
しかし、永琳は今確かに感じた。輝夜の身に、ありえないはずの死が迫るのを。
思わず叫んだが、間に合わなかった。
永「姫様、お逃げ下さい!」
輝「神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』!」
様々な色のレーザーと弾がJOKERへ襲い掛かる。
JOKERは、ぐっと右手に力を込めた。
そして、集中した魔力を放出した。
同時刻、博麗神社。
霊夢と魔理沙は、遠くで輝いている絶大な魔力の奔流を、口を開けて見ていた。
霊「……魔理沙、あれ、あなたの仕業?」
魔「……いや、私はここにいるから、違うと思うぜ……」
ファイナルスパークすらも凌ぐであろうその威力に、二人は目を奪われた。
霊「じゃあ誰かしら?あんな威力だせるのは……まさか……」
魔「ああ、多分な……」
二人の頭に、一人の男が浮かぶ。
紅魔館。
フ「あは、きれい」
無邪気に笑う妹とは対照的に、レミリアは悔しそうに歯をかみ締めた。
白玉楼。
素振りをしていた妖夢の手から、剣がポロリと落ちた。
この離れた白玉楼からではかすかな一条の光にしか見えないが、その威力は分かる者には分かる。
妖「ゆ、幽々子様、あれ……」
幽「……とんでもない外来人がやって来たものね」
八雲家。
紫「橙、ちょっと出かけてくるわね。あれじゃあ博麗大結界にも被害が出るでしょうし」
部屋で眠っている橙に聞かせるわけでもなく、紫は一人ごちた。
紫「放課後のJOKER。やはりあなたは、あまりに強すぎる……」
JOKERの放った一撃は、輝夜の弾幕を消し飛ばし、強風を巻き起こし幾本もの竹を曲げ、輝夜の頭上を通って空へと飲み込まれていった。
輝夜に命中こそしなかったものの、輝夜が腰をぬかして地上に落ちるのには十分すぎる衝撃だった。
俺「うーん……久しぶりだったから、ちょっと強く打ち過ぎたかな」
大したことをしていないかのようなJOKERとは裏腹に、その場の他の全員は信じられないものを見たかのような顔をしている。
地面にへたり込んでいる輝夜が、ひきつった笑みを浮かべた。
輝「は、はは……凄い、素敵よ、あなた。こんなにゾクゾクしたの、何百年ぶりかしら。
さあ、続けましょう。私はまだまだ戦え…………」
しかし、そこで見物に徹していた永琳が輝夜の元に急いで駆け寄った。
永「姫様、帰りますよ!」
輝「え、でもまだ勝負は……」
永「駄目です!帰ります!」
有無を言わさず輝夜の手を取ると、JOKERの方をくるりと振り向き、睨みつけた。
永「……化け物……」
そのまま文句を言い続ける輝夜を無視し、竹林の奥へ揃って姿を消した。
JOKERは困ったように頭をかくと、まだ口をパクパクさせている妹紅に向き直った。
俺「えーと……輝夜帰っちゃったけど、まだやる?」
妹紅は冷や汗を浮かべながら答えた。
妹「…………やめておく」
妹紅も帰り、JOKER、藍、文の三人がその場に残された。
藍「皆、帰ってしまったな……」
俺「しょうがない、俺達も帰ろうか」
帰路につこうとするJOKERの腕を、文がぐっと掴んだ。
俺「ん、何だ、文?」
文「藍さん、JOKERさんちょっと借りますね!」
文はそのままJOKERの腕を引っ張って竹林の中に消えていった。
藍「お、おい!」
藍も慌てて後を追った。
俺「どうしたんだ、いきなり」
文「凄いです!まさかここまで強いとは思ってもいませんでした!ぜひとも取材させて下さい!」
俺「う、うん」
文の勢いに押された感じにJOKERが頷いた。
文は待ってましたとばかりに手帳とペンを取り出すと、JOKERに質問を浴びせる。
文「ではまず輝夜さんのこと、どう思いましたか?」
俺「どう……とは?」
質問の意味がわからないとばかりに、JOKERは首をかしげる。
文「輝夜さんがどれほど美人か見たくて、会いたがっていたんじゃないんですか?」
俺「……いや、違うけど」
文「あやや!?」
思わず文は素っ頓狂な声を上げた。
文「で、ではなぜ輝夜さんに興味を?」
俺「ああ、それは外の世界っていうのかな?かぐや姫っていうおとぎ話があってさ。
そのヒロインが藍の話で聞いた輝夜と全くの同一人物っぽいから気になったんだ。
おとぎ話とばかり思ってたけど、実在したとはさすが幻想郷。会えて感動したよ」
文「……何だ、そういうことだったんですか……」
文が肩を落とした。
今最も幻想郷の注目を集めている人物の恋愛事情ならば相当なネタになるはずだと見込んでいたが、目論見が外れてしまったようだ。
だが、記者魂で再び質問をぶつける。
文「で、では、そうですね……この幻想郷で、好みの女性は誰ですか?」
俺「そうだな……みんな魅力的だけど、あえて一人挙げるなら簡単だ」
JOKERは表情をゆるめた。
俺「藍だ。最初に出会ってから、俺を全く恐れずにとても親切に接してくれた。
真面目で気がきくし、一緒にいると安心するし、今でも世話になりっ放しだよ。
きっと藍と出会ってなかったら、幻想郷をここまで好きになれなかったと思う。
藍には感謝してもし切れないよ。向こうは俺のこと、どう思ってるか知らないけどね」
文は歯切れよく答えるJOKERに目を白黒させていたが、ごちそうさまといった感じで呆れた。
文「はぁ……お幸せに」
その後もいくつかの質問をして取材は終わった。
JOKERは嫌な顔一つせずに全て答えた。
文「それでは、そろそろ私も帰りますね。今日はありがとうございました」
俺「ああ、また会おう」
文が道の方に出ると、取材していたすぐ近く、だが見えない所で立ち尽くすその人物に出会った。
文は目を細めて、意地悪くささやいた。
文「大丈夫、あれは記事にはしませんよ。ところで、嬉しかったですか?」
返事のかわりにパンチが飛んだ。
JOKERと藍はその日は人里の宿に止まり、その翌朝。
藍「それじゃあ、私が付き合えるのはここまでだ」
藍がJOKERと行動を共にするのは昨晩までという約束である。
これから藍は、JOKERとは別行動をとることになる。
俺「藍はこれからどうするんだ?」
藍「紫様が妖怪の山の神に会いに行くようだから、付き添いに。
JOKERこそ、これから幻想郷でどうやって過ごす気だ?」
俺「んー……まぁ適当にぶらぶらするさ」
藍「……まぁ、お前のことだから心配はないだろうが、何かあったらいつでも訪ねてこい」
俺「ああ、今まで本当にありがとうな」
JOKERがそうであるように、藍も本当はもっと二人で行動していたかった。
しかし、いつまでも八雲家を紫と橙の二人に任せておくわけにもいかない。
ならば自分が今JOKERのためにすべきことは、紫に少しでもJOKERのことを良く伝えることだ。
藍「JOKER……またな」
俺「ああ、必ず会いにいくさ」
後ろ髪を引かれる思いで、藍は妖怪の山の守矢神社へと発った。
俺「妖怪の山……か……」
紫が会いに行った妖怪の山の神の話も藍から聞いている。
八坂神奈子、それと洩矢諏訪子。藍と共にいる間は会う時間が作れなかったが、神という存在にはもちろん興味を持っていた。
藍には来るなとは言われてないし、紫ともまた会ってみたい。
それにめぼしい所は大体回った感じである。
俺「……行ってみるか、妖怪の山」
まずは道を聞かなくては、とJOKERは知識人の慧音を訪ねに行った。
昼頃、JOKERは妖怪の山に到着した。
ここまでは問題なかったのだが、ここに来て致命的なミスを犯していることに気付いた。
俺「守矢神社ってどこなんだ……」
JOKERは守矢神社までの道ではなく、うっかりして妖怪の山までの道を尋ねてしまったため、守矢神社が妖怪の山のどこにあるかが分からない。
適当に飛び回って探そうにも、先程からチラチラ空に見える白狼天狗に見つかるのは望ましくない。
おそらく自分は既に天狗のテリトリーに侵入しているであろう。
そこで空を飛んで「道に迷った普通の人間です」ではとても通用しないはずだ。
JOKERが途方に暮れていると、上方から声がかかった。
「そこの人間、動くな」
見上げると、白狼天狗が一人JOKERを見据えていた。
ついに見つかったか、とJOKERがうなだれる。
「こんな所に人間がいるはずがない。貴様、何者だ」
俺「……守矢神社に参拝に来たが、途中で道に迷った。よければ案内してくれないか?」
この言い訳は我ながらよくできている、とJOKERは思った。
参拝客なら不自然でない上、うまくすれば守矢神社に行けるかもしれない。
だが、白狼天狗はあからさまに疑り深い顔をした。守矢神社の参拝客は主に妖怪で、人間の参拝客などそうそう来るものではない。
そうしていると異常を感じたのか、他の白狼天狗達も集まってきた。
「どうしたんだ?」
「侵入者か!?」
「……参拝客だと言っているが……」
「人間じゃないか?なぜ人間がこんな所に……」
JOKERは段々と不安を感じてきた。
そして突然、白狼天狗のうちの一人が大声を上げる。
「こ、こいつ……放課後のJOKERだ!」
「なっ……放課後のJOKERって、文様の新聞に出ていた外来人か!?」
「確かに……似ているな」
「昨晩の永遠亭の方でのアレも、こいつの仕業だとか……」
急激に白狼天狗達の間に穏やかでない雰囲気が立ちこめていく。
既に10人近い白狼天狗が集まっており、剣を抜いて戦闘準備をしている。
「八坂様に、何の用だ!?」
「至急、大天狗様に報告を!」
「無駄な抵抗はするな!」
「油断するな、かなり腕が立つらしいぞ!」
俺「いや、ちょっと話を……」
白狼天狗達はJOKERの言葉には全く耳を貸さず、殺気立っている。
もはや無事には済まないことを認識したJOKERは、嫌々ながらも贄殿遮那を抜いた。
俺「はぁ……先に喧嘩売ってきたのはそっちだからな。悪く思うなよ」
守矢神社には5人が集まっていた。
藍に紫、それと守矢神社の二神である八坂神奈子と洩矢諏訪子、伊吹萃香だ。
そうそうたる面子が集まった理由は、藍によるJOKERに関する報告を聞くためである。
もっとも、萃香は遊びに来ていただけで暇潰し程度のものであるが。
紫「ここの風祝は、今日はいないのかしら?」
神「ああ、人里に買い物に行ってるよ。それより、私らまでいていいのかい?」
紫「ええ、もし彼が事件を起こしたら、相手になれるかもしれないのはあなた達だけでしょうから」
神は最強の種族である。
その中でもトップクラスの強さを誇る神奈子と諏訪子の力は紫を優に凌ぐ。
JOKERに対抗できるほどかは紫には分からなかったが、可能性としては唯一のものだ。
萃「へぇ、そんなに強いのか。ぜひとも一度会ってみたいね」
外部者の萃香は気楽なものである。
紫はじろりと萃香を睨みつけると、藍に促した。
紫「それでは藍、今までのJOKERの行動を報告して」
皆の視線が藍に集まる。
藍は、落ち着いた声色で語り始めた。
藍「三日前、私とJOKERは行動を共にし始めました。
まずは博麗の巫女に会いに博麗神社へ。彼は終始、極めて友好的な態度でした。
その夜は紅魔館へ向かい、レミリア・スカーレットの妹と遊戯を楽しみ、戦闘は…行われず。
二日前は白玉楼へ行き、庭師の魂魄妖夢と立ち会い勝利。ここでも彼は友好的でした。
昨日は人里から永遠亭方面の竹林へと向かい、蓬莱山輝夜と藤原妹紅を相手に戦闘。
二人には負傷させることなくJOKERの勝利し、今朝私と別れました」
そこで藍は一息つくと、表情を引き締めた。
さらに続ける。
藍「JOKERと過ごした感想ですが、彼はその力を無闇に振り回すことは一度もありませんでした。
戦闘も全て相手側から仕掛けたものであり、JOKER自身は決して好戦的な性格ではありません。
更には紅魔館のことからも他人を思いやれる優しい男だと思われます。
何よりもJOKERは幻想郷を愛しており、彼が幻想郷に害をなすなど…考えられません」
しんとその場が静まり返る。
藍がJOKERにそのような印象を持つことは、実際のところ紫の推測通りであった。
紫としてもJOKERの人柄そのものには決して悪い印象を持っていない。
だが、紫は誰よりも幻想郷を愛していた。
幻想郷を軽く滅ぼせ、誰一人それを止められない可能性があるJOKERの力を平然と見過ごすことはできなかった。
諏「そんなに不安がることはないんじゃない?」
萃「そうそう、あんたの式もこう言ってるんだし」
諏訪子と萃香が、黙っていた紫にからかうように話しかける。
JOKERの力を知らないからそんなことが言えるのだ、と紫は内心いらついた。
そんな時、一人の白狼天狗が慌てたように乱入してきた。
白「お取り込み中失礼します!八坂様へご報告、侵入者です!」
神「侵入者?」
神奈子は怪訝な顔をした。
妖怪の山へ迷い込む者はたまにいる。わざわざ報告するほどのことではないはずだ。
諏「侵入者が何かやらかしたの?」
白「はい、警邏中の白狼天狗達と戦闘になりましたが、凄まじい強さです!
先ほど大天狗様も加わり応戦したのですが、信じられないことに、まるで歯が立たず……
目的はどうやら、この守矢神社のようです!」
その報告を聞いて、藍は嫌な予感を覚えた。
妖怪の中でも上位の力を持つ天狗、それも大天狗すらも倒せるほどの実力者。
その場にいる全員が、心当たりがある。
神「……そいつは、どんな奴だ?」
白「侵入者は人間!刀を扱う、若い男です!」
藍と紫が頭を抱えた。
神奈子と諏訪子は口をあんぐりさせ、萃香は爆笑していた。
神奈子はすぐにその侵入者を守矢神社まで連れてくるように命じた。
諏「ごめんねー、うちの天狗達が迷惑かけて」
俺「まぁ、誤解は解けたようだからいいけどさ」
何人もの天狗を相手にしたというのに、JOKERは汗一つかいていない。
JOKERを初めて目にした三人は、その噂通りの強さに感心した。
萃「さすがだねぇ、あんたみたいな外来人もいるんだな」
俺「こっちも驚くことばかりだよ。鬼も神も、イメージと相当違ったからな」
萃香や諏訪子は、外見上は幼い子供にしか見えない。
JOKERでなくとも鬼だの神だの聞いて、彼女達のような姿は想像できないだろう。
もちろんJOKERには不満などはないのだが。
紫「どうだったかしら?幻想郷は楽しかった?」
俺「ああ、大満足さ。これも藍と紫のおかげだ、ありがとう」
紫にとっては、あまり嬉しくない返事である。
できればさっさと幻想郷に見切りをつけて、出て行ってほしかった。
しかし、気に入ってしまった以上は仕方がない。
紫「あなた、これからどこで暮らすつもり?」
俺「うーん……まだ特に決まってないな」
紫はそう、と呟くと、作り笑いをしながら言った。
紫「それなら、私達の家に来ない?あなたなら歓迎するわ」
藍はその提案を聞いても、さほど驚きはしなかった。
紫にとってJOKERは仲の良い友人ではなく、幻想郷のバランスを崩しかねない危険な存在。
どうせなら目の届くところに置いておいた方が安心できる。
だから紫が誘うことは、何となく予測できていた。
俺「それは有難い限りだが……迷惑じゃないのか?」
紫「ええ、あなたがいると色々と助かりそうだし、橙も喜ぶわ」
紫の真の目的はJOKERの監視。
そのことを知っている藍はこれからもJOKERを騙し続けることに心苦しさはある。
だが、考えてみればJOKERと一つ屋根の下での生活だ。それは藍にとっては、抗い難い誘惑だった。
俺「構わないのなら、願ってもない話だ。また藍と一緒に過ごせて嬉しいよ」
藍「ま、またそんなことを堂々と……」
紫は話は決まったとばかりに、早速スキマを開いた。
俺「これは……空間移動?」
紫「そういえばスキマを見るのは初めてだったわね」
即ち、この先は八雲家と繋がっているということだ。
JOKERは神奈子達に別れを告げる。
俺「じゃあ今日はこの辺で失礼するよ。またな」
萃「今度は一緒に酒でも飲もうな!」
神「次会ったら早苗を紹介するよ」
諏「またねー」
JOKER、藍、紫の三人はスキマの中へと消えていった。
その少し後、買い物籠をぶら下げた早苗が守矢神社へ帰ってきた。
早「戻りました……あれ、萃香さん、いらっしゃい」
萃「おかえり。さっきまで放課後のJOKERが来てたよ」
早「え、そうだったんですか!?」
もちろん早苗もJOKERのことは知っている。
その強さは勿論のこと、同じ外の世界からの人間だということで会ったことはないものの、何となく親近感を抱いていた。
早「残念です、私もお会いしたかったのですが。どんな方でした?やっぱり強いですか?」
萃「戦ったわけじゃないが、見た感じ本物だよ。正直、鬼の私でも勝てる気しないね」
諏「でも感じのいい、楽しい人だったよ。早苗とも仲良くなれるんじゃないかな?」
早「それは楽しみですね」
はしゃぐ皆を見ながら、神奈子はぼんやりと考えていた。
JOKERは悪人ではない。現に萃香も諏訪子も、そして自分も良いイメージを持った。
だが、紫は違う。紫はJOKERのことを恐れている。
幻想郷を誰よりも愛している紫が、幻想郷を簡単に滅ぼせるであろうJOKERに対し、悪意のある行動を起こしたりはしないだろうか。
そして紫を信頼しているであろうJOKERは、その時どんな行動に出るのだろうか。
幻想郷を滅ぼせる力がある者は他にも何人かいるが、JOKERはその中でもずば抜けた強さを持っている。
他の者達と違い、有力者達が束になってかかっても敵わないほどに。
無論JOKERに幻想郷をどうこうしようという気はないだろう。だが、人間は寿命が短い分、心変わりしやすい。
果たしてあの紫は、JOKERを手元に置いただけで済ますのだろうか。
得も知れぬ不安が、神奈子の心の中で渦巻いていた。
その日から、JOKERの八雲家での生活が始まった。
JOKERは非常に優秀だった。ずっと一人で過ごしてきただけあって家事はそつなくこなすし、時折ある結界の修復作業も紫以上に手早く済ませた。
さらには天人や地底の地獄烏から始まった異変も霊夢が動く前に紫の頼みを受けて出動し、あっさり解決へと導いた。
そして藍とも……恋人同士とまではいかなくとも、非常に仲が良い。橙も懐いている。
辛い人生を歩んできたJOKERは、初めて幸せを味わっていた。藍もまた、幸せだった。
だが、その幸せも長くは続かなかった。
JOKERが幻想郷に迷い込んでから一ヶ月が経過した頃、ついにその事件は起こった。
後編に続く
同上