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放課後SS第三部(前)」(2013/11/26 (火) 15:20:25) の最新版変更点

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レミリア・スカーレットは、運命を見て操作する力を持つ。 限度はあるものの、自分にとって不利な未来は事前に察知し歪めることが可能だ。 そして、先週辺りからレミリアの運命に異常が発生している。 今日から先の未来を、どうしても見ることができない。そこに見えるのは、ただの暗闇。 それが意味することは…………レミリアの身に、何か災いが降りかかるということ。 それも意識不明の重体や、もしくは死が。 操作しようにも、なぜかその運命を操ることができない。ただ、暗闇が残り続けるのみだ。 そこから導き出される結論は、自分の力の及ばぬ、圧倒的な力による蹂躙。 自分を遥かに凌ぐ力を持ちながら、自分を攻撃するに足る動機を持つ人物。 レミリアには一人、心当たりがあった。 レ「ねぇ、咲夜。もし私が死んだら、紅魔館とフランのこと、頼むわね」 咲「な、何を突然仰るのですか!?」 掃除をしていた咲夜が仰天する。 レミリアに人生を捧げた身としては、レミリアの死など考えたくもないことだ。 レ「質問を変えるわ。私がいなくなった時、フランが紅魔館の主になるけど、どう思うかしら?」 咲「フラン様……ですか?」 以前のフランならば、とてもじゃないが紅魔館の主など務まらなかっただろう。 しかし今はだいぶ精神的に落ち着いてきたし、メイド達とも仲良くなりつつある。 そうなったのは、一年ほど前から。 咲「……私が補佐すれば、可能かと。しかし、紅魔館の主はお嬢様しか考えられません。   どうか、悪い冗談のなき様……」 レ「……そうね。悪かったわ」 昔のフランならまだしも、今のフランなら咲夜の力添えもあれば立派に紅魔館の主として君臨できるだろうとはレミリア自身も思っていた。 フランを変えたのは、間違いなくあの男。 自分を殺そうとする者に感謝の念を覚えるという奇妙な状況に、レミリアは思わず苦笑いをしてしまう。 レ「咲夜、ちょっと夜の散歩に行ってくるわ」 咲「……お嬢様?」 スタスタと窓の方まで歩いていき、開く。 そして、咲夜の方を振り返ることなく、言葉がこぼれた。 レ「……咲夜、今までありがとう」 咲夜がその言葉の意味を問いただすより早く、レミリアは窓から森へと飛び立って行った。 レミリアはずっと、一年前の行動を後悔していた。 吸血鬼であるレミリア・スカーレットにとって、人間は対等な立場ではなかった。 博麗の巫女など一部の者は弾幕ごっこならば渡り合えるが、生身の戦闘ならば人間など問題にならない。 ゆえに人間……いや、他の全ての種族ですら、レミリアにとっては見下す対象だった。 だが、その認識は一人の男によって覆される。 自分を遥かに上回る魔力と身体能力で翻弄され、まるで歯が立たなかった。 何より気に喰わないのは、レミリアが命を狙っていることを知りつつも、まるで恐れず馴れ馴れしく接してくること。 そのたびにレミリアのプライドはズタズタに引き裂かれた。 その男の顔を見るたびに、はらわたが煮えくり返る思いをした。 だから紫達と共謀して、あの男を目の届かぬ場所に追いやったのだ。 だが、レミリアにすっきりとした気持ちは全く芽生えなかった。 それはあの男が、自分にとって永遠に勝ち得ぬ存在になってしまったから。 森の中で、自分を見つめる二つの目に気付く。 そしてレミリアは、その眼前に降り立つ。不思議と恐怖は感じなかった。 レ「あなたと初めて会った時も、こんな月の綺麗な夜だったわね。これも運命なのかしら」 男は答えず、静かに刀を抜く。 レ「私が言える立場じゃないけど……この日を、待っていたわ」 幻想郷から追い出したところで、自分より強い人間が存在することに変わりはなかった。 それならいっそ、その圧倒的な力に押し潰される方がせいせいする。 レ「こんなにも月が紅いから……楽しい夜になるそうね」 黒い翼がバサリとはためく。 訪れた静寂を破るように、レミリアは高らかに宣言した。 レ「さあ、始めましょう……放課後のJOKER!」 直後、激しい弾幕の音が響く。 周囲の木々がなぎ倒され、その場は台風が通った後のように荒れていく。 だが、それも長くは続かなかった。すぐにその音は弱くなり、細くなり。 一分も経たぬうちに、元の静寂が訪れた。 数時間後、咲夜の命を受け探しに来た妖精メイドの一人により、体を幾重にも切り刻まれたレミリアが発見された。 レミリアが討たれたという話は、紅魔館のメイド隊からネタを探し飛び回っていた天狗へと伝わり、昼過ぎには幻想郷中へと広まっていった。 特にレミリアに近しい者達の間では、顔を合わせばすぐ話題に上った。 レミリアは永遠亭に運び込まれ、辛うじて一命を取り留めたが、意識はまだ戻っていない。 そして吸血鬼であるのに傷の治りが遅い。レミリアを切り刻んだ凶器……おそらく刀のようなものに、そのような効果を持つ術が施されていたのだろうと分析されている。 魔「なぁ霊夢、どう思う?」 博麗神社では早速魔理沙が天狗の号外を持って押しかけてきている。 じっと下を向きながら、霊夢は静かに茶を啜った。 霊「……誰の仕業かしらね」 魔「何言ってんだよ!」 バシッと新聞を地面に叩きつけ、声を荒げた。 魔「JOKERの奴に決まってんだろ!あいつが戻ってきたんだよ!」 レミリアを圧倒する実力の持ち主など、今の幻想郷にはほとんどいない。 しかも動機を持っている者とくれば皆無といっていい。 だから誰もが、JOKERのことを真っ先に思いついた。実力も術の知識も、そして動機もある。 霊「……だとすると、レミリアだけでは終わらない」 魔「ああ、間違いなくな。あいつらもきっとやられるぜ」 この事件がJOKERの手によるものだとすると、狙いはおそらく自分を追い出した者達への復讐。 レミリア以外にも紫、幽々子、永琳、神奈子が絡んでいる。 魔「霊夢、何かあいつを止める手段はないのか?」 霊「……もし本当に彼の仕業だとしたら、説得しても駄目でしょうね」 魔「どうしてそう思うんだ?」 霊「彼は幻想郷を愛していたのに、それを壊した。おそらく彼はもう、引き返せないわ」 二人ともJOKERとは仲が良く、会話する機会も八雲家の面々の次くらいに多かった。 だからJOKERがいかに幻想郷が好きかをよく知っている。 だが、選んだのは復讐の道。それは紫達から裏切られた絶望と憎悪の大きさを示している。 きっと彼女達全員を切り刻むまで走り続けるのだろう。 霊「まぁ、まだ彼が犯人だと決まったわけではないわ。様子を見ましょう」 魔「そう言うがな、霊夢」 何か魔理沙が言いかけた時、博麗神社に息を切らして飛び込む者の姿があった。 大きな耳と長い髪が目立つ、ミニスカートの少女。鈴仙・優曇華院・イナバである。 霊「あんた、永遠亭の……」 魔「どうしたんだ、そんなに慌てて?」 鈴「あんたたち、師匠見なかった!?」 鈴仙が師匠と呼ぶ者は、永遠亭の薬師の八意永琳のことである。 霊「いや、見てないけど」 魔「あいつがどうかしたのか?」 鈴「師匠が行方不明なの!」 二人の顔が強張った。 99%の確信が、今100%へとなる。 鈴「今朝人里の方へ往診の依頼があったみたいだけど、人里には来ていないそうなの!   あんなことがあったばかりだし、もしかしたら師匠も……」 永琳が空の散歩をしていた天狗により発見されたのは夕方、人気の無い幻想郷の外れの方だった。 その場所の形跡から紫のような空間移動能力によりその場所に引きずりこまれ、その後戦闘になったようである。 手足は切断、もしくはあらぬ方向に曲がっており、顔は吐き気をもよおすほどぐちゃぐちゃに叩き潰され、服装で辛うじて永琳と分かる状態であった。 そしてレミリア同様永遠亭に運び込まれるも、傷の治りが遅い。 レミリアの件と同一犯であることは、火を見るより明らかだった。 その翌日、昼の守矢神社の境内では、陽気な萃香も交えているのに重苦しい雰囲気であった。 神「次は、きっと私の番だな……」 早「いいんですか、天狗の方々などを護衛につけなくて……」 神「無駄さ。そんなの何人いたって、JOKER相手では意味ないよ」 直接戦ったことのある神奈子は、JOKERの強さを肌で感じている。 レミリアの話を聞いた時から、神奈子は自分の運命を悟っていた。 諏「本当に、何も手はないの?」 神「……元はといえば、私の自業自得だ」 萃「…………」 神奈子はレミリアや永琳と違い、JOKERのことを悪く思っていたわけではない。 ただ守矢神社の信仰のためだけに紫に協力した。 JOKERは自分を恨んでも仕方ないし、その権利もあると思っている。 だが、ただやられるつもりはなかった。心配そうな顔を向ける早苗に、神奈子は微笑みを返す。 神「早苗、そんな顔をするな。いざとなれば、私だって戦うさ」 早「神奈子様」 神「身を守るため……というより、私だってあいつを止めたいんだ」 JOKERが神奈子達を恨むのは当然のことだ。だが、今JOKERがやっていることは間違っている。 神奈子はJOKERが幻想郷を愛していることを知ってはいるが、どんな事情であれ今のJOKERの行動は幻想郷に唾を吐く行為だ。 このままJOKERが神奈子だけでなく幽々子や紫にまで手を出すと、もう幻想郷に戻ることはできない。 だからこそ、神奈子はJOKERを止めたい。再び幻想郷で共に過ごせるように。 その思いは神奈子だけではなく、諏訪子も萃香も、早苗だって同じだ。 早「……そうですね、また皆でJOKERさんと過ごしたいですからね」 諏「うん、私もやるだけやってみるよ」 萃「ま、あいつ相手じゃ力になれないだろうけど、協力するよ」 勝算があるわけではないが、各々がどうしたいかは一致していた。 JOKERを打ち倒し、その暴走を止める。 そうしたら紫との交渉次第で、再びJOKERと共に過ごせる時が訪れるかもしれない。 信仰だってきっと十分だ。当初の重苦しい雰囲気は、もうそこにはない。 神「ああ、必ず勝とうじゃないか!」 右手をぐっと突き出し、固く握り締める。 そこには、JOKERに勝つという神奈子の意思の強さが見られていた。 他の三人も、同じ気持ちでいた。 その時、ざあっと一陣の風が吹き。 神奈子の右腕は地に落ちた。 四人が振り返ったJOKERと目を合わせて認識できたことは二つあった。 一つは、彼方から飛んできたJOKERが凄まじい速さで自分達の間を通り過ぎ、神奈子の右腕を切り落としたこと。 そしてもう一つは、その圧倒的な戦力差。 血を滴らせた贄殿遮那を握りながら、JOKERが視線を神奈子の方へと向ける。 反射的に諏訪子は早苗を抱え、萃香と共に駆け出していた。 早「神奈子様!」 萃「駄目だ!私達の敵う相手じゃない!」 もともと勝ち目が果てしなく薄い戦いであることは理解していなかったわけではない。 全員それを承知の上で、JOKERと戦うことを決意し鼓舞していた。 だが、そんなことなど一瞬にして吹き飛んでしまうほどの絶望感。 一目見ただけで心が折れてしまうほどの禍々しいその気配。 諏訪子は涙を浮かべながら、ひたすら走り続けた。 神「……随分と、怖い顔をするようになったもんだねぇ……」 一年前に初めて会った時の印象は、危険視する紫よりも擁護していた藍に共感を覚えた。 JOKERは諏訪子とも早苗とも打ち解けたし、神奈子自信JOKERのことが気に入っていた。 だが、それが信仰を落とすことになり、非情な決断、そして現状。 これが因果応報というものなのか、と苦笑する。 神「まぁ、せめて一太刀くらいは浴びせないと格好つかないからね、本気で行かせてもらうよ!」 背中の御柱からJOKER目がけレーザーと大量の弾幕が放たれる。 最強の種族である神の本気の攻撃、その威力は計り知れない。 だがJOKERは前面に作り出した光の壁であっさり弾くと、右手の刀を少し動かす。 直後、先ほどのように神奈子の左足が体から離れた。 その斬撃は離れた空間であっても斬ることが可能ということを知らない神奈子にとっては、何をされたかも分からぬまま崩れ落ちた。 レミリア、永琳、神奈子と立て続けに討たれてから更に数日が経過した。 神奈子は意識不明の重体だが、レミリアと永琳は意識を取り戻した。 体の方はまだ満足に動けるわけではないが、早苗達との証言も合わせて、今回の件の犯人がJOKERであるということが完全に確定した。 紫「レミリアの時からわかってはいたけど、やっぱり彼の仕業だったわね……」 橙「紫様……」 天狗の新聞を読んでいる紫に、橙は不安そうに声をかける。 自分もターゲットの一人であることは百も承知のはずなのに、意外にも紫は落ち着いているように見えた。 藍はレミリアが討たれてから、仕事以外ではずっと部屋に篭りっきりだ。 橙「博麗の巫女も白黒の魔法使いも、動く様子はなさそうですね」 紫「これは異変じゃないわ。ただ……報いを受ける時が来たというだけなのだから」 彼女達が動いたところで今回ばかりはどうにもならないでしょうけど、と付け加える。 本来幻想郷で起こる異変は霊夢や魔理沙に解決できないものはない。それがこの幻想郷のシステムである。 だが、今回の事件は完全なる外部からの力、それに言わばただの喧嘩の延長みたいなもの。 直接的には幻想郷に害はない、だが。 紫「……おそらく、私は殺されるでしょうね」 レミリア、永琳、神奈子、幽々子、紫。 いずれもJOKERから強い恨みをかっているが、その恨みの強さはおそらく同等ではない。 JOKERが最も強く恨んでいる者、それは自分であると紫は確信を持っていた。 一年前の事件の首謀者であり、JOKERの信頼も強かった分、裏切られたという意識は大きいだろう。レミリア達とは同列には扱われない。 そしてレミリア達が瀕死の重傷ならば、おそらく自分は。 橙「紫様が……殺される?」 紫「そうなれば、幻想郷もただでは済まないかもしれない」 境界を操る紫の力は幻想郷の維持には欠かせない。 それがなくなれば、すぐとは言わずとも長期的には維持しきれなくなるだろう。 それを防げるとすれば現状では、自分のあらゆる知識を叩き込んだ、もう会話も滅多になくなった式。 紫「橙、私が死んだら、藍を支えてあげてね」 私はすっかり嫌われちゃったみたいだから、と力なく笑う。 そんな紫を橙は見据えると力強く言った。 橙「大丈夫ですよ、きっと紫様が考えていることにはなりません」 紫「……どうして、そう言えるの?」 橙「だって、JOKERさんですから」 そう言った橙の目には曇りは無かった。 藍は一人、部屋の中でたたずんでいた。天狗の新聞をぎゅっと握り締める。 かつて好きだった男の帰還。だが、その表情に喜びは見られない。 JOKER、お前のやっていることは間違っている。こんなことをしても、何も解決しない。 お前と会って…………話がしたい。 そして、紫と共にターゲットの一人であると目される、西行寺幽々子の住む白玉楼では。 妖「幽々子様、なぜそんなに落ち着いておられるのですか?」 紫などJOKERをよく知る者達同様、妖夢もレミリアが討たれたと聞いた時から、これがおそらくJOKERの仕業によるものだと感づいていた。 それは幽々子も同じなはずなのに、何ら対策を講じようとしない。 今ものんびりとお茶をすすっているだけだ。 幽「だって彼相手じゃあ、どんな手を使っても私の勝ち目はゼロじゃない」 妖「それなら、どこか安全な場所にしばらく身を隠すとか……」 幽「安全な場所なんか、幻想郷中のどこにも存在しないわ」 ぐっと妖夢が言葉につまる。 隠れるのはあくまで一時凌ぎでしかない。その間にJOKERを止めることができれば問題ないが、打つ手が見出せない。 JOKERに勝てる力のある者は、この幻想郷には存在しないのだ。 だが、妖夢も幽々子の従者としてそう簡単には諦めることはできない。 妖「……私がJOKERさんを説得します。もう、こんなことはやめるようにって。   今は会う手段もありませんが、必ず止めてみせます」 幽「……あなたに出来るのかしら?」 妖「JOKERさんは機械ではありません。感情を持った、一人の人間です。   私は、あの優しかったJOKERさんを信じています」 幽々子のこと同様、妖夢はJOKERのことも好きだった。 だから幽々子を守りたいと思うのと同じように、JOKERを止めたいという気持ちも強かった。 そのためには、たとえ勝ち目が無くとも、JOKERと刃を交える覚悟もある。 妖夢の気持ちを察したのか、幽々子は少し考えた後頷いた。 幽「……わかったわ。私はしばらく、身を隠しましょう」 妖「幽々子様!」 幽「妖夢、ちょっと紫の所まで行って、そのことを伝えてくれるかしら?」 妖「……はい!」 軽い足取りで妖夢が白玉楼を出て行った後、幽々子は庭へと出た。 幽「……ごめんなさいね、妖夢」 最初から幽々子は知っていた。 もしJOKERを本当に説得できるとしたら、それはただ一人しかいないということを。 そしてそれは、妖夢ではないということを。 幽「一年前のあの時から、こんな日が来るとは思っていたわ」 紫がJOKERを幻想郷から追い出すと言った時、すぐに幽々子は無駄なことだと感づいた。 いつになるかはわからないが、そんなことをしても必ずこの幻想郷に戻ってくる。放課後のJOKERとは、そういう男なのだと。 紫もその事を心の底では理解していた。だが紫は、らしくもなく目先の安心を選んだ。それほどまでにJOKERへの恐怖と幻想郷への愛が大きかった。 幽「私は無力ね……紫も、そしてあなたも止めることができないなんて」 一年前、幽々子は紫を懸命に説得したが、紫の決意は変わらなかった。 だからせめて同じ罪、苦しみを背負おうと紫に協力した。それが親友として出来る精一杯のことだった。いつかはJOKERが戻ってくると確信しながら。 今のJOKERを止めることは幽々子には不可能だ。もう、自分の役目は終わった。ならば後は彼女に任せるとしよう。 幽「最後に一つだけ、聞かせてくれないかしら?」 くるりと振り向き、ずっと背後にいたその男に話しかける。 かつて妖夢に、戦いの楽しさを教えた人物。 幽「あなたは今、戦いを楽しんでる?」 返事の代わりに刀が一閃し、幽々子はその場に倒れ伏した。 薄れ行く意識の中、幽々子は心の中で呟いた。 頼んだわよ、藍。 ずっと求めていた。 誰よりも愛していた。 二度と会えないかもと思っていたのに、帰ってきてくれた。 それでも今、藍の心には雲がかかっていた。 魚を取りに川へ向かう。 そういえば、初めて会ったのもあの辺りだったな、とふと思い出す。 あの時は眠っているJOKERを見て、妖怪に襲われずに済んだ運のいい外来人程度に思っていた。 だが、その後八雲家に招きレミリアとの話を聞き、紫を手玉に取るほどの力の持ち主と知った。 そして紫の命で共に行動し、一つ屋根の下で一緒に暮らすようになり。 陽気に見えて寂しがりや、聡明に見えてどこか抜けたところもある。 強い面と弱い面、色々な彼を知るうちに、どんどん惹かれていく自分がそこにいた。 一年前、彼が幻想郷にはもう戻れないと知った時ほど涙を流したことはないかもしれない。 でも、今はこの同じ世界にいる。そのこと自体は飛び上がるほど嬉しいのに、喜べない。 JOKERが選んだのは、再び藍と共に過ごす道ではなく、復讐の道だった。 レミリア、永琳、神奈子、幽々子。次は紫の番、それが終わればきっと再び姿を消す。 そしておそらく、二度と戻ってくることはないのだろう。 会いたい。 JOKERと会って、話がしたい。 その気持ちだけが、今の藍を支配していた。 そして、JOKERはそこにいた。 初めて会った時と同じ、河原の草地に座っていた。 その目は、ぼんやりと川の方を向いている。 藍「あ…………」 話したいことが沢山あるのに、上手く言葉が出てこない。呆然と立ちすくむことしかできなかった。 JOKERが藍の方に視線を向ける。その表情は儚げで、目が合ってからも揺らぐことはなかった。 一年ぶりの再会。しばしの沈黙を破ったのは、JOKERの方だった。 俺「藍……」 その声を聞いた瞬間、ぷつりと緊張の糸が切れ、どっと安心感が押し寄せた。 自然とJOKERの方へと足が向かう。 すっと、JOKERは視線を川の方へ戻した。 藍「隣り……いいか?」 俺「…………」 JOKERの横に、藍も腰掛ける。 一年が経っても、外見は何も変わった様子は無い。 すぐ近くにいるはずなのに、藍にはそのように思えなかった。 藍「元気に、してたか?」 俺「いや…………」 藍「一年間、何してたんだ?」 俺「…………」 藍「私も皆も……会いたがっていたぞ」 俺「そう…………」 共に過ごしていた時なら、その声を聞くだけで心が暖かくなった。 今は、藍の耳には冷たく感じた。いくらでも続けられた話も、今は続かない。 居心地の悪さに胸が苦しくなる。でも、ここでしか説得するチャンスはない。 JOKERの方へ顔を向けると、すがりつくような声で言った。 藍「……もう、こんなことはやめてくれ」 JOKERはその言葉には何の反応もなく、ぼんやりと川を眺めているだけだ。 だが、藍はかまわず続ける。 藍「分かっているはずだ。こんなことをしたって、何にもならない。   今ならまだ、やり直せるかもしれない。また、前みたいに一緒に暮らそう」 必死に食い下がる藍。JOKERは相変わらず何の反応も示さない。 だが。 藍「紫様は、私が何とか説得してみせるから」 紫、という言葉を聞いた瞬間、JOKERの体がぴくりと動いた。 俺「藍……俺さ、幻想郷が好きだったんだよ」 突然、JOKERが口を開く。 俺「別に特別なことは何もいらない……ただ、皆と一緒に、穏やかに過ごしたかった。   藍と一緒に家事を手伝って、橙と遊んで、たまに霊夢のところにお茶でも飲みに行ったり。   そのまま平凡な毎日をずっと送ることができれば……それで十分だった」 静かに語るJOKERは、相変わらずの無表情だった。 だが、その右手をぎゅっと握り締め、続けた。 俺「それを、あいつは滅茶苦茶にした。誰よりも信頼していた、あいつが」 その言葉には、確かな憎しみの色が込められていた。 藍は身を固くし、ごくりと唾を飲む。 俺「藍、紫に伝えてくれ。明日の正午、永琳を捨てた場所で待っていると」 JOKERはゆっくり腰をあげ、何処へと歩き出す。 すがりつくような声で、藍はその背に語りかける。 藍「もう……以前のような関係には、戻れないのか?」 俺「…………」 藍「紫様を殺して、復讐を果たして……それで、満足なのか?それが本当に、お前の望みなのか?」 俺「…………」 藍はもう理解していた。JOKERを止めることはできないということを。 そしてすぐにJOKERとも、紫とも、今生の別れが訪れるのだろう。 藍「……JOKER、最後に一つ、言っておく」 そう思ったからから、自然とその言葉を口に出すことができた。 藍「私は……JOKERのことが、誰よりも好きだった」 一瞬、JOKERの足が止まる。だが、それも一瞬のこと。 すぐに再び歩き出すその姿は、儚げで、今にも消えてしまいそうに藍には思えた。 JOKERが去った後、藍はやるせない気持ちになる。 結局、自分は何もできなかった。力ではもちろん、言葉でもJOKERは止められない。 おそらく明日、紫は殺される。そして、JOKERも消えてしまうだろう。 そうしたら自分はどうしようか。橙のことも考えなければ。 帰る気にもなれず、向かうべき場所もなく、ただ適当にふらつくことしかできなかった。 文「こんにちは。探していましたよ」 藍「…………お前か」 空から降りてきたのは文だった。 いつもは飄々とした様子だが、今日は真面目な雰囲気を感じた。 藍「……何か用か?」 文「ええ。あなたにお渡ししたいものがあるんです。先日妖怪の山で河童が拾ったものなのですが」 手渡されたのは小さな機械。藍には全く見覚えがないものだ。 今までにないような真剣な表情と声で言った。 文「これを、あなたに託します。あなたが、持つべきだと思いますから」 藍「これは……」 文「お願いします。私も協力しますから……JOKERさんを、止めてください」 その夜、慧音は一人、家にいた。 JOKERの事件のことはもちろん知っているし、何も思わなかったわけではない。 だが、自分にできることが何もないこともよく知っていた。 慧「明日……だろうか……」 近いうちに最後の一人、八雲紫が殺されるだろう。その後どうなるかは慧音にもわからない。 ただ傍観者でいることしかできず、そんな自分が情けなくなる。 そんな時、トントンと扉を叩く音がする。こんな時間に慧音を尋ねる者など一人しかいない。 慧「ちょっと待っていてくれ、今開ける」 この時慧音は、ノックの主が妹紅だと思って疑わなかった。 だから、扉を開けてその人物を目の当たりにした時、あまりの衝撃に呆然とした。 一瞬現実が現実でないような気がして、意識が飛びかける。 慧「な…………なぜ…………」 やっとの思いで、その言葉を紡ぎだすことしかできなかった。 後編に続く
同上

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