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第三部(後‐1)」(2013/11/26 (火) 15:21:06) の最新版変更点

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紫には珍しく、その日はすっきりとした目覚めだった。 自信も覚えていないほど、気の遠くなるような長い年月の終止符が今日打たれる。 逃れられない運命であると受け入れてしまいさえすれば、恐怖はあまりなかった。 きっとあの吸血鬼も同じ気持ちだったのだろうと思うと、何となく面白おかしく感じられた。 紫「最後くらい、顔を見せてくれてもいいのにね」 今日が決戦の日だということは他にも知っている者もいるはずなのに、誰も紫に会いに来なかった。 藍は昨日、JOKERからの伝言を伝えるとすぐに出て行ってしまい、家に帰ってこない。 なぜか文と一緒にいたが、その理由を問う暇もなく二人して去ってしまった。 橙もいつの間にか姿を消してしまっている。 少し寂しい気もしたが、紫は幻想郷を守ろうとして逆に危機を招いた。 そんな管理者失格な者としては、このような最後もありなのかもしれないと思った。 紫は約束の時間まで、誰とも会わず、じっと瞑想に耽った。 精神が落ち着いていっているのが感じられる。今なら普段以上の力が出せる気もした。 勝ち目はないとしても、紫にも意地はある。最後まで全力で戦おうと決意する。 外では小鳥がさえずり、木々の擦れる音が聞こえる。こんな日でも、いつもと何も変わらない。 いたって平和に、静かに時が流れていく中、紫はひたすら待ち続けた。 そして、時計が正午を打った。 ふうっと溜息をつき立ち上がると、スキマを開く。 紫「……さようなら」 長年付き添った家族や友人達、家、そして幻想郷に別れを告げ、紫はスキマの先へと歩いていった。 幻想郷の最果て。草木も生えず、乾いた大地が続くだけの地。 JOKERが永琳をうち捨てたその場に二人は立っていた。 紫「……変わったわね」 俺「おかげさまでな」 紫の知っているJOKERは、こんな冷たい目をしていなかった。殺意を剥き出しにすることもなかった。 今のJOKERは紫の家族ではない、ただの復讐鬼だ。 紫「何か、言いたいことはあるかしら」 俺「言いたいことは……大体伝わっているだろう」 紫「……そうね。じゃあ私から一つ言っておくわ。あなたとは色々あったけど」 すっと指先をJOKERに向ける。 紫「あなたのこと、嫌いじゃなかったわ」 一発、弾が放たれる。 JOKERは以前紫と戦った時のように、刀で弾くと、弾は遥か後方に飛んでいった。 元々、JOKERが本気で戦えば紫では勝負にならない。 紫は、勝機があるとすれば、JOKERが本気を出す前に最強の一撃……四重結界を叩き込むしかないと考えていた。 そのためには序盤、戦闘開始早々に勝負をかける。 紫には、ある作戦があった。 もう一発、弾を放つ。 今度はJOKERは体で回避すると、そのまま一気に紫に接近してきた。 本気とはほど遠い、余裕を持った速度。紫にもJOKERの一歩一歩がはっきりと見えた。 さらに刀を構え、攻撃態勢に入る。紫の右脇腹から左へと抜ける、浅い一撃。 おそらくかわされる前提の、様子見程度の攻撃であろう。 紫(来た……!) 体を引けば簡単にかわすことができる。だが、勝ちに出るなら今しかない。 紫は力強く地面を蹴り、後ろではなくJOKERの方へ向かって踏み込んだ。 前回の戦いでは、懐にまで飛び込まれながらも悠々と四重結界を回避されてしまった。 それは紫が不意を突かれて慌てての発動だったため、反応が遅れたことが原因の一つ。 だから今回はあらかじめ打つ心構えをしておく。だが、それだけでは不十分に思えたので、もう一つ策を用意した。 それは、攻撃をわざと受けることでJOKERの不意を突くと同時に、自らの体を刀に噛ませることで回避を遅らせること。 文字通り、肉を斬らせて骨を断つ、相打ち覚悟の作戦だ。 JOKERとの距離を詰めたことで、浅いはずの攻撃が、深い致命傷へと変わる。 ぞぶりと肉が斬られるのを感じた頃には、既に体の中央まで刀が通過している。だが、計算通りだ。 後は吉と出るか凶と出るか。全てを、この一撃に賭けた。 紫「四重結界!」 周囲一帯が光ると共に灼熱に包まれる。 紫はがくりと膝をつき、激痛の走る傷口を手で抑えた。 あのタイミングならばいかにJOKERといえど回避する術はないはずだ。あとはダメージの程度。 果たして戦闘不能に追い込めるほどの深手を負わせることができたのだろうか。 地面の焼け焦げる匂いが立ち込める中、それを確認しようと顔を上げた。 その時だった。 紫の左肩を、刀が貫いた。 その衝撃で、紫の体が後ろに倒れる。 そして、視界に紫を冷たく見下ろす、傷一つないJOKERの姿が入った。 痛みも忘れるほどに、紫は目の前の光景が信じられなかった。 俺「正直、危なかった。油断ならない奴だな」 紫「な、なぜ……あの状況から、回避できるはずは……」 俺「確かに普通に回避しようとするのは無理だっただろう。だから普通じゃない手段を使ったまでだ」 ズズ、とJOKERの横に黒い空間が開いていく。それを見た瞬間、紫は全てを理解した。 JOKERは四重結界を回避しきれないと見るやいなや、すぐに紫のスキマのような移動空間を開き、その中に飛び込んで射程範囲外に逃げたのだ。 幻想郷へ意図的に進入してきたこともあって、JOKERも空間移動ができるということは紫にも推測はついていた。 だが、このような使い方は紫には思いつかなかったし、仮に思いついても実行はできないだろう。 俺「これえ、終わりだな」 紫「ぐう……っ」 刀を軽く回しながら紫の肩から引き抜く。 腹にも相当の深手を負った紫には、もはやなす術はなかった。 紫は目を閉じ、覚悟を決めた。 レミリア達のように瀕死で済ませられはしない。これからきっと殺されるのだろう。 自分がいなくなった幻想郷がどう動いていくのかはわからない。今更考えても仕方ないことだ。 だが、次の瞬間紫が感じたのは痛みではなく、遠くから放たれた弾幕の音だった。 JOKERがばっと離れ、代わって見知った人物が視界に入る。紫の目が驚きで見開かれた。 藍「ご無事でしたか、紫様」 紫「ら、藍……」 藍だけではない。橙もパタパタと駆け寄ってきて、紫の体をかついだ。 橙「とりあえず離れますよ、紫様」 紫「橙、あなたまで……」 橙「ここまで来るの、大変でしたよ。でも、間に合ってよかったです」 紫にとって、藍が助けに来たというのは全く考えもしていなかったことだった。 もう一年もろくに口を聞いていない藍が今更紫のために戦ってくれるとは思えない。 それに、藍はJOKERのことが好きなはずだ。JOKERと戦う理由はない。 だが、そのようなことを橙にたずねると笑って答えた。 橙「好きだからこそ、戦うんですよ」 紫「……どういう、こと?」 橙「藍様はまだ諦めていません。以前のように、JOKERさんと幸せに暮らしていた毎日を。   でも、紫様を殺してしまってはそれは叶わない。だから、JOKERさんと戦うことえを選びました。   JOKERさんを止めて、また一緒に過ごす毎日を取り戻すために」 それになんだかんだでやっぱり紫様のことも心配だったんでしょう、とも付け加えた。 紫「藍が……そんなことを……」 自分はただ幻想郷を守ることを考えていた。そのためにはJOKERを不幸にすることも厭わなかった。 だが、藍はJOKERも含め全員が幸せになることを考えている。紫が放棄した理想を、今でもまだ追い続けていた。 しかし、その実現のためには一つ問題がある。 紫「でも……藍が彼に勝てるとは思えないわ」 藍も幻想郷屈指の実力者とはいえ、JOKERとの力の差は歴然としている。 JOKERがその気になれば、藍は一瞬のうちに切り捨てられてしまうだろう。 だが、それにも橙は自信満々に答えた。 橙「大丈夫です。藍様は負けません」 紫「ど、どうしてそう言えるの……」 橙「JOKERさんを止めたいのは、私達だけではないということですよ」 JOKERは鋭い視線で藍をにらみつけた。 俺「どういうつもりだ、藍」 藍「決まっているだろう。お前の暴走を止めに来たんだ」 俺「笑えない冗談だな。俺の力を知らないわけじゃないはずだ」 藍「確かに私一人では到底勝ち目はないだろうな。だが、一人ではない」 そう言うと藍は、小さな機械を取り出した。 JOKERがじっとそれを見る。それは、見覚えのあるものだった。 藍「これは文から託された。おそらくお前がここに来るときに使ったものだろう。   他人の魔力を借りることが出来るらしいな。この一日で幻想郷中を回って力を集めてきた。   これがあれば、お前とも戦える」 機械を藍が腕に刺すと、たちまちのうちに魔力が膨れ上がる。 その力の大きさにJOKERは思わず後ずさった。 俺「……いったい誰から、それほどの力を……」 藍「おそらく……お前の知っている者、ほぼ全員だ。   博麗の巫女も、白黒の魔法使いも、皆が協力してくれた」 昨日文と出会ってから、藍は文と共に幻想郷中を駆けずり回った。 JOKERに対抗する力を得るため、ひたすら有力者達をところへと足を向けた。 霊夢や魔理沙に始まり、フランや輝夜などJOKERと仲の良かった紅魔館や永遠亭の面々。 諏訪子に早苗、妖夢、慧音、妹紅、さらには地霊殿にまで赴いた。 藍「皆、お前のことが好きなんだ。だからこそ止めたいと思い、誰もが協力してくれた。   もう、こんな復讐に意味はない。そのことを、お前もわかっているはずだ」 俺「……………………」 もちろん藍は、できることなら刀を鞘に納めて欲しかった。 だが、藍の思っていた通り、JOKERは引かずその刃を藍へと向けた。 俺「藍。もし邪魔をするというのなら、お前といえど切り伏せるまでだ」 藍「JOKER、私は負けない。私のためにも皆のためにも、そして、お前のためにも」 そして、戦いの火蓋が切って落とされた。 橙に担がれたまま、どれほど経っただろうか。 巻き込まれないために相当に移動したが、未だすぐ後ろで戦っているような気が紫にはしていた。 橙「紫様、もう大丈夫ですよ」 そう言って橙が紫を下ろすと、すぐに歩み寄ってきたのは霊夢である。 霊「紫!」 紫「霊夢……それに、みんなも……」 その場にいたのは霊夢だけではない。 傷の癒えきらないレミリア達4人も、さらには魔理沙など藍に力を分け与えた者達。 すなわち、紫のよく知る面子ほぼ全員が揃っていた。 輝「手ひどくやられたわね……永琳、すぐに手当てをしてあげて」 永「はい、ここでは応急処置程度しかできませんが……」 紫「何で、みんなここに……」 未だに理解できないような表情を見せている紫だが、皆は勝手に色々と騒いでいる。 魔「今の私達には何もできないが、いてもたってもいられなくなっちまってな……へへ」 フ「お姉様……お兄ちゃんのこと、止められるの?」 レ「こればかりはわからないわね……彼に関する運命は見えないし、今の私には見る力もない」 文「うう……もっと近くで取材したいのですが、さすがに近づけませんね……」 賑やかな一同を呆然と眺めている紫の横に、幽々子が腰掛けた。 紫「幽々子、もう大丈夫なの?」 幽「ええ、何とか動くくらいはできるわ」 そう答えた幽々子は、紫の方を向いて微笑んだ。 幽「紫……こんなにも大勢がここに集まった理由、それはこの戦いが幻想郷の未来に関わるからというだけじゃないわ。   それ以上の理由がある……あなたももうそのことに気付いているんでしょう?」 紫「…………ええ」 畏怖、友情、憧れ。 その想いの形は様々ながら、JOKERはここにいる全員にとって特別な存在になっていた。 全員が、JOKERのことを好いている。だからこそ、わざわざここまで見届けに来たのだ。 もはやJOKERは、完全に幻想郷の一員になっている。そのことを紫も認めざるを得なかった。 いや、もしかしたらずっと前から既に認めていたのかもしれない。 紫「藍は……大丈夫かしら……」 ふと紫は、藍のことが気になって呟いた。 JOKERのことを好きな藍が、本当に本気で戦えるのだろうか。 もし戦えても、JOKERを相手に勝利することができるのだろうか、と。 橙「心配ないですよ、紫様」 その疑問に答えたのは橙である。 橙「藍様は必ず勝ちます。それが、二人の願いですから」 紫「二人……?」 橙「決まってるじゃないですか。藍様と、JOKERさんですよ JOKERと藍の戦いは小一時間ほどしてから、徐々に優劣の差がつき始めた。 皆の力を集めたとはいえ、総合的な戦闘力はJOKERの方がまだ若干上ではあった。 だが、ここに来て人間と妖怪の本来のスペックの差が出始めた。 普段のJOKERなら持ち前の戦闘力のためそんなスペックの差など問題にならない。 しかし、今の藍のように自分と大差ない力を持つ妖怪相手なら話は変わってくる。 藍「JOKER、もうわかっているだろう。お前は私には勝てない」 俺「はぁっ……それは、どうかな……」 双方が負った傷も同程度、もしくは藍の方がやや多いかくらいだが、その程度ならばやはり人間であるJOKERの方のダメージが大きい。 持久力でも藍はまだ余裕があるが、JOKERは息切れ気味だ。形勢はここに来てはっきり動いていた。 藍「お前が勝つには、体力的に余裕のある序盤で一気に決めに行くしかなかった。   そんなことはお前もわかっていたはずなのに、なぜこんな長期戦にした?」 俺「……まだ、負けたわけじゃない……」 刀を振りかざし、目にも止まらぬ速度でJOKERが迫る。 普段の藍ならば何が起こったかもわからず真っ二つにされていたであろうが、今の藍にはその太刀筋がはっきり見えていた。 振り下ろした一撃、そして返しの二撃。薄皮一枚で回避した隙に脇腹に蹴りを叩き込んだ。 俺「ぐぅ……っ!」 苦痛に顔を歪ませながら横に吹っ飛ぶ。骨が折れ、内臓にもダメージを負った。 精神力で何とか体勢を立て直すやいなや、すかさず魔砲を放つ。 万全とは程遠いながら、マスタースパークを遥かに凌ぐ一撃。だが、それも藍の防壁の前に一瞬でかき消された。 藍「終わりだ。並の相手ならいざ知らず、今の私には勝てやしない」 満身創痍のJOKERに戦い続ける力がないことは藍の目から見ても明らかだった。 だが、それでもJOKERは刀を構えることをやめなかった。 真っ直ぐ藍を見据えるその目をみて、藍がわずかにたじろぐ。 藍「なぜだ……勝ち目がないとわかっていながら、なぜまだ戦うんだ?」 俺「……まだ、紫には伝えてないからな……この一年の、俺の憎しみを。それまで……負けられない」 藍「……違うな。お前が紫様、いや、皆に伝えたい気持ちは、憎しみなんかじゃない」 どこの世界からも拒絶されて、最後に辿り着いた安息の地。 ようやく幸せな生活が訪れると思った矢先に、その場を追い出されたら。 憎しみも勿論あるだろうが、それ以上に強いのは、幻想郷を愛していたが故の悲しみ。 藍(JOKER、お前は……ただ、寂しかっただけなんだな) JOKERが全力を込め、藍に走りよる。藍も拳で迎え撃つ。 その気持ちをこんな形でしか伝えられない、不器用な男。 きっとJOKERも、自分のやっていることが間違っているということに気付いている。 それなら自分の役割は、JOKERの望み通り、全力を持って止めることだ。 二人が一瞬、交錯する。 JOKERの刀は藍の頬をかすめ、藍の拳はJOKERの胸に叩き込まれる。 そのまま仰向けに吹っ飛ばされたJOKERの元へ、藍はゆっくりと歩み寄った。 俺「いい……一撃、だったな……」 藍「……ああ。私達の想いが込もっているからな」 JOKERは、今度こそ立ち上がることはなかった。 紫「音が、止んだわね……」 静寂が訪れてからしばらく経った。 遥か離れた紫達のところにも届いていた戦闘の空気もすっかりなりを潜めている。 誰が言い出すまでもなく、自然と皆の足は二人の下へと向かっていた。 俺「なんだ……お前らも、来ていたんだな……」 JOKERが頭を藍の膝の上に乗せて横たわっている。 辺り一面に渡って地面を削り取られた、荒れ果てた地には似合わない、穏やかな光景だった。 俺「……俺の負けだ。後は好きにしてくれ」 誰よりも強く、誰よりも自信に満ち溢れた男。 弱々しく笑うJOKERにはそのような面影はなく、ただの傷ついた青年であった。 気がつくと、藍が懇願するように紫をじっと見つめている。それだけで何を言いたいのか紫には伝わった。 ちらりともう一人の管理者である霊夢を見る。 霊「任せるわ」 簡潔に霊夢はそう言った。 ふう、と紫は溜め息をつくと、ぼんやりと紫を見上げるJOKERに目を向け、真剣な声で切り出した。 紫「JOKER、あなたのしたことは幻想郷の存続にも関わる、許されざる行為です。   本来ならば、極刑も致し方ないことでしょう」 藍が不安そうに、ぎゅっとJOKERを抱きしめた。 紫「しかし、今回の件は私達にも非があること、そして何よりあなたは誰からも好かれる存在です。   それらのことを加味して、あなたへの処分を下します」 皆が固唾を呑んで、次の言葉を待つ。JOKERは表情を変えず、ただ静かに聞いている。 ゆっくりと紫は口を開いた。 紫「本日より一年間、幻想郷からの退去を命じます」 水を打ったように沈黙が広がった。 しばらく押し黙った後、紫はすまなさそうに言った。 紫「ごめんなさい……あなたには気の毒なことをすると思っているわ、でも」 俺「ああ、わかってる……お前にも、立場があるからな」 紫も本心ではJOKERに罰則など必要ないものと思っていた。 だが、事情はあれ幻想郷をここまで荒らした者に何の罰則も無しとするわけにはいかない。 それが、幻想郷の管理者としての務めである。 俺「また、しばしのお別れだな……藍」 藍「……………………」 俺「そんな顔するな。今回は前とは違って、一年経てば必ず会えるんだから」 紫が外の世界へと広がるスキマを開く。 藍に抱えられていたJOKERは弱々しく立ち上がり、そこへ向かって歩き出した。 自然と藍もJOKERの肩を抱えるようにして、共に歩き出す。 紫「一年後のこの日の正午、博麗神社に結界を開くわ。あなたなら戻れるわよね?」 俺「ああ……大丈夫だ。その時はまた、世話になる」 ふと脇に目を向けると、鋭い視線でレミリアが睨んでいる。 レ「勝ち逃げなんて……許さないわよ」 俺「……怖い怖い、一年後は俺も油断できなくなってるかもな」 レミリアに続いて、他の面子も取り囲むようにして集まってくる。 口々に、JOKERへと話しかけた。 魔「一年なんてあっという間だ。戻ってくる日を楽しみにしてるぜ」 フ「また、一緒に遊ぼうね」 輝「妹紅じゃ刺激が足りないから、頼んだわよ」 妹「どの口が言うんだ、全く……」 早「私ももっと信仰を広めます。あなたも、頑張って」 妖「来年、また剣を教えて下さい」 JOKERは皆に対し、笑顔で応じる。 その様子を見て、藍は小声で話しかけた。 藍「……この人望は、お前が培ったものだ。誰もが、戻ってくる日を待っている。   もちろん……私もだ」 俺「藍……」 気付けば、二人はすでにスキマの前まで着いていた。 足を止め、じっとその先を見つめる。 藍「体には、気をつけてな」 俺「それは一番、心配ないことだろ」 藍「時々、私のことを思い出してくれ」 俺「忘れないさ、一日たりともな」 藍「浮気は、許さないからな」 俺「藍以上の女が、いるものかって」 JOKERが藍の肩を離れ、一人で立った。 満身創痍ながらも、その足に震えはない。 俺「紫……迷惑をかけたな」 紫「お互い様よ、気にしないで」 前の一年間は復讐に駆られた絶望の一年間。 だが、今度は再会を心待ちにする希望の一年間。 俺「藍、それにみんな……一旦、ここでお別れだ」 そう言ったJOKERの手を、藍は両手でぎゅっと握り締めた。 藍「……必ず、帰ってくるんだぞ」 俺「ああ、もちろんだ」 手を離すと、再びスキマに向かい合う。 俺「またな」 そう言い残し、JOKERの姿はスキマの中へと消えていった。 翌日、一年間JOKERに会えないにもかかわらず、藍の心は晴れやかだった。 JOKERが紫達に追い出されてからの一年は、ただ絶望に打ちひしがれていただけだった。 しかし、今度の一年は再会の日を心待ちにする希望の一年。紫との仲も修復され、すっかり元の生活に戻っていた。 橙「藍様に、お客様みたいですよ」 昼頃、掃除をしている藍に橙がそう話しかけてきた。 誰かと思い玄関から出てみると、そこに立っていたのは意外な人物であった。 藍「人里の白沢じゃないか。久しいな、私に何の用だ?」 訪ねてきたのは慧音である。藍と慧音の接点は特にない。 自分を名指ししてきたということは八雲家ではなく藍個人に話があるということなのだろうが、藍にはその心当たりはなかった。 慧「……あの戦いの前夜、JOKERが私を訪ねてきた」 一瞬、藍は驚きで言葉を失った。慧音はさらに続ける。 慧「あいつはこう言っていた。戦いが終わったら翌日にでもこの手紙を藍に渡してほしい、誠実そうなお前が適任だろう、とな」 そう言うと慧音は一枚の封がされた手紙を取り出した。 慧音「八雲の式、お前だけに見てほしいそうだ。どういうことが書いてあるかは何となく推測がつくが、私は失礼した方がいいだろう」 藍に気を利かせたように、慧音は手紙を渡すと帰っていった。 戦いの前夜にJOKERが藍に残した文、と思うと藍の動悸が大きくなった。 封を切り、はやる心を抑えながら手紙を読み始めた。 藍へ この手紙を読んでいるということは、俺は幻想郷を去っているか、もしくは命を落としている……おそらく前者だろうと思う。 魔力制御装置を文が手にしたことは知っている。明日はおそらく幻想郷中の力を集めて、藍、もしくは紫が霊夢あたりと戦うことになるのだろう。 俺は、この幻想郷が好きだった。度の世界からも拒絶された俺を、ここは暖かく受け入れてくれた。 藍にも出会えて、幻想郷を強く愛していたからこそ、紫達の仕打ちは許せなかった。 だが、本当は最初からわかっていたんだ。こんな復讐をしても前の幸せが取り戻せるわけではないということに。 もちろん紫達をこのまま許すわけにはいかなかったが、結局のところ幻想郷を愛する気持ちは俺も紫も変わらない。 明日の戦いは俺が負けるだろう。今の俺は幻想郷の敵、ひいては俺の敵であると自身が認めてしまっているのだから。 誰と戦うことになるかはわからないが、みんなの力で俺を止めてほしい。それが、今の俺の望みだ。 最後に一つ。俺はいつでも藍の幸せを願っている。もし再び笑顔を交わせる日が来るならば、また一緒に暮らそう。 愛してるよ、藍。 読み終えた頃には、藍はうずくまり、涙が止まらなくなっていた。 同時に、なぜJOKERは勝機もあったのに勝ちに来なかったのかという疑問も氷解した。 JOKERは、最初から負ける気だったのだ。おそらく、復讐を始めたその時から。 魔力制御装置を回収せずに捨てたのも、最終的には自分が倒されることを望んでいたからだろう。 幻想郷崩壊の危機かと騒がれていたものの、JOKERは本当に幻想郷を壊す気はさらさらなく、しかし紫達への怒りも抑えきれず。 自分の暴走を止められないことを知っていたからこそ、誰かに自分を止めてほしかった。 それがたとえ、命を落とすことになろうとも。 藍「お前はもう……一人じゃ、ないというのに……」 JOKERが本当に命を落としていたら、この手紙を読んだ時どう思うか。 そんなことは考えたくもなかったし、考える必要もなかった。 一年後、JOKERは再び幻想郷へ戻ってくる。その時に、今度は紫共々歓迎しよう。 涙をぬぐい、藍は立ちあがった。 藍「私も…愛してるよ、JOKER」 手紙を握りしめるその手に、ぎゅっと力を込めた。 私たちが初めて会ってから一年と七カ月、あの戦いの日から半年が経つ。 月日の経過というのは早いものだな。JOKER、元気でいるか? 幻想郷も以前のにぎわいを取り戻しているが、お前の話は今だによくされている。本当にその影響力には感嘆するよ。 紅魔館ではあの気のふれた妹がすっかり地下ではなく普通の生活をするようになった。間違いなく、お前の成果だ。 レミリアもお前を目の敵にしていたはずなのに、今は自然とお前の話をしている。考えてみると、一番お前の強さを認めていたのはあいつなのかもしれないな。 永遠亭はあまり変わりがない。蓬莱人同士の殺し合いも続いているが、たまにはお前との戦いみたいな強烈な刺激がほしいと月の姫が漏らしていたぞ。 守矢神社では、彼が帰ってきた時びっくりさせられるくらい信仰を集めてみせます、と風祝が頑張っている。 白玉楼の庭師も毎日剣の腕を磨いている。たとえ幻想郷からいなくなっても、お前はずっと彼女の目標なのだろう。幽々子様も会いたがっていたよ。 あの天狗は忙しそうに新聞のネタを探して飛び回っている。一番のネタの宝庫だったお前がいなくなって大変だそうだ。確かにお前の話題は事欠かなかったかな。 博麗の巫女も白黒の魔法使いも鬼も、ことあるごとに酒を飲みながらお前の話をしている。喜ばしいことだが、少し妬けてしまうな。 そして私は……相変わらずだ。家事や紫様の手伝いをする一方で、橙の面倒も見ている。 忙しいが、充実した毎日だ。それに、お前が帰ってきて手伝ってくれれば楽にもなるだろう。 紫様も橙も、そしてもちろん私も、その日を楽しみにしているよ。 そういえば以前、橙が言っていた。 JOKERさんのことでみんな大騒ぎしていたけど、私はあまり心配していませんでした。 なぜならあの人は他の人を不幸にするような人じゃない、最後はきっと笑顔でいられるようにする。そういう人ですから、と。 お前は確かに色々と幻想郷に迷惑をかけたかもしれない。でも、今なら誰もが受け入れてくれるはずだ。 やはりお前がいないとみんなどこか寂しそうだし……何より、私が会いたくてたまらない。 あと半年後にはまた元気な顔を見せてくれ。それまで、待ってるぞ。 時の流れは止まらない。 春が過ぎ、木々が鮮やかな緑に彩られる。 夏が過ぎ、田畑に作物が実り始める。 秋が過ぎ、しんしんと雪が降り積もる。 冬が過ぎ、白い妖精が春の訪れを告げ回る。 そして。 紫「あら、珍しいわね」 霊「あなたがこっちに来ることはしょっちゅうだけどね」 昼頃、霊夢が紫の家を訪れた。 紫は大して驚いた風でもなくそう言い、霊夢も軽い毒舌で返す。 紫「神社にはいなくていいのかしら」 霊「さすがに今日くらいは気をきかすわよ。みんなにも紫から言っておいたんでしょ」 紫「ええ、一応ね」 藍はかなり前にもう博麗神社に向かって出発している。 あとは、JOKERの帰還を待つのみとなった。 二年前に幻想郷に彗星のごとく現れ、その一月後に去り、一年前に再び現れては去った。 そして今日、再び幻想郷へと戻ってくる。 紫「……一つだけ、気がかりがあるわ」 霊「何かしら?」 紫「私は彼の罪を許したわ。でも、彼は……私の罪を、許したのかしら」 もはや紫はJOKERを完全に受け入れる気でいる。 だがJOKERの方は、紫のことを今もずっと恨み続けているのではないだろうかという不安があった。 そのようなことを告げると、霊夢は呆れたように溜め息をついた。 霊「紫はたまに気弱なところがあるわね……そんなに気になるなら、今すぐ行って確かめてくればいいじゃない」 紫「え……?でも、今は……」 せっかく帰ってきたばかりなのだ、最初は藍と二人きりにさせてあげたいと紫は思っていた。 だが、霊夢はこともなげに言った。 霊「紫が行かなくても、どうせあいつらが放っておくわけないわよ」 藍はもう一時間も前からじっと座って静かに待ち続けていた。 JOKERと初めて会ってからの二年間の様々な思い出が頭の中を駆け巡る。 紫との戦いの衝撃。二人で幻想郷を巡り歩いたこと。 一緒に暮らしたこと。JOKERがいなくなったことで、紫との関係が変わったこと。 そして、一年前のJOKERとの戦い。 決して良い思い出ばかりではないが、全てが藍の宝物だった。 宙に亀裂が走る。 それはすぐに大きくなり、ぼんやりとした黒い空間となった。 そこから、一人の男が現れ、幻想郷に降り立った。 藍「あ……」 顔を上げる。 何を言おうか、言葉が出てこない。 そんな藍の様子を察したのか、男は優しい声で言った。 俺「ただいま、藍」 JOEKRが手を差し伸べた瞬間、溜まった想いが爆発した。 藍は飛びつき、力強く抱きしめた。 俺「お、おい、藍」 藍「JOKER……会いたかったぞ……」 ずっと求めていた、愛する者のぬくもり。 嬉し涙を流しながら、藍はそれを目いっぱいに感じていた。 そしてJOKERも口元を緩ませながら、藍をぎゅっと抱きしめる。 そのまましばらく、二人は無言で抱き合っていた。 ふと、JOKERが口を開く。 俺「それにしても、藍もずいぶん大胆になったものだな」 藍「……?」 俺「だってさ、こんなに大勢の前でいきなり抱きついてくるんだから」 その言葉に、藍はびっくりして顔を上げた。 すると、ガサガサと音を立てながら、草葉の陰から見知った顔が続々と姿を現し始める。 魔「あちゃー、さすがにJOKERにはバレちまったか」 萃「残念、これからがいいとこだったのになー」 橙「藍様、おめでとうございます!」 現れたのは魔理沙に萃香に橙、それに紅魔館や白玉楼、永遠亭、守矢神社………… すなわち、JOKERの知人のほぼ全員である。 藍「な、な、な……」 輝「あらあら、若いっていいわねー」 妖「ま、真っ昼間から何て大胆な……」 諏「いいなぁ、私も昔のことを思い出しちゃったよ」 たちまちのうちに、藍の顔が真っ赤に染まっていく。 パシャリと、文のカメラがフラッシュを炊いた。 文「さあさあ、私達のことはどうぞ気にせず続きをなさって下さい」 その時、藍の中で何かが切れた。 藍「き、貴様らあああああああああああああ!」 恥ずかしさで頭がオーバーヒートして弾幕を放ち始める藍をJOKERがなだめる。 俺「まぁまぁ、いいじゃないか」 藍「いや、しかしだな!」 俺「何というか……この方が、幻想郷らしくていいなとも思うんだ」 くるりとJOKERが振り返る。 俺「お前も、そう思うだろう……紫」 びっくりして藍も振り向くと、いつの間にか紫と霊夢が立っていた。 紫「JOKER……その、久しぶりね」 不安げな声で紫が話しかける。 JOKERは少々押し黙った後、にっこりと笑って言った。 俺「紫……また、世話になってもいいか?」 その一言で、紫は理解した。 JOKERは自分を恨んでなどいない。全てを水に流し、また新たな関係を築こうとしていると。 紫「……ええ、喜んで!ようこそ、幻想郷へ。歓迎するわ」 一閃。 風のように、一つの影が腕を振りかざして飛び掛る。 JOKERがすっと身を引くと、空を切った影はその先の木を打ち倒した。 俺「……そういえば、ここに来た時はいつも最初に戦うのはお前だったな、レミリア」 レ「相変わらず余裕ね……この一年間で体がなまってるんじゃないかと思ったけど、杞憂だったかしら」 攻撃を仕掛けたのはレミリア。 予想もしなかった出来事に藍が目を丸くする。 藍「お、おい吸血鬼、何をする!?」 レ「何かしら?」 藍「いや、その……こんな時くらい……」 空気を読め、という言葉が恥ずかしさで言えないでいると、JOKERが笑って言った。 俺「まぁまぁ、いいじゃないか、藍。こういうのも幻想郷らしくて」 藍「だがな……」 俺「心配することはないさ。時間はたっぷりあるんだから」 その言葉に、藍がはっとする。 JOKERの言うとおり、これからはずっと二人で一緒にいられるのだ。 もう幻想郷から追い出されることもなく、その命尽きるまで何年でも共に。 藍「そうか……そうだな……」 俺「ああ、大丈夫だ。ずっと、一緒にいるよ」 じっと見つめ合う二人。 そこに割り込むのは、今度は弾幕。JOKERが再び回避する。 俺「……輝夜、お前も戦いたいってわけか」 輝「もちろんよ。この一年間、妹紅相手だけじゃ少々退屈していたところだしね」 妹「む……あんだけ殺されといてよく言うよ」 レミリアに続き輝夜も参戦すると、我も我もと声を上げる。 妖「JOKERさん、私とも一戦お願いします!」 幽「妖夢ったら、この日のために張り切って修行してきたものね」 フ「お姉様ばっかりずるい!私とも遊んでよ!」 萃「んじゃ、私もまぜてもらおうかね」 早「私もまだ戦ったことがないので、ぜひ一度そのお力を見せて下さい!」 途端に場が騒がしくなり始める。 JOKERは答えるより先に、藍の方を再び振り向いた。 俺「藍、お前も戦うか?」 藍「わ、私がか!?」 俺「藍のことをもっと知りたいからさ、一度本当のお前の力を感じてみたいんだ。   それとも、この一年怠けすぎて自信なくなったか?」 そう挑発されては藍としても引き下がれない。 藍「むっ……いいだろう、怪我しても知らないぞ」 俺「期待してるよ。紫と橙もせっかくだから一緒にどうだ?」 橙「え、私もいいんですか!?」 紫「あらあら、大丈夫なの?1対10くらいになりそうだけど?」 俺「はは、わかってて聞いてるだろ、紫」 再び幻想郷へと戻り、藍とも結ばれた。幻想郷の住人達との仲もこの通りだ。 そこには、JOKERが求めていたもの全てがあった。 藍「それじゃ、準備はいいか?」 レ「大所帯になったわね……私は、いつでもいいわ」 紫「一年ぶりに見るあなたの戦い、楽しみね」 俺「いいだろう、全員まとめてかかってきな」 JOKERが抜刀し、戦闘態勢に入る。 ピリピリと、しかしどこか和気藹々とした雰囲気が張り詰める。 霊「あんた達、やるなら別の場所でやりなさい!」 博麗神社に霊夢の怒号が響き渡った。 完 という妄想を電車の中とか布団の中とかでよくやっています
同上

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