翌日、一年間JOKERに会えないにもかかわらず、藍の心は晴れやかだった。
JOKERが紫達に追い出されてからの一年は、ただ絶望に打ちひしがれていただけだった。
しかし、今度の一年は再会の日を心待ちにする希望の一年。紫との仲も修復され、すっかり元の生活に戻っていた。
橙「藍様に、お客様みたいですよ」
昼頃、掃除をしている藍に橙がそう話しかけてきた。
誰かと思い玄関から出てみると、そこに立っていたのは意外な人物であった。
藍「人里の白沢じゃないか。久しいな、私に何の用だ?」
訪ねてきたのは慧音である。藍と慧音の接点は特にない。
自分を名指ししてきたということは八雲家ではなく藍個人に話があるということなのだろうが、藍にはその心当たりはなかった。
慧「……あの戦いの前夜、JOKERが私を訪ねてきた」
一瞬、藍は驚きで言葉を失った。慧音はさらに続ける。
慧「あいつはこう言っていた。戦いが終わったら翌日にでもこの手紙を藍に渡してほしい、誠実そうなお前が適任だろう、とな」
そう言うと慧音は一枚の封がされた手紙を取り出した。
慧音「八雲の式、お前だけに見てほしいそうだ。どういうことが書いてあるかは何となく推測がつくが、私は失礼した方がいいだろう」
藍に気を利かせたように、慧音は手紙を渡すと帰っていった。
戦いの前夜にJOKERが藍に残した文、と思うと藍の動悸が大きくなった。
封を切り、はやる心を抑えながら手紙を読み始めた。
藍へ
この手紙を読んでいるということは、俺は幻想郷を去っているか、もしくは命を落としている……おそらく前者だろうと思う。
魔力制御装置を文が手にしたことは知っている。明日はおそらく幻想郷中の力を集めて、藍、もしくは紫が霊夢あたりと戦うことになるのだろう。
俺は、この幻想郷が好きだった。度の世界からも拒絶された俺を、ここは暖かく受け入れてくれた。
藍にも出会えて、幻想郷を強く愛していたからこそ、紫達の仕打ちは許せなかった。
だが、本当は最初からわかっていたんだ。こんな復讐をしても前の幸せが取り戻せるわけではないということに。
もちろん紫達をこのまま許すわけにはいかなかったが、結局のところ幻想郷を愛する気持ちは俺も紫も変わらない。
明日の戦いは俺が負けるだろう。今の俺は幻想郷の敵、ひいては俺の敵であると自身が認めてしまっているのだから。
誰と戦うことになるかはわからないが、みんなの力で俺を止めてほしい。それが、今の俺の望みだ。
最後に一つ。俺はいつでも藍の幸せを願っている。もし再び笑顔を交わせる日が来るならば、また一緒に暮らそう。
愛してるよ、藍。
読み終えた頃には、藍はうずくまり、涙が止まらなくなっていた。
同時に、なぜJOKERは勝機もあったのに勝ちに来なかったのかという疑問も氷解した。
JOKERは、最初から負ける気だったのだ。おそらく、復讐を始めたその時から。
魔力制御装置を回収せずに捨てたのも、最終的には自分が倒されることを望んでいたからだろう。
幻想郷崩壊の危機かと騒がれていたものの、JOKERは本当に幻想郷を壊す気はさらさらなく、しかし紫達への怒りも抑えきれず。
自分の暴走を止められないことを知っていたからこそ、誰かに自分を止めてほしかった。
それがたとえ、命を落とすことになろうとも。
藍「お前はもう……一人じゃ、ないというのに……」
JOKERが本当に命を落としていたら、この手紙を読んだ時どう思うか。
そんなことは考えたくもなかったし、考える必要もなかった。
一年後、JOKERは再び幻想郷へ戻ってくる。その時に、今度は紫共々歓迎しよう。
涙をぬぐい、藍は立ちあがった。
藍「私も…愛してるよ、JOKER」
手紙を握りしめるその手に、ぎゅっと力を込めた。
私たちが初めて会ってから一年と七カ月、あの戦いの日から半年が経つ。
月日の経過というのは早いものだな。JOKER、元気でいるか?
幻想郷も以前のにぎわいを取り戻しているが、お前の話は今だによくされている。本当にその影響力には感嘆するよ。
紅魔館ではあの気のふれた妹がすっかり地下ではなく普通の生活をするようになった。間違いなく、お前の成果だ。
レミリアもお前を目の敵にしていたはずなのに、今は自然とお前の話をしている。考えてみると、一番お前の強さを認めていたのはあいつなのかもしれないな。
永遠亭はあまり変わりがない。蓬莱人同士の殺し合いも続いているが、たまにはお前との戦いみたいな強烈な刺激がほしいと月の姫が漏らしていたぞ。
守矢神社では、彼が帰ってきた時びっくりさせられるくらい信仰を集めてみせます、と風祝が頑張っている。
白玉楼の庭師も毎日剣の腕を磨いている。たとえ幻想郷からいなくなっても、お前はずっと彼女の目標なのだろう。幽々子様も会いたがっていたよ。
あの天狗は忙しそうに新聞のネタを探して飛び回っている。一番のネタの宝庫だったお前がいなくなって大変だそうだ。確かにお前の話題は事欠かなかったかな。
博麗の巫女も白黒の魔法使いも鬼も、ことあるごとに酒を飲みながらお前の話をしている。喜ばしいことだが、少し妬けてしまうな。
そして私は……相変わらずだ。家事や紫様の手伝いをする一方で、橙の面倒も見ている。
忙しいが、充実した毎日だ。それに、お前が帰ってきて手伝ってくれれば楽にもなるだろう。
紫様も橙も、そしてもちろん私も、その日を楽しみにしているよ。
そういえば以前、橙が言っていた。
JOKERさんのことでみんな大騒ぎしていたけど、私はあまり心配していませんでした。
なぜならあの人は他の人を不幸にするような人じゃない、最後はきっと笑顔でいられるようにする。そういう人ですから、と。
お前は確かに色々と幻想郷に迷惑をかけたかもしれない。でも、今なら誰もが受け入れてくれるはずだ。
やはりお前がいないとみんなどこか寂しそうだし……何より、私が会いたくてたまらない。
あと半年後にはまた元気な顔を見せてくれ。それまで、待ってるぞ。
時の流れは止まらない。
春が過ぎ、木々が鮮やかな緑に彩られる。
夏が過ぎ、田畑に作物が実り始める。
秋が過ぎ、しんしんと雪が降り積もる。
冬が過ぎ、白い妖精が春の訪れを告げ回る。
そして。
紫「あら、珍しいわね」
霊「あなたがこっちに来ることはしょっちゅうだけどね」
昼頃、霊夢が紫の家を訪れた。
紫は大して驚いた風でもなくそう言い、霊夢も軽い毒舌で返す。
紫「神社にはいなくていいのかしら」
霊「さすがに今日くらいは気をきかすわよ。みんなにも紫から言っておいたんでしょ」
紫「ええ、一応ね」
藍はかなり前にもう博麗神社に向かって出発している。
あとは、JOKERの帰還を待つのみとなった。
二年前に幻想郷に彗星のごとく現れ、その一月後に去り、一年前に再び現れては去った。
そして今日、再び幻想郷へと戻ってくる。
紫「……一つだけ、気がかりがあるわ」
霊「何かしら?」
紫「私は彼の罪を許したわ。でも、彼は……私の罪を、許したのかしら」
もはや紫はJOKERを完全に受け入れる気でいる。
だがJOKERの方は、紫のことを今もずっと恨み続けているのではないだろうかという不安があった。
そのようなことを告げると、霊夢は呆れたように溜め息をついた。
霊「紫はたまに気弱なところがあるわね……そんなに気になるなら、今すぐ行って確かめてくればいいじゃない」
紫「え……?でも、今は……」
せっかく帰ってきたばかりなのだ、最初は藍と二人きりにさせてあげたいと紫は思っていた。
だが、霊夢はこともなげに言った。
霊「紫が行かなくても、どうせあいつらが放っておくわけないわよ」
藍はもう一時間も前からじっと座って静かに待ち続けていた。
JOKERと初めて会ってからの二年間の様々な思い出が頭の中を駆け巡る。
紫との戦いの衝撃。二人で幻想郷を巡り歩いたこと。
一緒に暮らしたこと。JOKERがいなくなったことで、紫との関係が変わったこと。
そして、一年前のJOKERとの戦い。
決して良い思い出ばかりではないが、全てが藍の宝物だった。
宙に亀裂が走る。
それはすぐに大きくなり、ぼんやりとした黒い空間となった。
そこから、一人の男が現れ、幻想郷に降り立った。
藍「あ……」
顔を上げる。
何を言おうか、言葉が出てこない。
そんな藍の様子を察したのか、男は優しい声で言った。
俺「ただいま、藍」
JOEKRが手を差し伸べた瞬間、溜まった想いが爆発した。
藍は飛びつき、力強く抱きしめた。
俺「お、おい、藍」
藍「JOKER……会いたかったぞ……」
ずっと求めていた、愛する者のぬくもり。
嬉し涙を流しながら、藍はそれを目いっぱいに感じていた。
そしてJOKERも口元を緩ませながら、藍をぎゅっと抱きしめる。
そのまましばらく、二人は無言で抱き合っていた。
――――――――――――――――ここから続き――――――――――――――――
ふと、JOKERが口を開く。
俺「それにしても、藍もずいぶん大胆になったものだな」
藍「……?」
俺「だってさ、こんなに大勢の前でいきなり抱きついてくるんだから」
その言葉に、藍はびっくりして顔を上げた。
すると、ガサガサと音を立てながら、草葉の陰から見知った顔が続々と姿を現し始める。
魔「あちゃー、さすがにJOKERにはバレちまったか」
萃「残念、これからがいいとこだったのになー」
橙「藍様、おめでとうございます!」
現れたのは魔理沙に萃香に橙、それに紅魔館や白玉楼、永遠亭、守矢神社…………
すなわち、JOKERの知人のほぼ全員である。
藍「な、な、な……」
輝「あらあら、若いっていいわねー」
妖「ま、真っ昼間から何て大胆な……」
諏「いいなぁ、私も昔のことを思い出しちゃったよ」
たちまちのうちに、藍の顔が真っ赤に染まっていく。
パシャリと、文のカメラがフラッシュを炊いた。
文「さあさあ、私達のことはどうぞ気にせず続きをなさって下さい」
その時、藍の中で何かが切れた。
藍「き、貴様らあああああああああああああ!」
恥ずかしさで頭がオーバーヒートして弾幕を放ち始める藍をJOKERがなだめる。
俺「まぁまぁ、いいじゃないか」
藍「いや、しかしだな!」
俺「何というか……この方が、幻想郷らしくていいなとも思うんだ」
くるりとJOKERが振り返る。
俺「お前も、そう思うだろう……紫」
びっくりして藍も振り向くと、いつの間にか紫と霊夢が立っていた。
紫「JOKER……その、久しぶりね」
不安げな声で紫が話しかける。
JOKERは少々押し黙った後、にっこりと笑って言った。
俺「紫……また、世話になってもいいか?」
その一言で、紫は理解した。
JOKERは自分を恨んでなどいない。全てを水に流し、また新たな関係を築こうとしていると。
紫「……ええ、喜んで!ようこそ、幻想郷へ。歓迎するわ」
一閃。
風のように、一つの影が腕を振りかざして飛び掛る。
JOKERがすっと身を引くと、空を切った影はその先の木を打ち倒した。
俺「……そういえば、ここに来た時はいつも最初に戦うのはお前だったな、レミリア」
レ「相変わらず余裕ね……この一年間で体がなまってるんじゃないかと思ったけど、杞憂だったかしら」
攻撃を仕掛けたのはレミリア。
予想もしなかった出来事に藍が目を丸くする。
藍「お、おい吸血鬼、何をする!?」
レ「何かしら?」
藍「いや、その……こんな時くらい……」
空気を読め、という言葉が恥ずかしさで言えないでいると、JOKERが笑って言った。
俺「まぁまぁ、いいじゃないか、藍。こういうのも幻想郷らしくて」
藍「だがな……」
俺「心配することはないさ。時間はたっぷりあるんだから」
その言葉に、藍がはっとする。
JOKERの言うとおり、これからはずっと二人で一緒にいられるのだ。
もう幻想郷から追い出されることもなく、その命尽きるまで何年でも共に。
藍「そうか……そうだな……」
俺「ああ、大丈夫だ。ずっと、一緒にいるよ」
じっと見つめ合う二人。
そこに割り込むのは、今度は弾幕。JOKERが再び回避する。
俺「……輝夜、お前も戦いたいってわけか」
輝「もちろんよ。この一年間、妹紅相手だけじゃ少々退屈していたところだしね」
妹「む……あんだけ殺されといてよく言うよ」
レミリアに続き輝夜も参戦すると、我も我もと声を上げる。
妖「JOKERさん、私とも一戦お願いします!」
幽「妖夢ったら、この日のために張り切って修行してきたものね」
フ「お姉様ばっかりずるい!私とも遊んでよ!」
萃「んじゃ、私もまぜてもらおうかね」
早「私もまだ戦ったことがないので、ぜひ一度そのお力を見せて下さい!」
途端に場が騒がしくなり始める。
JOKERは答えるより先に、藍の方を再び振り向いた。
俺「藍、お前も戦うか?」
藍「わ、私がか!?」
俺「藍のことをもっと知りたいからさ、一度本当のお前の力を感じてみたいんだ。
それとも、この一年怠けすぎて自信なくなったか?」
そう挑発されては藍としても引き下がれない。
藍「むっ……いいだろう、怪我しても知らないぞ」
俺「期待してるよ。紫と橙もせっかくだから一緒にどうだ?」
橙「え、私もいいんですか!?」
紫「あらあら、大丈夫なの?1対10くらいになりそうだけど?」
俺「はは、わかってて聞いてるだろ、紫」
再び幻想郷へと戻り、藍とも結ばれた。幻想郷の住人達との仲もこの通りだ。
そこには、JOKERが求めていたもの全てがあった。
藍「それじゃ、準備はいいか?」
レ「大所帯になったわね……私は、いつでもいいわ」
紫「一年ぶりに見るあなたの戦い、楽しみね」
俺「いいだろう、全員まとめてかかってきな」
JOKERが抜刀し、戦闘態勢に入る。
ピリピリと、しかしどこか和気藹々とした雰囲気が張り詰める。
霊「あんた達、やるなら別の場所でやりなさい!」
博麗神社に霊夢の怒号が響き渡った。
完
という妄想を電車の中とか布団の中とかでよくやっています
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