※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

&bold(){MEIKO シナリオ:三章}


;モノローグ
;<背景:黒,独白モード>
わかっていた

ここになにもないことくらい
自分がなにも持っていないことくらい

わかっていた

どんなに求めても、それはもう手に入らない
手に入ったとしても、それは消えてしまう

わかっていた

手に入らないのならあきらめればいい
必要じゃなかったと思えばいい

わからない

自分はどうしてそれを求めるのか
なにが欲しいのか


A Fairy Tale in the Small Bar
三章『―Songs without Words―』





;重なる手
;<ウィンドウモード>
むかしのことを思い出すときがある。

街で子どもと手をつなぐ夫婦を見かけたとき
公園で戯れる親子連れを見かけたとき

幸せな親子のテンプレートに沿った日常

そういう憧れだった情景を目にしたとき
意識せず思い出した――

………


;<背景:CG03(歌うMEIKO)もしくは背景:店内,立ち絵:MEIKO>
彼女の歌声が響いている。

客達は飲食の手を止め、こちらに目を向ける。
店内は静まり返り、彼女の歌に耳を傾ける。

俺には聞こえないけれど、
聴客の姿を見れば、その歌声の価値もわかる。

オーナーによると、ここのところ売り上げが伸びているらしい。
大したものだと思う。

そんな彼女の歌を聞けないのは残念なことだ。

でも、まぁ…ピアノが弾ければそれでいいかと思う。
ピアノを弾くことができれば満足だし、聞けないものはしょうがない。
鍵盤に触れて、音を奏でる…真似ができれば、それでいいと思っていた。





;<背景:店内,立ち絵:MEIKO>
【MEIKO】
「あ、あの」
【主人公】
「ん?どうした?」
【MEIKO】
「調律、しませんか?…ピアノ、その」

演奏が終わってしばらくして、彼女はそんなことを言い出した。

【主人公】
「必要ない」
【MEIKO】
「で、でもでもっ」
【主人公】
「こないだ話したろ?必要ないんだ」
【MEIKO】
「で、でもですね、せっかくなんだから」
【主人公】
「だいたい調律すんのにいくらかかると」

;<立ち絵:オーナー>
【オーナー】
「そんなにしないわよ?
 それに、最近売り上げ伸びてきたし。先行投資とでも思えば」
【主人公】
「…それでも必要ないだろう。客が聞いてるのはおまえの歌声だ」
【MEIKO】
「そ、そんなこと」
【オーナー】
「いいのよ~拗ねてるだけなんだから。
 それにね、嫌がるのは調律して自分がホントに下手だってバレるのが怖いからよ」
【主人公】
「………」
【MEIKO】
「…そうなんですか?」
【主人公】
「…そうだ。だから、勘弁してやってくれ」
【オーナー】
「あら、素直」
【MEIKO】
「………」
【主人公】
「さて、とっとと片づけを」
【MEIKO】
「…ぃやです」
【オーナー】
「え?メーコちゃん?」
【MEIKO】
「…かんべん、してあげません。
 あんなに、キレイな音なのにもったいないです」
【主人公】
「………」
【MEIKO】
「いいじゃないですか、へたでも。
 それにオリジナルの曲しかひかないんだったら
 調律してもしなくてもいっしょですよね?」
【主人公】
「…おまえ」
【MEIKO】
「あ…え…あ、あの、すいませんっ!!ごめんなさいっ!!
 わたしなんかが…えらそうなこと…すいませんっ!!」
【主人公】
「いや…」
【オーナー】
「そうよねぇ…お客さんも“どうせ”メーコちゃんの歌しか聴いてないんだし~。
 調律してもしなくても一緒よね?」
【主人公】
「………」
【MEIKO】
「あ、あの」
【主人公】
「…わかった」
【オーナー】
「あら、素直」
【主人公】
「………」
【MEIKO】
「あ、あはははは…」


調律か…。
まぁ、いいか…。
;<暗転>
………


;<背景:黒>
次の日、MEIKOとピアノを調律することにした。

今まで、何度となくピアノの調律を見ていたし、ピアノの構造は理解してるし。
耳は、MEIKOがいるし。
できそうな“気”がした。

簡単そうだし…と思ったのが、間違いだった。

;<背景:店内(ピアノ?),立ち絵:MEIKO>
まず…低音域から。弦一本だし。
チューニングピンを回して弦を引っぱる。鍵盤を叩く。

【MEIKO】
「…そうです。あともうちょっと高くです」

さらにピンを回す。鍵盤を叩く。

【主人公】
「…これくらい?」
【MEIKO】
「…もうすこし高く」

さらにさらにピンを回す。鍵盤を叩く。

【主人公】
「…こんなもん?」
【MEIKO】
「…もうすこし、です」
【主人公】
「………」

もうちょっと、思い切って回してもいいのかも…
よし、ぐいっといくか!ぐいっと!!

【主人公】
「あ」
【MEIKO】
「え?きゃっ!!」

妙に軽くなったと思ったら、弦が切れたらしい。
はねるピアノ線にMEIKOが驚いて…


;<背景:CG04(重なった手①)>


【MEIKO】
「あ、すいません…」
【主人公】
「いや…」

どういう状況なのか…その手が俺の手に重ねられていた。
相変わらず、人間みたいな手だと思う。本物の女性の手と変わらない。

;<暗転>


白鍵みたいな指…



【MEIKO】
「あ、あの」
【主人公】
「ん?」
【MEIKO】
「その、手、なんですけど」
【主人公】
「…ああ」

いつのまにか握ってしまっていたらしい。
白くて、ちょっと冷たい手。

【主人公】
「…悪い」
【MEIKO】
「…い、いえいえっ、とんでもないっ」

手を離す。

;<背景:店内,立ち絵:MEIKO>


重ねられた手、重なった手と手。

【MEIKO】
「や、やっぱり、あのちゃんとした調律師の方にまかせたほうが」
【主人公】
「ああ、そうだな」

頭の中がぼんやりする。
手、つながれた手。
赤い手と手。

【MEIKO】
「…あの」
【主人公】
「ん?」
【MEIKO】
「だいじょうぶですか?」

…なんか俺、心配されるようなことしたっけ?

【主人公】
「…なにが?」
【MEIKO】
「あの、ちょっと、なにか…その…お辛そうです」
【主人公】
「つらそう?」
【MEIKO】
「はい…。どうしました?
 その、わたし…なにか、また失敗しちゃいました?」
【主人公】
「…そういうわけじゃ、なくて…ただちょっと」
【MEIKO】
「…ちょっと?」
【主人公】
「むかしのこと、思い出しただけだから」
【MEIKO】
「…そう、なんですか?」
【主人公】
「ああ、だから、気にしなくていい」
【MEIKO】
「…そうですか」
【主人公】
「あぁ」


そう、昔のこと。
あの手と手。もう忘れるつもりだった。
…忘れたいことほど忘れられない。



;<暗転>
;<背景:黒,独白モード>





重なった手をみて思い出したのは
父さんの左手だった。

昔ウチにあった車は、オートマじゃなくてミッションで
ギアをぐりぐり動かしていたのを覚えてる。

楽しそうに見えて、一度こっそり触ってみた。
動かなかった。
クラッチとかそういうのわからなかったから。

ただ、父さんはすごいって思ってた。

;<背景:CG04(重なった手②)>


三人で出かけるときはいつも、
父さんの左手は母さんの右手とつながっていた。
俺は、彼らの空いている方の手か、服の裾をそっと握っていた。
そうしないと、たちまち置いていかれてしまうから。

そういうものだって思ってた。
彼らは二人で完結していたし。俺は付属品みたいなものだった。

食事のとき、自分は箸置きで、二人がお箸なんだなと子供心に思った。
いただきますしたら、忘れられる、要らなくなる…そんな自分。

自分はそういうものなんだってあきらめてた。

でも、幼稚園だったか、親子遠足の昼食のとき
周りの親子が一つのシートに腰を下ろしているのを見て
少し羨ましかったのを覚えてる。

嫌われていたんじゃないと思う。
ただ、興味を持ってもらえなかった。
それだけのこと。

二人が死んだのは、大学三年の冬。
久しぶりに帰省して三人で出かけたとき。
出かけた理由は…忘れた。

覚えているのは
二人が昔と変わらず、ずっと手をつないでいたこと。

トラックが目の前を通り過ぎたこと。


目の前にいた二人がいなくなったこと。

;<背景:CG04(重なった手③)>


十数メートルはなれたところで見つかった
二人の手が赤く染まっていたこと。

それでも、二人の手がつながれたままだったこと。

いつか、間に入れるんじゃないかって
父さんの左手が俺の右手に
母さんの右手が俺の左手に
つながれるときが来るんじゃないかって思っていたのかもしれない。

もう一生そんなことはないんだって、
自分は一人のままなんだって思い知った。



;<ウィンドウモード>
;<背景:店内,立ち絵:MEIKO>





【MEIKO】
「せんぱい?」
【主人公】
「あ、ああ」

…また、ぼぉっとしていたらしい。
どうしたんだ今日の俺。

【MEIKO】
「…えと」
【主人公】
「そうだな業者に頼もう…参ったなぁ…
 あれ、弦って一本いくらくらいするっけ?」

…忘れてしまおう。それが一番いい。
あいつらのことなんか…忘れて…ひとりで


【MEIKO】
「…さみしい、ですか?……かなしい、ですか?」
【主人公】
「………なんで」
【MEIKO】
「そう、見えます」
【主人公】
「………」
【MEIKO】
「ちょっと、いいですか?」
【主人公】
「え」

;<背景:CG04(重ねられた手①)>


手を重ねられていた。
少し冷たい手が、なぜか暖かく感じられる。

見透かされていた。
…恥ずかしいさに似た感情がこみあげる。

【MEIKO】
「…ひとりは、さみしいですよね」
【主人公】
「………」
【MEIKO】
「だいじょうぶですよ。わたしもオーナーさんもいます」
【主人公】
「…ああ」
【MEIKO】
「もう…ひとりじゃありません。わたしたち」
【主人公】
「…そう、だな」
【MEIKO】
「はい」

;<暗転>


さみしかった、んだろうか。ずっと。俺は。
…ちがう。さみしくなんかない。
………さみしいはずがない。

ずっとひとりだったんだから、さみしさなんてない。
でも、彼女の手をいつまでも振りほどけなかったのは
嬉しかったから。

恥ずかしいよりも…嬉しかった。たぶん。
自分が否定したい感情さえも理解してもらえて。
…嬉しかったんだ、俺は。



;<背景:店内,立ち絵:MEIKO、オーナー>






【オーナー】
「なに乳くり合ってんのよ?」
【MEIKO】
「ちちっ?!」
【主人公】
「…いつから見てました?」
【オーナー】
「………調律おわったの?」
【主人公】
「えっとですね。我々の力では無理っぽいので業者さんに頼もうかと…
 あの、それで…いつからそこに」
【オーナー】
「そう…それじゃ、あんた業者に連絡しなさい…今すぐ」
【主人公】
「え?」
【オーナー】
「………メーコちゃん、今から厨房の模様替えするから」
【MEIKO】
「えぇっ?!」
【主人公】
「模様替えって、あんた…」
【オーナー】
「なに?なにか文句あるわけ?」
【主人公】
「…ありませんっ!」
【MEIKO】
「…ないですっ!」

連絡してすぐ調律師さんがやってきて、ピアノはその日のうちに調律を終えた。
一方、厨房では謎の模様替えがおこなわれていたようで…
その間、なぜかオーナーは機嫌が悪かった。



;<暗転>




………

その日の晩

;<背景:店内,立ち絵:MEIKO>




【MEIKO】
「…よ…っと」
【佐々木】
「おー泡ぴったり1センチ…メイコちゃんビール注ぐのうまいねぇ」
【MEIKO】
「はい。オーナーさんに鍛えてもらいました」
【佐々木】
「おー確かに嬢ちゃんも上手かったなぁ…んぐんぐっ………ぷはぁっ…
 やっぱ若い娘に注いでもらうとビールも味が違うなぁ」
【MEIKO】
「そ、そうですか?えへへ…あ、お注ぎしますね」
【佐々木】
「え?ああ…んぐんぐっ…………ぷはぁ」


;<暗転?もしくは横方向にスライドするような?>
;<背景:店内,立ち絵:オーナー>


【主人公】
「へぇ…」
【オーナー】
「どう?上手くなったでしょ?
 最近、お客さんの評判もいいわよ。
 私の特訓のたまものね~」

きっと地獄のような特訓があったんだろうなぁ…

;<暗転>





自分のほろ苦い経験を思い出す…
あれは…まだそう店に来て間もない頃

;<セピアっぽくなる>
;<背景:店内,立ち絵:オーナー>






【主人公】
「あ、あのオーナー、ピアノの位置…」
【オーナー】
「…なに?聞こえない?」

…何を言ってるのかわからないが、耳に手を当ててるし
たぶん声が小さかったのかも?

【主人公】
「オーナー!!ピアノの!!」
【オーナー】
「うるさいっ!!」

ゴス
;<画面振動>


【主人公】
「な?」

カカトで思い切り蹴られる。
当時の俺は聞こえなくなったばかりで、唇が読めるはずもなく…

【オーナー】
「もうちょっとボリューム調節しなさいっ!」
【主人公】
「は?」
【オーナー】
「くぅっ!…」



“声の大きさ ちょうせつ うるさい!!”

オーナーとの会話も筆談でおこなっていた。

【主人公】
「いや、できるわけないだろっ…耳聞こえないんだしっ」
【オーナー】
「できるできないじゃないっ!するのよっ!」
【主人公】
「何言ってんのかわかんねー!!」
【オーナー】
「だから、うるさいっ!!」

ゴス

;<画面振動>



【主人公】
「ふぐぅ…」

;<暗転>


声が大きい、小さいと言われては蹴られて…

………

また、あるとき…

;<背景:店内,立ち絵:オーナー>




【オーナー】
「うちのオーナーは美人」
【主人公】
「………?」
【オーナー】
「うちの、おーなーは、びじん」
【主人公】
「うりの?ろーたーは?びぎん?」
【オーナー】
「………」
【主人公】
「瓜のローター?」
【オーナー】
「…う!ち!の!…お!お!な!あ!は!」
【主人公】
「…くにお?ころなぁら?」
【オーナー】
「~~~っ!!」

ゴス

;<画面振動>



【主人公】
「ふぐぅ…なにを…」
【オーナー】
「あんたマジメにやりなさいよねっ!」
【主人公】
「は?」
【オーナー】
「唇くらいさくっと読めなくてどーするのっ!!
 そんなんでウチのウェイターが務まると」
【主人公】
「いや、何言ってるか…わからん」
【オーナー】
「ていうか、敬語使いなさいよねっ!


 あんた従業員のくせに何様のつもりよっ!!


 敬意を払いなさいっ!!敬意を!!」


;<画面振動×3>
;<暗転>

読唇術の勉強を始めてすぐに、いきなり実践できなくて蹴られ…
………



;<セピア終わり>
;<背景:店内,立ち絵:オーナー>





いろんなことがあったなぁ…ていうか蹴られてばっかじゃん、俺…

【オーナー】
「どしたの?」
【主人公】
「いいえ。
 ちょっと昔の…ここに来たばっかりの頃を思い出しただけです」
【オーナー】
「あ~懐かしいわね~。あの頃って、二人ともまだ仕事に慣れてなくって」
【主人公】
「…そうですね」
【オーナー】
「あの頃、あんたナマイキで人の料理にケチつけてくるし」
【主人公】
「…砂糖と塩が大量に違ってたら、何か言いたくもなります」
【オーナー】
「………今でもナマイキね。ていうか、あんたがまともに働けるのって
 私のおかげよ?全部。読唇術覚えるのも付き合ってあげたし
 ウェイターのやり方教えてあげたし。感謝足りてないんじゃない?」

たしかにオーナーのおかげだろう…たしかに…感謝もしてる…
しかし、双方の主観的な歴史には大きな隔たりがあって…

【主人公】
「…そうですね」
【オーナー】
「なに?その微妙な表情」

…これ以上話を続けても悲劇的な結果を迎えそうだったので
話題を転換させよう。

【主人公】
「皿洗いさせとくのがもったいないですね…あいつ」
【オーナー】
「……そうね。…売上も上がるんじゃないかしら、ほら」
【主人公】
「え?」

;<暗転?もしくは横方向にスライドするような?>


;<背景:店内,立ち絵:MEIKO>




【佐々木】
「んぐっ…んぐ………ぐ………ぷはぁ…はぁ…はぁっ…」
【MEIKO】
「おつぎしますねー」
【佐々木】
「まって…まって…あと五分…休憩…」
【MEIKO】
「わかりましたー。5分後にまた来ますねー」


;<暗転?もしくは横方向にスライドするような?>
;<背景:店内,立ち絵:オーナー>




【主人公】
「………」
【オーナー】
「ね?」
【主人公】
「いや…佐々木さん…なんかもう顔青いですよ?まっさおですよ?」
【オーナー】
「………まぁ、そういうこともあるわよ」
【主人公】
「………」

今夜、珍しくも佐々木さんは早々と帰っていった…。
ちょっと気の毒だった。

;<暗転>




オーナーから料理を受け取って、フロアを眺めると
MEIKOが今度は酔っ払いに絡まれていた。
髪が異様に長い…この店では珍しい女の客だ。



;<背景:店内,立ち絵:MEIKO>




【MEIKO】
「あ、あの、お客さん」
【酔っ払い客】
「いいんです…どーせ…私にはむいてないんです」
【MEIKO】
「そんなこと…」
【酔っ払い客】
「…どーせ私にはもともとDTMの才能なんてなかったんですよ…最初から
 …ああいうの、やっぱり、生まれつきの才能なんですよ…」
【MEIKO】
「で、でも」
【酔っ払い客】
「すいません…あのアルコール…なんでもいいから酔えるの、下さい」
【MEIKO】
「の、飲みすぎは」
【主人公】
「おい、そろそろ始めるぞ」
【MEIKO】
「あ、はい………あ、あの…元気だして下さいね」



【主人公】
「…ああいう酔っ払いは、相手にしなくていいぞ」
【MEIKO】
「でも」
【主人公】
「ただ構ってほしい、慰めてほしいだけなんだから」
【MEIKO】
「でも、それで、あの人が、私がかまったりすることで、
 このお店にきてよかったって思ってくれるなら…」
【主人公】
「はぁ…、お前な」
【MEIKO】
「あ、あの…今日は一曲目、あの人のために歌いたいんですけど」
【主人公】
「…好きにしろ」

…誰かのために歌う。それに何の意味があるのか。
わからない。




;<独白モード>
;<背景CG03(歌うMEIKO)or 背景:店内,立ち絵:MEIKO,オーナー>




いつものように鍵盤を叩く。

視線は彼女の表情に。…楽しそうだ。
ピアノが奏でる音を、彼女が響かせる声を想像しながら、鍵盤に指を落とす。

先ほどの酔っ払い客もグラスを傾けながら歌を聴いている。
やさぐれていた目は、どこか安らいで、表情も柔らかいものになっている。

安らぎ、癒し…彼女の歌声にはそういった印象があるらしい。
そういう感想は常連客がよく口にするし
実際、来店した客のほとんどが、安らいだ表情で店を出て行く。

満たされていた。
彼女とつながっていられるような気がして。
その声が聞こえなくても…それでもよかった。

ピアノを弾き続けた。


そして、今日も閉店時間ギリギリまで、演奏を続けた。
………

;<暗転>






;<ウィンドウモード>
閉店間際、片づけをしていると
店から出て行く客の流れに逆らって、入ってくる男がいた。

;<背景:店内,立ち絵:マツダ>



【主人公】
「…すいません。そろそろ閉店」
【??】
「いや、構わないよ。探し物しに来ただけだからね。
 まぁ、ちょっとした噂を聞いてきただけだから。
 …ああ、迷惑なら、ワインの一本でも頼むけど」
【主人公】
「…は、はぁ」

妙な…怪しい客だった。
変な客が集まる店ではあるが…その中でも群を抜いておかしい客だった。
どこかでタイムマシンでも作っているような、漫画や映画に出てきそうな
そう、マッドサイエンティスト的な雰囲気が漂っていた…

;<立ち絵:MEIKO>
【MEIKO】
「せんぱいっ、さっきの………!?」
【??】
「…MEIKO、探したよ。本当に可聴域の音が出せるようになったんだね」
【MEIKO】
「………」
【主人公】
「え?」

;<立ち絵:オーナー>
【オーナー】
「おーい、従業員どもーサボってないで…って、お客さん?」
【??】
「…貴女は………ふむ、ここに来たのも偶然ではないのかもしれないな。
 …それも含めて、今後の計画立案が必要か…やはり、例のプログラムか」

なにを言ってるんだ、こいつは…。

【主人公】
「…あの」
【??】
「ああ、悪いね。
 MEIKO、回収して帰りたいのもやまやまなんだが、
 まだ受け入れが困難な状況にあってね。まぁ…明日にでも、また来るよ」
【オーナー】
「えっと、どちらさん?」
【??】
「…失礼。
 申しおくれました…僕、アルゴン社研究部第二研究室長のマツダといいます。
 あ、名刺もってないんです」
【オーナー】
「…はぁ」
【マツダ】
「それでは、やるべきことがありますので」

;<マツダ去る>
今のはMEIKOの…?
オーナーのことも知ってたみたいだし…

【主人公】
「………オーナー」
【オーナー】
「なに?」
【主人公】
「お知り合いですか?」
【オーナー】
「うーん…どうだろ?どっかで会ったことがあるような気もしないような?」
【主人公】
「…どうなんです、それ」
【オーナー】
「いや、あんな個性的なやつ忘れないと思うんだけど…あれ?」
【主人公】
「ま、オーナーの記憶力に…」
【オーナー】
「ていうか、聞くならメーコちゃんに聞きなさいよ」
【主人公】
「………」
【MEIKO】
「…えと、あの人は、その、わたしが前いたところの、研究所の人で」
【主人公】
「研究所?」
【MEIKO】
「はい…。歌えなくなっちゃったから、その、出てきちゃったんですけど」
【主人公】
「…歌えるようになって、連れ戻しに来た?」
【MEIKO】
「はい…たぶん」
【主人公】
「…そう、か………じゃあ戻るのか?その研究所に」
【MEIKO】
「…わかりません」
【主人公】
「わからないって…」
【MEIKO】
「………わかり、ません」
【オーナー】
「…メーコちゃんは、どうしたいの?」
【MEIKO】
「え?」
【オーナー】
「帰りたいの?」
【MEIKO】
「………」
【オーナー】
「…それとも、ここにいてくれる?」
【主人公】
「………」
【MEIKO】
「………命令があったら、その、帰らなくちゃいけません。
…わたしは、ボーカロイドなので」
【オーナー】
「…そう」
【主人公】
「………」

;<暗転>
MEIKOがいなくなる。

大したことじゃない。

また、オーナーと二人で店をやっていけばいいだけ。

彼女の歌声がなくなってしまえば、客は減ってしまうかもしれない。
まぁ、でも、それも元に…一ヶ月くらい前に戻るだけ。

全然、大したことじゃない。
………
そして夜が明けて
あのうさん臭い男…マツダがやってきた。

;<背景:店内,立ち絵:マツダ>
【マツダ】
「昨日言ったとおり、迎えにきたんだけど…不在?」
【主人公】
「帰ってくれ」
【マツダ】
「は?」
【主人公】
「あいつは渡せない」
【マツダ】
「渡せないって、君…ていうか、あれの持ち主は僕なんだけどなぁ。
 理由がなにかあるのかな?」

渡せない。だって、あいつは…


;<選択肢:A…なんでだろう?>

【主人公】
「………」
【マツダ】
「…まぁいいけど」
【主人公】
「と、とにかく渡せないっ」

;<選択肢:B,店に必要だから?>

【主人公】
「………店に必要だからだ」
【マツダ】
「…店にねぇ」
【主人公】
「…そうだ」



【マツダ】
「ふぅん…そうか。ちょっと話をしようか?」
【主人公】
「なっ」
【マツダ】
「まぁ、いいからいいから、長くなるから座りなよ」
【主人公】
「………」

ここは、あんたの店じゃないんだが…いや、俺のものでもないけどさ。

【マツダ】
「フランツって心理学者がドイツにいてさ、彼が1932年に出した論文で
“不可聴域音の精神作用”というものがあってね、それによると…」
【主人公】
「フカチョーイキオン?」
【マツダ】
「…ああ、可聴域というのは20Hz~20kHz程度の周波数帯のことで
 光に可視光と赤外線のような目に見えない波長の光が存在するように」
【主人公】
「は、はぁ…」

いきなり、何の話を…

【マツダ】
「………まぁ、簡単に言うとだ…聞こえない高さの音が人間の精神に
 なんらかの影響を与えるかもしれないという内容なんだわ」
【主人公】
「それがなんの…」
【マツダ】
「まぁ、それ以降、この手の研究は心理学のやつらが実験なんかも
 やっちゃってくれてるからおそらく確実なんだけどね」
【マツダ】
「ほら、ヒトラーが演説の際、重低音をながしていたり、洗脳の際に
 17Hzくらいの音を聞かせたりしてたのは有名でしょ」
【主人公】
「有名…?」
【マツダ】
「で、だ。周波数を選んで特定の音をだせば、ある程度、人間の感情とかが
 コントロールできるんじゃないかなっていう研究をしてるわけだ…僕らは」
【主人公】
「へぇ…」
【マツダ】
「まぁ…実際、どの周波数のどんな音を流したら、人がどう反応するかという
 共通性のある結果が出てないんだ。個人差があるんだな」
【マツダ】
「そこでだ、個人差があるのなら個人をモニタリングをしながら、
 出力する音の周波数などなどetcを変えていけば…」
【主人公】
「………?」
【マツダ】
「つまりだね、対象者の心音、脳波、体温、発汗量などを観測しつつ、
 それによって精神状態を推測し、その状況に見合った音を出力するわけだ」
【主人公】
「つまり?」
【マツダ】
「…つまり、落ち込んでるときには、楽しくさせる音を
 怒ってるときには、穏やかにさせる音を聞かせちゃおうという…
 まぁ、その作用がある音自体は人間には聞こえないんだけどね」
【主人公】
「それが、あいつとなんの関係が」
【マツダ】
「…あれ?わかんない?…あれはね、
 今言った機能を取り付けたボーカロイドなんだよ。
 人間の精神状態を把握し、状況に適切な音を出力する実験機、ってとこかな」

…精神状態を把握?音を出力する実験機?
そう、あいつは機械。でもあいつは、俺の…
………精神状態を、把握?

;<独白モードというか、画面の中央に文字を表示。文字背景は透過した黒?>
『…ひとりは、さみしいですよね』


;<ウィンドウモードに戻る>
【マツダ】
「まぁ、そんなこんなを組み込んだら、気がつけば、不可聴域の音しか
 出力できなくなっていてね。いや、これは完全に僕のミスでさぁ。
 それを解決しようとしてたら、あれ、外に飛び出しちゃってさ」
【主人公】
「………」
【マツダ】
「まぁ、おかげで、何故だか、可聴域の音も出力できるようになってるし、
 結果オーライかな、と。
 …なぜ可能になったかっていう報告書、書かなきゃなんだけどねぇ」
【主人公】
「…精神状態を把握って?」
【マツダ】
「うん、MEIKOは、対象者のさまざまなデータから、人間の心理や感情…
 まぁ、楽しいとか悲しいとかね、そういうのを理解するようにできてる」
【主人公】
「…できてる」
【マツダ】
「そう、そのために、MEIKOには限りなく人間に近づくように人格
 …といっていいほどのプログラムが組み込まれてる。
 まぁ…これは僕のつくったものじゃないんだけどね」
【主人公】
「………」
【マツダ】
「気づかないことは無かったと思うよ?
 あれ、機械のくせに人間の表情や感情に敏感だったりしただろう?」

;<画面中央に文字を表示>
『はい。こんな歌かなって…。せんりつはおだやかだけど。
ちょっとさみしいかんじ』
『…さみしい、ですか?…かなしい、ですか?』

『…ひとりは、さみしいですよね』


;<ウィンドウモードに戻る>
【マツダ】
「それに、店の客達はあれの歌を“癒される歌”だとか言ってなかったかい?
 君は…ああ、そうだったね。
 …しかし、不可聴域なら聞こえてるかもしれないな、癒されたりしたかい?」

;<背景:(CG03,歌うMEIKO)(セピア色とかになったりしませんか?)>
【主人公】
「………」

;<背景:店内,立ち絵:マツダ>
【マツダ】
「まぁ、そういうこと。
 君があれのどこに惹かれたのかは知らないが、そういう風につくってあるんだから」
【主人公】
「…つくってある」
【マツダ】
「そうだよ。実際、僕が床を舐めろって言えば、あれは忠実にその通りに動くよ?」
【マツダ】
「まぁ、ピグマリオンコンプレクスって言ってね…人形に恋しちゃうっていうのは、
 古い時代からあるもんだから、そう悲観すべきでもないんだけどね」
【主人公】
「………」

;<立ち絵:MEIKO>
【MEIKO】
「…せんぱい?………マスター?」
【マツダ】
「まだ、あれが必要かい?
 …悪いけど、この機能はこんな酒場で浪費していいもんじゃないんだ」
【主人公】
「………」
【MEIKO】
「せんぱい?」
【マツダ】
「帰るよ、MEIKO」
【MEIKO】
「…せんぱいっ」
【マツダ】
「ふぅっ…命令だ、って言わなきゃわかんないのかなぁ…」
【MEIKO】
「…はい、了解しました。マスター」
【主人公】
「………あ」
【マツダ】
「そうそう、君さ、聞いてたけど、耳聞こえないわりに、それなりの演奏できてて、
 まぁ、執念と努力が感じられたよ」
【マツダ】
「難聴のピアニストとして、デビューしてみるのもいいんじゃないかな?
 現代のベートーヴェン…いいかもねぇ…うちの会社の支援も入れようか?
 あ、彼も君も正確には中途失聴者に分類されるのかな?」
【MEIKO】
「…せんぱい」
【主人公】
「………」
【マツダ】
「…じゃあ、失礼するよ」

;<マツダ MEIKO去る>

【主人公】
「………」

;<暗転>



桜が咲き始めて、春らしくなってきたころ
MEIKOは連れて行かれた。
俺は、それを黙って見ていた。…見ているだけだった。