MEIKO シナリオ:二章 前編

;モノローグ
;<背景:黒,独白モード>
――埋まりようのない孤独感
ひとり、一人、独り
さみしい、寂しい、淋しい

それでも良かった
ひとりじゃなくなるってことは
そばに誰かが居てくれてるってことで

一度、傍らにいる誰かを失くしてしまった自分には

きっと耐えられない

捨てられる不安に
失うことの恐怖に
孤独に戻ることの痛みに

…耐えられるはずがない

だから、ずっとひとりでいよう
さみしくてもひとりでいよう
そうすれば…ずっと笑っていられる


A Fairy Tale in the Small Bar;<画面中央に配置>
二章『―Aria―』;<画面中央に配置>

;<ウィンドウモード>
;<背景:店内>
;<立ち絵:MEIKO;店服;慌てる>
;<立ち絵:オーナー;店服;怒り>

【オーナー】
「ちょっと!!お皿足りないわよっ!!
 大皿二枚至急っ!!可及的速やかにっ!!」
【MEIKO】
『は、はいぃぃ』

近年まれにみるシュラバだった。

【主人公】
「オーダー、とりあえずココ置いとく!」
【オーナー】
「りょーかいっ!…ちょっと!大皿っ!!まだ洗い終わんないのっ!!」
【MEIKO】
『い、いまずぐにぃー』
【オーナー】
「これはカレー皿でしょうがぁぁっ!!!」
【MEIKO】
『ふぇぇぇぇぇっ!!!す、すすすすいませぇぇぇぇん!!』

;<立ち絵:消える>

シュラバである。今晩は客が多い。
席が埋まっている…という非常に珍しい状況に置かれている居酒屋『早月』。
これが珍しいっていうのが、この店の普段のありようを端的にあらわしてるよなぁ…

【客】
「にーちゃんっ!!ビールまだー!!聞いてんのー!?」
【客】
「ちょっとー!ぞうきん貸してー!!」
【佐々木】
「がんばれよぉっ!…あ、厚焼きタマゴ頼むわ」

そして矢継ぎ早に出される注文、要求、激励。

【主人公】
「申し訳ございません、しばらくお待ちくださいっ」

今日、数十回目になるであろう
「申し訳ございません」
この状況でウェイター一人ってどうなんだ…。限界こえないかコレ?ねぇ?
ま、いいけどさ…こういうのも楽しいし。

;<暗転>

………

;<背景:店内
;<立ち絵:オーナー;店服;笑い>
;<立ち絵:MEIKO;店服;困り笑>

【オーナー】
「ふぅ、やれやれ…ようやく片付いたわね」
【主人公】
「…それって、お客様が帰ったあとに言うセリフじゃありませんよ」
【オーナー】
「いやまぁ、言葉のアヤってやつよ?」
【主人公】
「………」

それ、用法違いますよね?
などとは決して言わない。言えない。うん。

【MEIKO】
『………』
【主人公】
「おつかれさん」
【MEIKO】
『…つかれ、ました』
【オーナー】
「いやー、うんうん。メーコちゃんもよく頑張ったわ」

;<立ち絵:MEIKO;店服;怖い>

【MEIKO】
『ひぅっ!』
【主人公】
「…おびえられてますよ」

;<立ち絵:オーナー;店服;普通>

【オーナー】
「いや、だってさぁ…
 初日からあんなにシュラバるとは思ってなかったし」
【主人公】
「シュラバる…って、なんですかその現代語の乱れ」
【オーナー】
「さっきはごめんねーこわくないのよー?」
【MEIKO】
『…はひ』
【オーナー】
「でも、もうちょっと早くお皿くらい洗えないのかしら…」

;<立ち絵:MEIKO;店服;謝罪>

【MEIKO】
『すっす、すいませ』

;<立ち絵:オーナー;店服;笑い>

【オーナー】
「冗談よ」

いや、今のは冗談の目じゃなかっ

【オーナー】
「なにか?」
【主人公】
「なんでもありません…」
【オーナー】
「そう」
【主人公】
「でもまぁ、皿洗いが得意というわりには…」

;<立ち絵:MEIKO;店服;困り笑>

【MEIKO】
『あんなにたくさんのお皿洗ったことないですよぅ』

;<立ち絵:オーナー;店服;普通>

【オーナー】
「え?なに?」
【MEIKO】
『あっ…えとえと』

“あんなにたくさんのお皿洗ったことがなくって”

【オーナー】
「あーなるほど…まぁ、ウチじゃ今日みたいな状況はあんまりないけどねぇ」
【主人公】
「そうですね。そんなに混むほど人気の店じゃないですし」
【オーナー】
「………おい」

;<立ち絵:オーナー;店服;笑>

しまった…墓穴を掘った!?えっと、とりあえずフォローを…言い訳を…ヨイショして…

【主人公】
「つ、つい本音が口をすべって…」

………ダメじゃん…本音出てんじゃん…

【オーナー】
「…ふふふふふ」
【主人公】
「あ!…あー今夜はまだ演奏してなかったーピアノも弾かないとなー」
;<暗転>

【オーナー】
「待てっ!」


;<背景:店内>
;<立ち絵:MEIKO;店服;困り笑>
;<立ち絵:オーナー;店服;普通>


【オーナー】
「ちっ…逃げやがった」
【MEIKO】
『あはは…』
【オーナー】
「まぁ…いいけどね」

;<立ち絵:MEIKO;店服;普通or疑問>

“ピアノ、いくつか音があってないような気がしたのですが”

【オーナー】
「あ、うん。5年くらい?調律してないし」

“そんなにですか?”

【オーナー】
「そうね…普通は年1回くらいした方がいいらしいけど
 あいつ、自分の曲しか弾かないから…音のズレなんて誰にもわかんないし
 ピアノ自体もボロっちいしねぇ」

;<立ち絵:MEIKO;店服;普通>

【MEIKO】
『………』
【オーナー】
「それにね…ピアニスト本人が調律、嫌がるから」

“なぜでしょう?”

【オーナー】
「さあ…ね」

;<暗転>


;<背景:店内>
もう客は…佐々木さんくらいか。
その方が気楽でいいな。うん。さて、お仕事お仕事っと…

;<独白モード>

小さかった頃から、ピアノを弾くのは好きだった。
指の強弱、リズムで自由にいろんな音を無限に奏でられる。
子どもの頃は、本当に魔法の箱だと思っていた。

でも…そのしくみが魔法なんかじゃなく、ただの物理法則で、
そして世の中には俺以上にいろんな音を奏でられる人がいるんだって
背がピアノの高さを追い越して知った。…思い知った。

…どんなに頑張っても、俺じゃ出せない音の連なりを簡単に奏でる人間がいる。
才能というもの。努力の向こう側にいる奴ら。有限な自分。

それでもピアノが好きだった。
ピアノを好きなことだけは変わらなかった。

だから、今でもここから逃げ出せないんだと思う。
ここにいれば、鍵盤を叩いていられる。
ピアノに触れていられる。

誰にも批判されることなく
誰にも聞かれることなく

ずっと、あの頃の音を奏で続けることができる。


いま奏でている音が…俺の耳に届くことはないけれど。

;<暗転>


;<背景:店内,ウィンドウモード>
【佐々木】
「おう!兄ちゃんっ!」
【主人公】
「まだ帰ってなかったんですか?奥さん怒ってますよ?」
【佐々木】
「………今、実家なんだ…ガキ連れて」

軽いジョークのつもりが今度は地雷を踏んだ…
佐々木さん…だからあれほどパチンコ貯金はやめろって言ったじゃないですか…
…そんな追い討ちをかけるようなことは言わない。常連客には優しく。
じゃないとこの店つぶれるしな。うん。

ちなみに、パチンコで負けて帰ることを『パチンコ屋さんに貯金した』と言うらしいです。
ちょっと引き出すのがめんどうなだけで、銀行より高い利子で返ってくるそうです。
そんなバカな………ねぇ?

【主人公】
「………えっと、すいません」
【佐々木】
「…いいってことよっ!ほら、飲みねぇ」
【主人公】
「勤務中ですから」
【佐々木】
「ちっ…相変わらずピアノ弾いてるとき以外は無愛想だな…」
【主人公】
「…そうですか?変わりませんよ」

;<立ち絵:MEIKO;店服;楽しい>
;<立ち絵:オーナー;店服;普通>

【オーナー】
「そうでもないわよ?…あんた楽しそうに弾いてるじゃない」
【MEIKO】
「…(こくこく)」
【主人公】
「ま、どっちかっていえば楽しいですけど………別に、気のせいですよ」

;<立ち絵:MEIKO;店服;困り笑>

先ほどの怒りなどなかったかのようにオーナーがあらわれる。
この人は基本的に感情の移り変わりが激しいので(良い意味で)
怒りが持続することがないらしい。…基本的には。

【オーナー】
「む…」
【MEIKO】
『………』
【佐々木】
「ま、まぁ兄ちゃんもあんなオンボロピアノでよく弾けてんじゃ」

;<立ち絵:オーナー;店服;不機嫌>

【オーナー】
「おんぼろ?
 …ウチのおじいちゃんのピアノをけなすなんていい度胸じゃない」
【佐々木】
「!!…ちがっ…
 いや、そうじゃなくてだな…そりゃマスターは立派な人だったよ。
 今言いたかったのは…」

;<立ち絵:オーナー;店服;笑い>
;<立ち絵:MEIKO;店服;怖い>

【オーナー】
「ふふっ……うふふふふ」
【佐々木】
「…に、兄ちゃん…た助け」
【主人公】
「あきらめてください。逆鱗にふれた佐々木さんが悪いです」
【佐々木】
「そ、そんな…」
【オーナー】
「………佐々木さんっ
 …他のお客様のご迷惑にならないところに移動しましょう?」
【佐々木】
「ちょ、ちょっと…なぁっ…話せばわかるって、な?な?………うぁ…」
【MEIKO】
『………』

;<暗転>

…マスターというのは、オーナーの『敬愛する祖父』でこの居酒屋『早月』の以前の店主である。
オーナーの前で、彼のことを少しでも悪く言おうものなら…
従業員はもちろん常連客でさえ………

それから、佐々木さんがどうなったか誰も知らない………いや、普通に帰ってったけどさ…


;<背景:店内>
;<立ち絵:MEIKO;店服;普通>

【MEIKO】
『あの、せんぱい』
【主人公】
「どうした?」

こいつは、なぜか俺のことを先輩と呼ぶ。
まぁ、間違ってはないんだろうけど。なんかなぁ…ねぇ?
ちょいこそばゆい感じ?…なんだそりゃ。

【MEIKO】
『調律しないんですか?えと、ピアノ』
【主人公】
「しない」
【MEIKO】
『どうして…って聞いてもいいですか?』
【主人公】
「…しても仕方ないだろ?」
【MEIKO】
『…そんなこと』
【主人公】
「どっちにしろ、ここに来てる連中にはわからんし」
【MEIKO】
『………』
【主人公】
「…厨房の片付け、オーナーを手伝ってやれ」
【MEIKO】
『はい…』

;<立ち絵:消える>
;<暗転>

本当はわかってる。

調律されてないピアノのせいにできるから。
この耳で、まともな演奏なんてできるわけがないことくらい
自分でもわかってる。元々そんなに上手いわけじゃないし。

リズムも強弱も勘まかせ。
これで誰もが知ってるクリスマスソングなんて弾こうものなら
大ヒンシュクじゃないか…。

調律なんてしないで、誰も知らない自分の曲を奏でているのがいい。
楽しいし、誰にも否定されない。

だから、このままでいるのが一番心地いいんだ。

…否定される?だれに?
誰も俺の演奏なんて聞いていないのに?
誰かに聞いて欲しい?…今さら?

………ううむ。混沌としているな。うん。
しかも考えてること暗いし…ダメだダメだ…明るく、上向きに、楽しく………よしっ!
まったく、あいつが調律なんて言うからー………調律かぁ…


たいして役に立たない新戦力が加わった居酒屋『早月』の夜が終わった。
明日は店休日かぁ…ひさびさにゆっくり…

………

;<背景:白?>

まぶしい?

あれ、昨日カーテンしめたはず…なんで…まぁいいか眠いし…

ゴス
;<画面振動>
【主人公】
「げふぅっ」

;<背景:主人公部屋>
;<立ち絵:オーナー;私服;笑い>

【オーナー】
「ようやく起きたようね…おはよう、今日もいい天気よ」

顔を上げるとそこにはオーナー…
そっか…今の衝撃はおーなーの腹パンチだったんだー
………こうやってDV(?)に慣れてきている自分がイヤだなぁ…

それにしてもねむい…

【主人公】
「………あんたな」
【オーナー】
「お・は・よ・う」
【主人公】
「…おはようございます」
【オーナー】
「よし。朝ごはんできてるから」
【主人公】
「…あんたな、もう少しやさしく起こしてくれてもいいんじゃないですか」

;<立ち絵:オーナー;私服;普通>

【オーナー】
「………優しくって…キスでもして起こせばよかった?」
【主人公】
「………」
【オーナー】
「………」
【主人公】
「っ!!………おはようございます」

;<立ち絵:オーナー;私服;笑い>

【オーナー】
「よろしい」

目が覚めた。主に恐怖で。…恐怖だな、うん。それ以外のなにものでもないな、うん。
時刻は朝8時………おいおい、4時間も寝てないじゃんよ…

;<暗転>

………

;<背景:商店街>
;<立ち絵:MEIKO;私服;普通>

【MEIKO】
『あ、あの、せんぱい』
【主人公】
「なんだ?」
【MEIKO】
『その…すいません』
【主人公】
「別にいい。こうやって外歩くのも楽しいしな。…眠いけど」
【MEIKO】
『………』
【主人公】
「………」

せっかくの店休日…どうしてこんな状況になってるかというと

;<暗転>

;<背景:店内>
;<立ち絵:MEIKO;私服;普通>
;<立ち絵:オーナー;私服;笑い>
;<回想っぽくセピアな感じ?>

【オーナー】
「せっかくのお休みだし、あんたどうせヒマでしょ?
 あんた、メーコちゃんのお買い物に付き合いなさいっ!!」

という理不尽な鶴の一声(?)のお達しがあったからで…

;<暗転>
;<背景:商店街>
;<立ち絵:MEIKO;私服;普通>


【MEIKO】
『あ、あのあの』
【主人公】
「どうした?」
【MEIKO】
『すいません』
【主人公】
「…ま、いいって」
【MEIKO】
『………』
【主人公】
「………」

そこで「いや、あんたが行けよ」とか言える立場でもなく
しかたなく、こいつの日用品その他を買いに商店街までやってきたという…。
まぁ、たまに街をぶらつくのも楽しいからいいんだけどさ。

;<立ち絵:MEIKO;私服;慌てる>

【MEIKO】
『あのあのっ!』
【主人公】
「だから、別にいいってっ!」
【MEIKO】
『えっと…すいません…その…お店………通り過ぎてて
 あのごめんなさい…違うお店でもいいかもなんですけど
 オーナーさんのメモによると』
【主人公】
「…悪い」
【MEIKO】
『い、いえ、こちらこそっ』
【主人公】
「…で、どこの店だって?」
【MEIKO】
『そこの“セクスィーランジェリー☆キムラ”だそうです』
【主人公】
「………一人で入れ」
【MEIKO】
『えぇっ!?ムリですっ!!
 お買い物なんて、ほとんどしたことないのにっ!!』
【主人公】
「俺だって無理だっ!!こんなとこに男が入れるかっ!!」
【MEIKO】
『お願いしますよぅ…せんぱいぃ…だってほら、メモに~』
【主人公】
「………なんだよ、このメモ」

	;<暗転>

手の上で弄ばれている気がしていたが
メモを確認するとそれは確信に変わった。とりあえず見なかったことにしよう。
これって、セクハラか?職場内イジメ?

店休日…週に一度の自由な時間…
確かに俺は無趣味だけど、これはひどくないですか?

ていうか、昨日から思っていたけど、こいつ本当にロボットか?
ポンコツにしても程がないか?ロボット三等兵?…なんだそれ?
一人で買い物したことないって…22世紀の某ネコミミロボットでも自分でドラヤキ買ってたぞ…

………

買い物も一通り終わって、精神的・肉体的に打ちのめされていた。
さりとて…どんな絶望的な状況でも腹は減る。いや、絶望的な状況だからこそ、空腹になるのか。
深遠な問題だ………そこまで深くもないけど。“さりとて”って使ってみたかっただけだけど。

ていうか、もう昼過ぎてるし。
ってわけで、ファーストフードなハンバーガーショップに行ったのだが…

;<背景:商店街>
;<立ち絵:MEIKO;私服;恥ずい>

【主人公】
「…おまえはヤギかと」
【MEIKO】
『だって、知らなかったんですもん…』
【主人公】
「いや…周りの人間を見て、だれが紙ごとバーガー食ってたよ…」
【MEIKO】
『は、初めてだったんですよぉ!』
【主人公】
「ていうか、おまえ、ロボットのくせにメシ食うの?」
【MEIKO】
『ぼ、ボーカロイドです…』
【主人公】
「ん?」
【MEIKO】
『ロボットじゃなくって…』
【主人公】
「前に、自分で“歌って踊れるロボットだ”って」
【MEIKO】
『あ、あれは、説明をかんたんにするためにぃ…』
【主人公】
「うるさいヤギロボット」
【MEIKO】
『うぅ…ひどいです…』

	;<暗転>

なかなか楽しい昼食だった。
どうも、このロボットは一般常識が欠けているらしい。
このまま野に放つとロクなことにならない気がするので
この際、いろいろ教えておくことにしよう。

;<背景:商店街>
;<立ち絵:MEIKO;私服;不満>

【主人公】
「とりあえず、あれが信号だ。青になったらこの横断歩道を渡れる」
【MEIKO】
『…そ、それくらい知ってますよぅ』

	;<暗転>

………

『歌』が聞こえたような気がした。ひさしぶり…
やさしい、やわらかい声。穏やかな旋律。…子守唄?

暖かな日差し…心地よい風…透き通る歌声。
声?…そんなもの聞こえるわけない…ああ、なんだこれ夢か…

目が覚める…ってか、寝てたのか俺。

;<背景:CG01(膝枕MEIKO)>

【MEIKO】
『あ、起きちゃいました?うるさかったですか?
 …って、そんなわけないですよね』
【主人公】
「………ああ、そんなわけないな」
【MEIKO】
『あはは…』

やっぱり、あの歌は夢だったか……きれいな歌声だったけどなぁ…
…ていうか、この状況………ひざまくら?
やわらかいな、すべすべだし…じゃない!違うだろ?そうじゃないだろ?

ええっと、こういうのって材質なにを使ってこんなにすべすべやわらか

………起きぬけで頭が混乱しているのかもしれない
いや、これはふつーに混乱している。
状況を整理してみよう。うん。

えーっと、商店街の案内とか終わって…そういえば、公園で休んでいくことになったんだっけ?
天気もいいし。ぽかぽかだし。
で…なんで俺は寝てるんだ?やわらかい膝枕で?
…って、そうじゃなくて、とりあえず退かないと

【主人公】
「………悪い、重いだろ?」
【MEIKO】
『いいえ、ぜんぜんですよ~』
【主人公】
「…おまえなぁ」
【MEIKO】
『はい?』
【主人公】
「そこで、『そうですね、足がしびれてきました』とか言えば
 俺も『あー悪かったなぁ…今どくから』っていう感じでこの状況から難なく離脱できるだろ?」
【MEIKO】
『え?あの、でもわたし足しびれませんし………もしかして迷惑でしたか?
 その…せんぱい、芝生でねててマクラなかったから…』
【主人公】
「いや迷惑とかそういうことじゃなくて、どちらかといえば心地よいっていうか
 べ、別に初めてひざまくらしてもらって浮かれてるわけじゃなくてだな」
【MEIKO】
『えっと…じゃあどうすれば』
【主人公】
「…と、とりあえず、もうちょいこのまま…いいか?」
【MEIKO】
『…はい。だいじょぶです』
【主人公】
「………」
【MEIKO】
『………』
【主人公】
「お、おまえさ…」
【MEIKO】
『ゅ?』
【主人公】
「…いや、間が持たなくなったとかじゃないぞ?」
【MEIKO】
『え?はぁ』
【主人公】
「さっき、俺が起きる前…歌ってたのか?」
【MEIKO】
『……はい、歌って、ました』
【主人公】
「好きなんだな。歌うの」
【MEIKO】
『…はい、たぶん』
【主人公】
「…たぶん、なのか?
 …声が出せなくても歌ってるって、かなり好きなんじゃないか?」
【MEIKO】
『…どうなんでしょう?』
【主人公】
「は?」
【MEIKO】
『ふつうボーカロイドって、こんなに笑ったり、困ったりしないんです。
 …ただ歌うだけの人の形をしたキカイ。それがボーカロイドなんです』
【主人公】
「そうなのか?
 俺は、おまえ以外のは見たことないから知らないけど」
【MEIKO】
『はい。これって、ジッケンでついてるキノウなんです。
 できるだけ、にんげんに近づけるように…って』
【主人公】
「…ふむ」
【MEIKO】
『それで、そんなキノウつけちゃったらプログラムがゴチャゴチャで
 歌えなくなっちゃったらしいんです。ジッケン、失敗しちゃったんですね』

…よくわからないようなわかるような。
とにかく特殊なボーカロイドということらしい。

【MEIKO】
『だから、わたし、歌えてたころって、
 好きとかそういう感情なかったんです』
【主人公】
「…そう、か」
【MEIKO】
『でもですねっ!』
【主人公】
「?」
【MEIKO】
『……好きだったと、思うんです。
 昔の…感情とかなかったころの自分も』
【主人公】
「………」
【MEIKO】
『だから、きっと歌えない今も、歌が好きなんじゃないかなって』
【主人公】
「…そうかもな」
【MEIKO】
『はいっ!
 …せんぱいも好きですよね?ピアノ』
【主人公】
「………たぶん、な」

好きかどうか…面と向かって聞かれるのは気恥ずかしい。
昔はこいつみたいに、ためらいなく言えてたはずなのに。

【MEIKO】
『…たぶん、ですか?』
【主人公】
「ああ…」
【MEIKO】
『ふふっ』
【主人公】
「………」
【MEIKO】
『あれ?どうしました?』
【主人公】
「…なんでもない」

;<背景:黒>
初めて笑っているMEIKOを見た気がした。
いつもの困ったような笑みじゃない、本当の笑顔。

なんのためらいもなく、歌を好きだといって笑う“女の子”。

………見とれてたなんて言えるわけがない。
………
;<背景:黒>

それから、店での何気ない毎日が続いた。

;<背景:店内,>
いつもどおりの店内。混むこともなく。暇でもなく。
オーダーが止まったので皿洗い係の様子を見に行くことにする。

;<立ち絵:MEIKO>
【主人公】
「…?」
【MEIKO】
「!!」
【主人公】
「おい」
【MEIKO】
『す、すいませんっ!ごめんなさい!!』
【主人公】
「………いや、なにが?」
【MEIKO】
『…え?』
【主人公】
「いや…今、なんか、すっごく挙動不審な動きを」
【MEIKO】
『わ、わってません!』
【主人公】
「は?」
【MEIKO】
『いやその、わっちゃったんですけど…そのお皿』
【主人公】
「ああ」
【MEIKO】
『えっと、これってやっぱり…
 わたし、クビですか?クビですよね?そうですよね?』
【主人公】
「いや…それはないだろう」
【MEIKO】
『ほ、ほんとですか?』
【主人公】
「…ああ、オーナーの割ってる数に比べれば」
【MEIKO】
『…そんなに?』
【主人公】
「………ああ」
【MEIKO】
『…あ』
【主人公】
「だからこれも、今のうちに片付けてしまえば気づかれない」
【MEIKO】
『えぇっ!でもでも』
【主人公】
「…大丈夫だ。
 どうせ、あの人は、自分が今まで割ってきた皿の枚数なんて覚えて」

ぽんっと肩に手を乗せられる。
あぁ…これってあれだな…よくコントとかで…

【オーナー】
「今週は昨日までの時点で、9枚よ」
;<立ち絵:オーナー>
【MEIKO】
『後ろに』
【主人公】
「………」
【オーナー】
「さあて、覚悟はできてるわね~」
【MEIKO】
『………』
【主人公】
「………」
…俺、何も悪いことしてないんだけどなぁ

;<暗転>
………
閉店後…

;<背景:店内,立ち絵:MEIKO,オーナー>
【オーナー】
「ちょっとメーコちゃんっ!ビールっ!注いでっ!」
【MEIKO】
『え?え?え?』
【オーナー】
「早くっ!!」
【MEIKO】
『えっと…こんなかんじ?』
【オーナー】
「………ちっがーうっ!!
 このボケロボットっ!!お酌すらできないの!?
 こんな泡だらけ…あんたビールの神様に失礼だと思わないのっ?!」
【MEIKO】
『び、びーるの?…って、あのロボットじゃなくて』
【オーナー】
「うるさいっ!!…そうね、教えてあげるわ。手取り足取り…ふふっ」
【MEIKO】
『はいっ!そ、そのっよろしくお願いしますっ』
【オーナー】
「まず…ビール瓶の持ち方がなっとらんっ!!なんだその持ち方はっ!!
 そこらのぺーぺーの学生でもラベルくらいは上にするぞっ!!
 メーカーの方々に謝罪しなさいっ!!」
【MEIKO】
『すっすいませんー!!』
【オーナー】
「声が小さいっ!!」
【MEIKO】
『声でないんですよぅ…』
【主人公】
「とりあえず仕事しろあんたら。してくれ…」
;<暗転>

オーナーの理不尽さに耐える…そんな日常。
………
また、ある日…

;<背景:店内,立ち絵:MEIKO,オーナー>
【佐々木】
「ようメイコちゃんっ」
【MEIKO】
『きゃぁっ!!』
【オーナー】
「佐々木さん、踊り子にさわるのはダ・メ・よ~」
【MEIKO】
『お、おどり子っ!?おどり子ってわたしのことですか…?』
【佐々木】
「そういや、メイコちゃん歌って踊れるロボットだったなぁ」

“ボーカロイド です!!”

【オーナー】
「いや、そんなことはどうでもいいんだけど」
【MEIKO】
『そんなこと、ですよね…そうですね…
 さいしょにゆったわたしがわるいんです…』
【オーナー】
「なんで踊らないの?
 …いや、よくあいつのピアノに合わせて歌ってるのは見るんだけど」
【MEIKO】
『それはピアノの曲調が踊りにくい…』
【主人公】
「…ま、まぁ、俺の曲なんて…
 どうせ、暗い曲だろうし、踊るようなもんじゃ」
【MEIKO】
『ち、ちがうんです、せんぱいが悪いんじゃなくて
 わたしのキノウのもんだいでっ』
【佐々木】
「…んーこうなっちゃうと、俺らにはわからんなぁ」
【オーナー】
「二人の世界ってヤツよねぇ
 …私も多少は唇読めるけど、あそこまでは…」
【MEIKO】
『そ、そんなんじゃ』
【主人公】
「いや、そういうつもりじゃ」
【オーナー】
「はいはい、ごちそうさまごちそうさま」
;<暗転>

常連客に絡まれたり…そんな日常。
………
そして…

;<背景:店内,立ち絵:MEIKO>
【MEIKO】
『え?せんぱいっ!
 ここに、おさとう100グラムだって書いてありますよ?!』
【主人公】
「いや、こういうのは勘でなんとか」
【MEIKO】
『ぜったい、それ130グラムくらいありますよぅ』
【主人公】
「…おまえ、その30グラムで何が変わると」
【MEIKO】
『…あ、甘くなりますよ?』
【主人公】
「ホットケーキは甘くてもいいだろ…」
【MEIKO】
『…おさとうをたくさんとるとトーニュー病になるんですよ?!
わたし、知ってます!』

某経営側から要求があったため、こうしてホットケーキを作っているわけだが
…相変わらずロボっぽくないやつ。

【主人公】
「………糖尿病だろ」
【MEIKO】
『そ、そうです!それ!だから、ちゃんと計って』

閉店後、オーナーが突然「ホットケーキが食べたい」とのたまった…
まぁ、それはいつものこと。しかし、今回こいつが手伝うなどと言い出した。

【主人公】
「………」
【MEIKO】
『あぁっ!!』
【主人公】
「あとは、混ぜて…」
【MEIKO】
『せんぱい…ひどいです…』
【主人公】
「いや、おまえは糖尿病とか大丈夫だろう…」

こいつが手伝ったところで作業が楽になるわけはなく…
ホットケーキの作り方を教えつつ、もたもたと作っているわけで
俺の睡眠時間は順調に削られていくのだった…

【MEIKO】
『こういうのって、パワハラとかになるんじゃないですか?』
【主人公】
「ならないだろ…パワハラっていうのは」

【オーナー】
「ねーまだぁ?ホットケーキ。おなかペコペコなんだけど」
;<立ち絵:オーナー>

【主人公】
「………こういう人のコトだ」
【MEIKO】
『………』
【オーナー】
「え?なに?何の話?」
【主人公】
「あと、少しで焼きあがりますから、テレビでも見ててください」
【オーナー】
「通販見ててもつまんないしー…って
 もしかしてっ!私には聞かせられない話っ!?
 Y談もしかしてY談でしょっ!!」
【主人公】
「…セクハラも追加しときます」
【オーナー】
「なによー!!もーっ!!」
【主人公】
「いたいっ!!ちょっとオーナー?
 それって折れる方向………ぎゃーーーっ」
【MEIKO】
『あははは…』

そして、もちろんオーナー御自らの妨害行為も…

;<背景:店内,立ち絵:MEIKO,オーナー>
サブミッションを数種類かけられた後、解放された。
どうやら本気で空腹らしい。とっとと焼いて食って寝てもらうことにする。

フライパンの上でホットケーキをひっくり返す。

【MEIKO】
『うわ…じょうずです』
【主人公】
「…これくらい普通だ」
【MEIKO】
『せんぱい、なんでお店でつくらないんですか?』
【主人公】
「それは…」
【オーナー】
「なになに?何の話?」
【MEIKO】
『えと』

“せんぱいは どうしてお店で おりょうり つくらないのかな? って”

【オーナー】
「あたりまえでしょ?
 なんでこの私があくせく料理はこばなきゃなのよ?」
【MEIKO】
『…はぁ』
【オーナー】
「私は優雅に…そう優雅にキッチンで料理を作り続けるのっ!」
【主人公】
「………」

昔はオムレツすら満足に作れなかったくせによく言う…

【オーナー】
「…なによ?」
【主人公】
「………さ、できましたよー。冷めないうちに早く食べましょう。
 ホットケーキは冷えたらふつうのケーキになっちゃいますし」
【MEIKO】
『そっそうなんですか!?』
【オーナー】
「………」
【主人公】
「………」
;<暗転>

みんなで夜食をつくったり…そんな日常。
………

;<背景:店内,立ち絵:MEIKO>
ピアノのそばにMEIKOが立つ。
もう閉店間際、二人ともほとんど仕事はない。

【MEIKO】
『じゃあ歌いますね』
【主人公】
「…勝手にすればいい。どうせ客には聞こえない」
【MEIKO】
『あはは…そうですね』
【主人公】
「ああ」
【MEIKO】
『でも、せんぱいは』
【主人公】
「ん?」
【MEIKO】
『…せんぱいは、“聞いて”くれるんですよね?』
【主人公】
「………視界に入ったらな」
【MEIKO】
『えへへへ…』
【主人公】
「…はじめるぞ」
【MEIKO】
『はいっ』

;<暗転>
そして、俺のピアノとともに“歌う”…そんな日常。

オーナーと二人きりだった生活に
MEIKOが入ってきた日常…
穏やかでにぎやかな日常。

それがだんだん当たり前になってきていた。
まるで、最初から三人で生活していたように。

………
――次の店休日がやってきた。

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最終更新:2008年11月07日 03:00