;<背景:黒,独白モード>
彼がピアノを弾かなくなって2週間が経つ。

…彼女が連れて行かれて2週間。

彼の表情に懐かしいものを感じる。
思えば、彼女が店に来て、彼は変わっていたんだろう。

今の彼は、出会った頃の彼を思い出させる。

彼と出会った頃
一人になってしまった頃

…あの頃の自分を思い出させる。



A Fairy Tale in the Small Bar
終章『―Requiem―』


    ;<ウィンドウモード>
    ;<背景:店内>

いつもどおりの店内。混むこともなく。暇でもなく。
…なにも変わらない。

【佐々木】
「兄ちゃん」
【主人公】
「注文ですか?しばらくお待ちくだ」
【佐々木】
「あ、いや、そうじゃなく」
【主人公】
「えっと…お会計?まだ来たばっかり」
【佐々木】
「…最近、ピアノひかねぇな」
【主人公】
「………」

ピアノか…

【佐々木】
「ちょっと聞きたくなってな。
なぁに、メイコちゃんがいなくても、兄ちゃんのピアノだけで」

    ;<立ち絵:オーナー>


【オーナー】
「あ、ごめんね~。今、ピアノちょっと壊れてるのよ~」
【主人公】
「オーナー?」
【佐々木】
「あ、あぁ、そうなんかい」
【オーナー】
「そうなの。オンボロだしね。
修理代が厳しくてね~」
【佐々木】
「…いや、俺はてっきりメイコちゃんに逃げられて…あ」
【オーナー】
「佐々木さんっ………修理代がないのよね~」
【佐々木】
「いや、あのな」
【オーナー】
「…このお酒なんてどう?地酒なんだけど」
【佐々木】
「…あ、いやな、って、高っ!?」
【オーナー】
「………まだ閉店まで結構あるわよ~?」


    ;<暗転>


弾けなかった。
あいつが連れて行かれてから、ピアノを見ることさえイヤになった。

………

閉店後、片付けの前に、オーナーにさっきのことを聞きたかった。

    ;<背景:店内,立ち絵:オーナー>



【主人公】
「オーナー」
【オーナー】
「なに?片付け終わったの?」
【主人公】
「いや、まだですけど」
【オーナー】
「じゃ、とっとと終わらせなさい。こっちだって、まだ洗い物がっ
…くっそぉ…しつこい油汚れめ…」
【主人公】
「…ピアノ、壊れてません」

壊れてないどころか調律したばかり。
…調律してから1度しか弾いてない。

【オーナー】
「…だから?」
【主人公】
「なんで、あんなこと」
【オーナー】
「なにか問題が?」
【主人公】
「………あいつのこと…なんで、なんで責めないんですか?
俺、あいつを行かせた…止めなかったのに」
【オーナー】
「…あのねぇ、従業員」
【主人公】
「は?」
【オーナー】
「私には経営者としての判断があるの。
あんたは黙ってそれに従いなさい」
【主人公】
「…でもっ」
【オーナー】
「従いなさいっ!」
【主人公】
「………オーナーだって、あいつのこと」
【オーナー】
「いいから従えってんだろうがっ」
【主人公】
「…はい」
【オーナー】
「よし、じゃあ、次の店休日は動物園ねっ」
【主人公】
「…はい………って、なんで?しかも店休日って、明日じゃないですか!?」
【オーナー】
「そうよっ、だからとっとと片づけを終わらせなさいっ!明日の朝は早いわよ~」
【主人公】
「いや、オーナー、あんた」
【オーナー】
「ぐだぐだ言ってると、あんた昼ゴハン抜きよ?」

    ;<暗転>


横暴なオーナー。
あいつが来る前のいつも。二人の日常。
それに癒される自分がいた。

…あいつのことを忘れようとしている自分がいた。

………



    ;<背景:黒,独白モード>




メーコちゃんがいなくなったと聞いたとき、
あのときと同じ痛みが、胸に走った。

覚えてる。
あの冬の日のこと。
忘れたい日のこと。

祖父が死んだあの日…ひとりになった日のこと。

周りからいなくなる親しい人たち。置いていかれる自分。さみしい。
独りは嫌。一人はイヤ。ひとりは…いや。さみしいのは…いや。

でも、ひとりでいれば…もうひとりになることはない。
だから一人でいたのに。

なのに…なんで、あいつを店に誘ったりしたんだろう。
なんであの子を店に誘ったりしたんだろう。
罪悪感?あわれみ?同情?

…さみしかったから?

あの子がいなくなって、ひさしぶりに感じた…さみしさ。欠けた感じ。

彼だけは。あいつだけは、そばに。

言えなかった。
責められなかった。
だって、彼がいなくなるかもしれないから。

連れ戻せなんて言えなかった。
大事な子だったのに。好きだったのに。
でも、それで、彼までいなくなってしまうのなら――
………




    ;<ウィンドウモード>
    ;<背景:動物園(檻前),立ち絵:オーナー>





【オーナー】
「ふぅ…やっぱり、動物園はキリンよね」
【主人公】
「…そうですか」
【オーナー】
「早く来た甲斐があったわ。ベストポジションよ」
【主人公】
「…よかったですね」

開園1時間前から並んでいた客はさすがに俺たちだけだった。
もちろん、そのために今日は3時間も寝ていない。
…俺が起きたとき、弁当を完成させていたこの人は、いったいいつ寝たのだろう。

【オーナー】
「…ノリが悪いわね~」
【主人公】
「いや、眠いだけです」
【オーナー】
「あの長い首を見なさいっ」
【主人公】
「…ながいっすね」
【オーナー】
「興奮しない?どきどきしない?目、覚めない?」
【主人公】
「俺…ノーマルな趣味しかないです」
【オーナー】
「知ってる?キリンの首の骨って、あんなに長いのに
人間の首の骨の数と一緒なのよ?すごくない?」
【主人公】
「…すごいっすね」
【オーナー】
「ほんとよね~。生命の進化って、すごいと思うの。例えば、古典的なところで
ガラパゴスの」


このパターンは良くない。
動物園マニアのこの人は、こうやって動物まめ知識を延々と語り続ける。
…逃げないと。

【主人公】
「あの、トイレ」
【オーナー】
「うるさい、聞け」
【主人公】
「で、でも、漏れ」
【オーナー】
「いいから、こっからがいい話なんだからっ!我慢なさい!!」
【主人公】
「………」

…オーナーの講義は1時間を越えた。
途中、本気で尿意を催したが言える雰囲気ではない。

【オーナー】
「でね、思うの。ここみたいに、まず人気の動物の配置を…」

    ;<暗転>


…まだ続くのか。

………

    ;<背景:動物園,立ち絵:オーナー>



【オーナー】
「ふぅ~たんのうした~」
【主人公】
「そうでしょうね…そうでしょうとも」

キリンの檻の前で、3時間も足を止めていたのは、もちろん俺たちだけだった。

【オーナー】
「あ、観覧車」
【主人公】
「………」
【オーナー】
「知ってる?ここの観覧車にのったカップルは永遠に結ばれるか、
1ヶ月持たないんだって」
【主人公】
「…そう、なんですね」
【オーナー】
「ま~私の高校のころ流行った噂だけどね~。ジンクスってヤツ?」
【主人公】
「………」


    ;<背景:CG02(MEIKO観覧車,セピアな感じ)>



観覧車に乗ったカップル…俺たちも当てはまるんだろうか…

    ;<背景:動物園,立ち絵:オーナー>



【オーナー】
「おい」
【主人公】
「なっ、なんでしょう」
【オーナー】
「あ、いや、なんでそんな悲しそうな…じゃない
………あんた、いま私の話聞いてなかったでしょっ?」
【主人公】
「へ?あ、すいません…」
【オーナー】
「あんたね、謝るくらいなら…ていうか、声聞こえないの知ってるんだから、
私の顔見てなかったら聞いてないのバレバレなのよ」
【主人公】
「…ま、まぁ、そうですね」

確かに、唇や表情を見つめていないと
なにを言っているのかわからない。




【オーナー】
「だから」
【主人公】
「はい」
【オーナー】
「………あんたは、私の顔だけみてればいいのよ」
【主人公】
「はい…ってそれじゃ、俺、動物園に来ても動物見れないじゃないですか?!」
【オーナー】
「いいでしょ?そのへんのサルとかキジとかの顔より、私の顔を見なさいっ!」
【主人公】
「そんなひどいっ!!」
【オーナー】
「うるさいっ!!従業員は素直に経営者に尽くせっ!!」
【主人公】
「いや、あんた、そんなこと言ってると、こっちだってストライキとかっ」

急にオーナーの表情が緩む。

【オーナー】
「………元気、でた?」
【主人公】
「…すいません。気ぃ使わせちゃって」

そっか…オーナー、俺のために…

【オーナー】
「ま、従業員のケアも経営者の…義務みたいなもんよ」
【主人公】
「…ありがとうございます。わざわざ、こんなところまで」
【オーナー】
「…うんうん、感謝しろよ………こんなとこ?」
【主人公】
「え、いや、わざわざ、動物園まで来て励ましてもらって」
【オーナー】
「あ、ここに来たのは別にあんたのためじゃないわよ?」
【主人公】
「…へ?」
【オーナー】
「私が動物園が好きだから」
【主人公】
「…そんなとこだろうと思ってました」
【オーナー】
「うん。ま、励まそうかなーという考えもないことはなかったけど」
【主人公】
「そうですね…オーナーが、そんな…そうですよね、ありえないですね」
【オーナー】
「…なんか、すごく失礼なこと伏せてない?」
【主人公】
「そんなことないです。オーナーは繊細で優しい素敵な女性です」
【オーナー】
「そ、そうかな?」
【主人公】
「………」

皮肉で、喜ばれても…罪悪感が芽生えるじゃないですか…

【オーナー】
「…私ね、動物園好きなのよ」
【主人公】
「さっき聞きました」
【オーナー】
「ほら、動物園に来るとさ…
楽しかった家族との思い出とか思い出せそうな気がするじゃない?」

楽しかった家族との思い出か…。
そんなもの、俺にはない。

【主人公】
「…そうですか」
【オーナー】
「…あははっ、まぁ、そんなの無いんだけどね」
【主人公】
「え?」
【オーナー】
「どうしたの?マメにハト鉄砲当てられたような顔して?」
【主人公】
「…それ、セクハラのつもりですか?
…じゃなくて、えっと…動物園好きなんじゃ」
【オーナー】
「好きよ~?…たいてい、一人で来てたけどね」
【主人公】
「………」
【オーナー】
「なに?あんたも似たようなもんでしょ?」
【主人公】
「…そうですね」

ああ、一緒なんだ。
この人も、ずっとひとりなんだ。

【オーナー】
「誰かが…親しい誰かがいなくなるのはイヤじゃない?
私はどうしてもイヤ…周りから一人いなくなるたびに、すっごい喪失感があるわ」
【主人公】
「はい…」
【オーナー】
「ずっと一人でいれば、一人でいることができれば
そういうの味わわなくてすむけど…やっぱり一人って、さみしいから」
【主人公】
「…俺みたいなの引き込んじゃう?」
【オーナー】
「そ、ね。…ねぇ、メーコちゃんがいなくなってどう?」
【主人公】
「…俺も、オーナーと一緒です」
【オーナー】
「…そう」

    ;<暗転>



あのときのマツダの問い
「なぜMEIKOを渡せないのか?」
…今ならわかる。

嫌だったんだ。
誰かが自分の前から居なくなるのは
親しい人であればあるほど

機能なんて、人間かどうかなんて関係なかった。
ただ、あいつが連れて行かれるのを止めたかったんだ。

………



日が落ちてきた。
時計を見るとそろそろ閉園の時間…。昼が長くなっているのを感じる。

    ;<背景:動物園,立ち絵:オーナー>



【オーナー】
「さぁて、そろそろ帰ろっか?」
【主人公】
「オーナー」
【オーナー】
「ん?」
【主人公】
「明日、お休みもらえますか?」
【オーナー】
「………メーコちゃん?」
【主人公】
「はい、もう一度、会ってみようって…」
【オーナー】
「…そっか。仕方ないわねぇ」
【主人公】
「…まぁ、昼間に行くので、たぶん、開店には間に合うと思うんですけど」
【オーナー】
「いいわよ、行っといで」
【主人公】
「すいません」
【オーナー】
「………行っちゃえ、ばか」
【主人公】
「…すいません」
………


マツダの研究所にむかい、受付で呼び出す。

    ;<背景:研究所,立ち絵:マツダ>


【マツダ】
「あ、ああ、誰かと思えば…えーっとーあーそうそう、あの店のピアノの」
【主人公】
「どうも」
【マツダ】
「で、なにしに?
悪いんだけどさ…僕も忙しいからつまんないことで呼び出さないで欲しいんだけど」

…歓迎を期待してたわけじゃないが、こいつ本当に社会人か?

【主人公】
「あいつ…MEIKOに会いに」
【マツダ】
「ないけど?」
【主人公】
「いないって、じゃあどこに」
【マツダ】
「ちがうちがう。“いない”じゃなくて“無い”んだって、もう」

………


【主人公】
「かい、たい?」

わけがわからない

【マツダ】
「うん。解体済み。確認もしてある」
【主人公】
「なんで?」
【マツダ】
「必要なくなったからね。特に他に用途なかったし。
無駄なスペース無いんだよね、ウチ」
【マツダ】
「もちろん観測データとプログラムだけは保存してあるけど。
記憶領域は躯体についてるものだったし」
【マツダ】
「まぁ、新しい躯体でなんとか上手くいきそうだしね。
今のところ、特に問題は起きてないし」
【マツダ】
「今度こそ、いい結果だせるんじゃないかってね、みんなハリキってるところ」

なにをいってるんだ?こいつは?
MEIKOに会えない?
もう、いない?

【主人公】
「ほんとに、もう?」
【マツダ】
「…もうちょっと早く来たら、解体前に見せてあげるくらいできたのに」


    ;<暗転>

もうちょっと早く…?
俺が、もっと早く…

………



    ;<背景:店内,立ち絵:オーナー>




【オーナー】
「…おかえり」
【主人公】
「………あれ?今日」
【オーナー】
「残念ながら、お客あんまり来ないから、今日は休業」

…待っててくれたんだろうな、きっと。
俺と…MEIKOを。

【主人公】
「…すいません。無理でした」
【オーナー】
「そっか」
【主人公】
「………はい、すいません」
【オーナー】
「…飲むわよ?」


【主人公】
「え」
【オーナー】
「いいじゃない、たまには。
いっつも飲んでる連中の相手ばっかで、私ら飲んでないんだし」
【主人公】
「そりゃ…そういう商売」
【オーナー】
「たまには、いいじゃん?ね?…たまには、さ」
【主人公】
「………そうですね」

飲むのもいいかな…たまには酔っ払ってみるのもいいか…

………

【オーナー】
「そっか…もう」
【主人公】
「はい…」

研究所であったことを…
間に合わなかったことを話した。

【オーナー】
「………残念だったわね」
【主人公】
「すいません、俺がもっと早く…」
【オーナー】
「ん…そうね」
【主人公】
「すいません…」
【オーナー】
「ね?」
【主人公】
「え?」

襟元をつかまれ、ひきよせられる。




【オーナー】
「目を、つむれ」
【主人公】
「…え、あの」
【オーナー】
「いいからっ」

    ;<暗転>


目を閉じる。
殴られる?
…でも、そうされても仕方ない、か。

さらに身を引き寄せられる…投げか、サブミッションか…
ほのかに柑橘系の香りを感じる。オーナーの香水か…

肩に手をかけられる。



…唇に暖かいやわらかい感触。

目を開ける。

    ;<背景:店内,立ち絵:オーナー>



【オーナー】
「…誰が、目あけていいって言った?」
【主人公】
「………あんた、なにを」
【オーナー】
「…うるさい、ばか。黙って目閉じてろ…ばか」

彼女の顔が迫る。
思わず、目を閉じる。

    ;<暗転>



…やわらかくて、しめった何かが、口に押し付けられる。

    ;<背景:店内,立ち絵:オーナー>



【主人公】
「…あの」
【オーナー】
「…ね、いいじゃない、二人でもさ。一人よりはアレだし」
【主人公】
「………」
【オーナー】
「二人でもいい、よね?」
【主人公】
「………はい」
【オーナー】
「ひとりってさ、さみしいじゃない」
【主人公】
「…そうですね」
【オーナー】
「…それって、ひとりになんないとわかんないし、
ずっとみんなでいると忘れちゃいそうになるけど」
【主人公】
「はい」
【オーナー】
「やっぱり、ひとりはさみしい」
【主人公】
「…はい」

さみしい…どんなに否定しても、どんなに自分を騙しても
…ひとりはさみしい。

【オーナー】
「おじいちゃんがね、いたの」
【主人公】
「…前のオーナー?」
【オーナー】
「うん。大好きだった。でも、死んじゃったんだ。事故で、トラックにはねられて」
【主人公】
「………」

トラック…
事故…

【オーナー】
「おじいちゃん、厨房でコックでさ、店の中では店長って呼ばないと怒られて」
【オーナー】
「買出しから帰ったら、いなくなってて、電話があって」
【オーナー】
「死んだって、言われて」
【オーナー】
「つづけていこうって思ったの。ここはおじいちゃんの店だし。
…思い出もたくさんあるし」
【オーナー】
「で、コック募集して、アルバイト雇って」
【オーナー】
「なんとか、続けてようと思ったんだ………でもね」
【オーナー】
「オーダーをね、厨房に持っていったとき、愕然としたわ。
いなかったの、そこには」
【オーナー】
「やさしく微笑みかけてくれるおじいちゃん」
【オーナー】
「…ひとりだって、気づいた」
【オーナー】
「自分はひとりになったんだって。誰もそばにはいてくれないんだって」
【オーナー】
「親とか他の家族なんて最初からいないようなものだったし」
【オーナー】
「おじいちゃんだけが、家族だった」
【オーナー】
「だからね、あの日…あんたが、私を助けてくれた日
…ホントは死ぬつもりだったんだ」
【主人公】
「…え?」

あの日、俺が音を失った日。
あのときの…?

【オーナー】
「おじいちゃんと同じとこで、同じように死んだら…もしかしたらって」
【オーナー】
「気づかなかったでしょ?
あんたが、命かけて、助けた女って、ホントは生きたくなかったの」
【オーナー】
「ごめんね…ずっと言えなかった。あんたの耳、私のせいなのに」
【オーナー】
「ごめん、なさい」

    ;<暗転>


オーナーが頭を下げる。
…ちがう。オーナーが悪いんじゃない。
だってあれは…


【主人公】
「オーナーを助けたのは俺のワガママですから」

    ;<背景立ち絵戻す>



【オーナー】
「………え?」
【主人公】
「あそこで、誰かが死ぬの見るのがイヤだったんです」
【主人公】
「自分が、見たくなくて、それで」
【主人公】
「体が動いて」
【主人公】
「すいません」
【オーナー】
「そっか…」
【主人公】
「…すいません」
【オーナー】
「………じゃあ、おあいこってことで」
【主人公】
「いいんですか?」
【オーナー】
「いいよ、私は」
【主人公】
「だったら、いいんじゃないですか」
【オーナー】
「…そうね。
ねぇ…あんたは、どこにも行かない?」
【主人公】
「そばにいます」
【オーナー】
「ずっと?」
【主人公】
「はい」
【オーナー】
「それって、プロポーズ?」
【主人公】
「…そうですね、それもいいかもしれません」
【オーナー】
「そう、だね」

    ;<暗転>



その日は夜遅くまで、言葉もなく杯を傾けつづけた。


【オーナー】
「ね、いっしょにさ?」
【主人公】
「いいですね…それも。家族、俺も欲しいです」



………

    ;<背景:店内,立ち絵:オーナー>



Bgm bgm3001.ogg

【主人公】
「あっ、ま、また、そんな重いものっ」
【オーナー】
「…なに?あんた、私にマドラーより重いもの持たせないつもり?」
【主人公】
「で、でも、おなかのっ」
【オーナー】
「いいのよ。少しくらい運動した方が…お客さん、待ってるわよ。
さっさと弾いてきなさいっ」

    ;<暗転>


………

あいつがいなくなって、だいぶ経った。

もう、思い出すこともあまりなくなったけれど
きっと忘れることはないと思う。


    ;<背景:店内>


【佐々木】
「おう、兄ちゃんっ」
【主人公】
「佐々木さん」
【佐々木】
「今日も楽しみにしてるぜっ」
【主人公】
「…お世辞でも嬉しいです」
【佐々木】
「バッカおめぇ、男にんなことすっかよ」
【主人公】
「………そうですね」
【佐々木】
「ほんと、最近、めちゃくちゃ良くなったぜ?
メイコちゃんが来る前は聞いても聞かなくてもよかったけど
今じゃ聞かずには…って………すまん」
【主人公】
「あ、気にしないで下さい」
【佐々木】
「ま、まぁ、マジで最近の兄ちゃんのピアノはいいよ。
ほら、他の客だって静かにしてるだろ?」
【主人公】
「…佐々木さん、何かリクエストありますか?」
【佐々木】
「お、なんでぇ、新しいサービスかい?」
【主人公】
「まぁ…そんなとこです。」
【佐々木】
「じゃ、あれ聞かせてくれよ、あの、メイコちゃんがいたときよく弾いてた…」



    ;<背景:CG03(歌うMEIKO,顔見えない?ぼんやりしてる。)>



【主人公】
「………」
【佐々木】
「…兄ちゃん?」

    ;<背景:店内>


【主人公】
「あ、すいません…えっと、あの曲、もう忘れちゃって、昔自分で作って
即興で弾いてたようなもんだから」
【佐々木】
「…あ、え?そうなんかい」
【主人公】
「そうですねぇ…シューベルトとかどうです?」
【佐々木】
「ん?いや、まぁ…よくわかんねぇけど」
【主人公】
「…シューベルトの、そうですね…セレナードなんか、いいかもしれません
こんな夜ですし…」
【佐々木】
「兄ちゃん」
【主人公】
「なんです?」
【佐々木】
「…わりぃ」
【主人公】
「………じゃ、ちょっと弾いてみます」
【佐々木】
「あぁ」


    ;<暗転>


さっきから姿が見えないけど、どうしたんだろ…

彼女は、大丈夫だろうか…
無理をしていなければいいけれど。


………






    ;<背景:店の外,独白モード>



さて、そろそろ、看板をなおさないと

彼の演奏は続いている。
聞いたことがない曲。今日、はじめての曲かな?

もしかしたら、彼が、また作曲したのかもしれない。
…あの日から、彼女が帰ってこないことがわかってから
彼はまたピアノを弾き始めた。

ただ、彼女とともに奏でた曲だけは弾かない。決して。
あのころ弾いていたオリジナルの曲は弾かなくなって
映画やドラマで聞いたことがあるような曲ばかり弾くようになった

でも、曲の優しさは変わらない…そんな気がする。

よいしょ…っと

彼は優しい。
私のそばにいてくれる。私を心配してくれる。
それだけで幸せだった。

あれ?

ふと、通りを見渡すと、少女が立っていた。

肌が白い。長い髪を頭の両側で結んでいる。かわいらしい女の子。
…どこか彼女を思わせる。そんな女の子。

近づいてくる。ウチに用かしら?お酒、飲むような歳に見えないけれど。
差し出される紙片。

“お水を1はいください”

どこか懐かしい文字…
女の子は目をふせがちでおどおどしていて、やっぱりあの子と似たふいんき…
言葉が話せないのだろうか?

店の中からは、まだピアノの音が響いている。

「ごめんなさいね。もう閉店なの」

気づけば、そう口が動いた。
少女は肩を落として、暗い路地に消えていった。



ピアノの音が消えている。
彼が心配する前に、戻らないと。
看板を片付ける。

もう一度、少女の消えた先を見る。

いない。

よかった…。

知ってる。彼はまだあの子を忘れてない。
閉店後、誰もいなくなった店であの曲をひいてる。
きっとあれは、あの子のための曲。

いなくなったあの子に捧げる曲。

だから、彼にあの子を近づけたくない。

もう、他に誰もいらない。
彼はここにいる。どこにも行かない。どこにも行かせない。


ずっと、ずっと二人で。


Fine

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最終更新:2009年02月08日 06:48