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#96
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#96 アーカイブゲーム
「あんま切りすぎると煮崩れし易くなるから、それくらいでいいよ」
「うん」
「うん」
あたしは洗い終わったまな板を乾燥台に立て、じゃがいもを切り分ける詩織に言った。
今日は詩織の家で料理。
詩織が「勇君に料理作ってあげたいから教えて」って言うもんだから――ちあきと2人で――詩織の家にお泊りするついでに、あたしが教えることになったわけ。
勉強でも部活でもなんでもできる詩織だけど、料理に関してはあたしに一日の長があった。
詩織が「勇君に料理作ってあげたいから教えて」って言うもんだから――ちあきと2人で――詩織の家にお泊りするついでに、あたしが教えることになったわけ。
勉強でも部活でもなんでもできる詩織だけど、料理に関してはあたしに一日の長があった。
「あ、そうだ。結局どっち着て行ったの?伊達七夕」
「白にしたよ。雨も降ってなかったしね」
「白にしたよ。雨も降ってなかったしね」
詩織は真剣な顔で鍋と向き合いながらそう言った。
伊達七夕は結構伝統のあるお祭りで、毎年旧暦の7月に合わせて8月の頭に開催される。
『受験生が行くと落ちる』だのと迷信あるから、今年は行かないことにしたけど。
伊達七夕は結構伝統のあるお祭りで、毎年旧暦の7月に合わせて8月の頭に開催される。
『受験生が行くと落ちる』だのと迷信あるから、今年は行かないことにしたけど。
「結局あたしが貸した紺色の浴衣は使わなかったわけね」
「ゴメンね。せっかく借りたのに。あ、こんな感じでいいかな?」
「ゴメンね。せっかく借りたのに。あ、こんな感じでいいかな?」
詩織は炒めたじゃがいもと睨めっこしながら「うーん」と唸る。
あたしは詩織の肩越しに鍋の中を見て、「あーうん。そのくらいでいいよ~」と言いながら、ずり落ちそうになっていたエプロンを直してあげる。
あたしは詩織の肩越しに鍋の中を見て、「あーうん。そのくらいでいいよ~」と言いながら、ずり落ちそうになっていたエプロンを直してあげる。
「じゃあ次は、さっき切ったのを入れて」
「はい、先生」
「はい、先生」
詩織はバカ丁寧に切り分けられた具材を鍋に入れる。
危なっかしい部分はないけど、さっきから妙にカッチリ作りすぎなのよね。
料理ってのはもっとこう…”ちょうどいいくらいにいい加減”なくらいがいいのよ。根拠はないけど。
危なっかしい部分はないけど、さっきから妙にカッチリ作りすぎなのよね。
料理ってのはもっとこう…”ちょうどいいくらいにいい加減”なくらいがいいのよ。根拠はないけど。
「はい、リラックスリラックス~♪」
あたしは自分の髪を結っていたゴムを外し、鼻歌交じりで詩織の髪を後ろで一本に結い始める。詩織の髪は真っ黒で真っ直ぐだ。
あー、あたしもそろそろストパーかけようかな…。
あー、あたしもそろそろストパーかけようかな…。
「ちょっと京ちゃん。私、一本結び似合わないってば~」
少し振り返りつつも、やはり鍋が気になるのか抵抗はしない。
よーしガッチリ結んであげるから。
よーしガッチリ結んであげるから。
「おーい。遊び始まってるけど、できたの?」
ソファで待ってたちあきが、待ちきれず台所に呆れ顔を出す。
「ううん、まだ。あとしょうゆと砂糖、水入れて煮込んだら終わり」
「ゴメンね、ちぃちゃん。私手際悪くて」
「ゴメンね、ちぃちゃん。私手際悪くて」
詩織は苦笑いしながら、青い蓋の容器を手にした。
って…。
って…。
「ちょ…それ塩!」
ちあきは「京子の指導力不足だね~」とか言いながら戻っていった。
あたしは詩織から塩の容器を取り上げ、赤い蓋の容器を渡す。
この子はしっかりしてるようでなにか抜けてるんだよね、ホント。
あたしは詩織から塩の容器を取り上げ、赤い蓋の容器を渡す。
この子はしっかりしてるようでなにか抜けてるんだよね、ホント。
「はい。じゃあ入れたら鍋に蓋してあとは煮込むだけ」
「うん」
「うん」
そんなこんなで、詩織の料理ができた。
「で?なんで肉じゃがなわけよ?」
ちあきが箸でじゃがいもを突っつきながら言った。
煮崩れも少なくきちんとできてる。さすが我が弟子!
あたしはうんうんと一人頷き、箸を動かした。
煮崩れも少なくきちんとできてる。さすが我が弟子!
あたしはうんうんと一人頷き、箸を動かした。
「だって男の子はみんな好きなのかなーって。肉じゃが」
お料理アピールでは定番の~♪
確かに。でもそれ、なんかイメージ古くない?
妙におかしくなったあたしは笑って咽た。
確かに。でもそれ、なんかイメージ古くない?
妙におかしくなったあたしは笑って咽た。
「ちょっと京子汚っ」
「ゴメンゴメン。でも、よく出来てるよ。詩織の肉じゃが」
「ゴメンゴメン。でも、よく出来てるよ。詩織の肉じゃが」
詩織は「先生のお教えのおかげです」と言って笑った。
「あ、そうだ。松岡とはどこまでいったよ?A?B?C?」
「ちょ…」
「ちあき。昼間っから…」
「ちょ…」
「ちあき。昼間っから…」
思い出したかのように目を輝かせるちあき。
向かい側に座った詩織は顔を赤らめてうつむき、あたしはため息をついて時計を指差した。
向かい側に座った詩織は顔を赤らめてうつむき、あたしはため息をついて時計を指差した。
「なーによ。京子は”こっち側”でしょうが」
「まぁそうだけどさー…二人して詩織を食い物にするってのもなーと思って」
「なによ。急に」
「まぁそうだけどさー…二人して詩織を食い物にするってのもなーと思って」
「なによ。急に」
まるで「造反だ」と言いたげに眉をつり上げるちあき。
詩織はその間に「ごちそうさまー」と言って皿を持って台所に逃げた。
詩織はその間に「ごちそうさまー」と言って皿を持って台所に逃げた。
「急も何もさぁ。少しは温かく見守るとかそういう計らいはないわけ?ずけずけとまぁ」
「ネタ提供もなしに人の話に首突っ込みまくるあんたが言うことかいな。あ、じゃあうちの武勇伝でも…」
「この前フッた”あの彼”の話でしょ?パス!もう100回は聞いた」
「ネタ提供もなしに人の話に首突っ込みまくるあんたが言うことかいな。あ、じゃあうちの武勇伝でも…」
「この前フッた”あの彼”の話でしょ?パス!もう100回は聞いた」
あたしはぴしゃりと言って手のひらを見せた。
「そぉう?じゃあ仕方ない。消去法だと…京子と的場の話でも聞こうかね」
仕方ないと言いつつ、ちあきの目はまだ輝いてる。
なんてしぶとい。昼間のテンションじゃ付き合いきれないわ…。
なんてしぶとい。昼間のテンションじゃ付き合いきれないわ…。
「…別になんにもないよ」
「あぁー?『剣治好き好き(はぁと』言ってたのに行動には移さないわけ?」
「そんなバカみたいな言い方してないし。それに」
「あぁー?『剣治好き好き(はぁと』言ってたのに行動には移さないわけ?」
「そんなバカみたいな言い方してないし。それに」
あたしは口を尖らせて、「ごちそうさま」と言って立ち上がる。
食器を洗いながら、詩織が小声で「それに…?」と聞き返した。
食器を洗いながら、詩織が小声で「それに…?」と聞き返した。
「詩織とかちあきみたいにストレートに言えないし」
「オクテ発言来たー」
「オクテ発言来たー」
ちあきは手を叩いてゲラゲラと笑った。
いいから食べ終わった皿持ってきてよ!
いいから食べ終わった皿持ってきてよ!
「好きなら好きって言っちゃいなよ?」
「いや。だってさぁフラれたらさぁ。気まずいじゃん」
「いや。だってさぁフラれたらさぁ。気まずいじゃん」
あたしは蛇口から出る水を手のひらでもてあそびながら、小声で答えた。
「的場君なら案外けろっとしてそうだけど」
詩織は剣治を思い出すように首をかしげ、そう言った。
「告る前からフラれた後の算段かい。成功する確証がないと告白できないわけ?」
「…」
「…」
はっとしてあたしは思わずちあきを見返す。
図星じゃない。けど、少しそういうところあるかも…「機会を伺う」とか言っといて知らない内にその人への熱も冷めてるパターン。
図星じゃない。けど、少しそういうところあるかも…「機会を伺う」とか言っといて知らない内にその人への熱も冷めてるパターン。
「なによ?あまりの弾圧に怒った?」
ちあきはそう言いながら皿を持ってくる。
「ううん。”勝負する前から負けた後のこと考えてる”に置き換えてみると…それ、逃げかも」
「勝負?」
「逃げ?」
「勝負?」
「逃げ?」
ちあきと詩織は互いに顔を見合わせて変な顔をした。
「あ、あたしと詩織で作ったんだからちあき皿洗いヨロシク」
×××
「あー頭痛っ…」
「寝不足?あの後ちぃちゃんと何時まで起きてたわけ?」
「うー…わからん」
「寝不足?あの後ちぃちゃんと何時まで起きてたわけ?」
「うー…わからん」
あたしは眉間を指でグリグリと摩り、あっちのほうを見る。
隣を歩く詩織は清々しい顔で「久しぶりに晴れたね」などと言った。
歩くたびに揺れる左右の三つ編みは、今日の大会に松岡も来ることを示している。
隣を歩く詩織は清々しい顔で「久しぶりに晴れたね」などと言った。
歩くたびに揺れる左右の三つ編みは、今日の大会に松岡も来ることを示している。
「こんにちわー」
詩織が空き家の扉を開けた。
ガラス戸越しに見えた人影がはっきりする。公旗に武志、”案の定の松岡”と…剣治。
剣治は金田さんと来たみたいで、他に数人の見たことのないプレイヤーがいた。
CSの後だってのに、皆さん元気なことで。新弾出たからかね?
ガラス戸越しに見えた人影がはっきりする。公旗に武志、”案の定の松岡”と…剣治。
剣治は金田さんと来たみたいで、他に数人の見たことのないプレイヤーがいた。
CSの後だってのに、皆さん元気なことで。新弾出たからかね?
「おはー!」
あたしの数歩遅れて空き家に入る。
誰かさんに活きが悪いところを見せないようにか、自然と声が大きくなる。
あたしの様子に、詩織も笑いを漏らしたのが後姿でわかった。
誰かさんに活きが悪いところを見せないようにか、自然と声が大きくなる。
あたしの様子に、詩織も笑いを漏らしたのが後姿でわかった。
「23弾使ったデッキ作ってきたかよ?京子」
「うーん。まあ使ってはいるケドさ一応」
「うーん。まあ使ってはいるケドさ一応」
武志の話半分で剣治をチラッと見た。
入ってきたときにチラっとこっちを見たけど、フリプレ中だからそれきりだ。
今日はアストレア&プルトーネとか使うのかな?
入ってきたときにチラっとこっちを見たけど、フリプレ中だからそれきりだ。
今日はアストレア&プルトーネとか使うのかな?
「本田京子ちゃん?」
「はい…?」
「はい…?」
テーブルに突っ伏したあたしに、後ろから声をかけるだれか。
知ってるような知らないような声だ。
知ってるような知らないような声だ。
「あ~やっぱり。時間があったからオフィシャルサイトで場所引いて、来てみたのよ」
声の主はほんわかした声でそう続けた。
ノロノロと振り返ると、そこにはウェーブした髪と赤いフレームの眼鏡の女の人。
…最近対戦した中ではもっとも印象的だった人。
ノロノロと振り返ると、そこにはウェーブした髪と赤いフレームの眼鏡の女の人。
…最近対戦した中ではもっとも印象的だった人。
「あ、こちら後藤田未来さん」
「誰だ?」と言う顔をしていた武志に紹介する。
紹介された未来さんは、一歩前に出て「よろしく。呼び方は未来でいいです」と頭を下げた。
紹介された未来さんは、一歩前に出て「よろしく。呼び方は未来でいいです」と頭を下げた。
「よろしくお願いします。藤野武志です」
二人は軽く会釈して元の自分の立ち居地に戻る。
視界の端で公旗が菊池さんに「7号機…ガンダムッ!」と言っているのが見えた。
視界の端で公旗が菊池さんに「7号機…ガンダムッ!」と言っているのが見えた。
「結構遠くですよね、家」
あたしは「そういえば」と切り出す。
5回戦の相手だった未来さんとは、対戦後も結構話して情報交換してたから、彼女の家は伊達の向こうだって言ってたのを思い出した。
5回戦の相手だった未来さんとは、対戦後も結構話して情報交換してたから、彼女の家は伊達の向こうだって言ってたのを思い出した。
「そう?車だとたいした距離じゃないよ」
などと話しているうちに、信ちゃんがガラス戸を開けて入ってきた。
そろそろ時間だね。
そろそろ時間だね。
「じゃあ1回戦の対戦組み合わせをテーブルに置いていきます」
信ちゃんがそう言って、提出されたスコアシートをランダムに配っていく。
これを元にトーナメント表を作るんだったね。
これを元にトーナメント表を作るんだったね。
「じゃあ」
「また対戦できるといいわね」
「また対戦できるといいわね」
未来さんはそう言って、あたしの脇を離れた。
あたしのいたテーブルに割り振られたスコアシートにはあたしの名前はない。
松岡と金田さんのだ。
こっちのテーブルは剣治と公旗。
あたしのいたテーブルに割り振られたスコアシートにはあたしの名前はない。
松岡と金田さんのだ。
こっちのテーブルは剣治と公旗。
「あ、お嬢さんは不戦勝だね」
最後のテーブルまでスコアシートを確認したあたしに、配り終えた信ちゃんがそう言った。
「えー。マジすか~?」
「いや、ラッキーだよ。お嬢さんは」
「いや、ラッキーだよ。お嬢さんは」
なんかこう、デジャビュー。
そういえば、最初に大会出たときも1回戦は不戦勝だったわね。
そういえば、最初に大会出たときも1回戦は不戦勝だったわね。
あれからここまで、あたしの何が変わった?
なんにも変わってないかもしれないし、なにかが変わったかもしれない。
なんにも変わってないかもしれないし、なにかが変わったかもしれない。
寝不足の思考回路であたしはぼんやりとそんなことを考えた。
「なんだ、本田京子。1回戦は?」
テーブルの脇をぶらりと歩いていたあたしを、剣治が呼び止める。
「不戦勝!いいでしょ~」
あたしはそう言ってVサインを出した後、信ちゃんが書き出した対戦表を見るために剣治のテーブルを後にした。
信ちゃんは「今日は?アーカイブのカード使ったデッキかい?」と対戦表の最後、不戦勝の枠にあたしの名前を書きながらきいた。
信ちゃんは「今日は?アーカイブのカード使ったデッキかい?」と対戦表の最後、不戦勝の枠にあたしの名前を書きながらきいた。
「ヒミツですよ。信ちゃんは何か出来ました?デッキ」
「あぁ、今度のZZはいい出来だよ」
「あぁ、今度のZZはいい出来だよ」
あたしはZZのテキストが思い出せず、曖昧な笑顔で笑った。
対戦表に目を向けると…トーナメントで次に当たるのは、剣治と公旗の勝ったほう。
対戦表に目を向けると…トーナメントで次に当たるのは、剣治と公旗の勝ったほう。
「なんと言ってもGフォートレスが優秀…」
「は、はぁ」
「は、はぁ」
あたしは信ちゃんに「今度お手合わせ願います」と言って剣治のテーブルに引き返す。
剣治…勝つといいな。
剣治…勝つといいな。
「フッ…伊達CS3位とお手合わせできるとは、光栄です」
「君も”ガンダム”かな?」
「君も”ガンダム”かな?」
会話成立してるの…?
あたしは黒Gを出しながら不適に笑う剣治の横顔に見惚れながらぼけーっとする。
あたしは黒Gを出しながら不適に笑う剣治の横顔に見惚れながらぼけーっとする。
「ギラ・ドーガの耐久はたったの3点!このガデッサなら容易なことッ!」
唐突に、んでぶしつけに。夢見心地のあたしの耳に聞こえる高笑い。
これは…”未来”。
声がするほうを見ると、詩織が困った顔で向かい側に座っている。
これは…”未来”。
声がするほうを見ると、詩織が困った顔で向かい側に座っている。
「ったく、あの人は…」
あたしはぶつくさ言いながら詩織の席に急いだ。
つづく
txt:Y256
初出:あたしのガンダムウォー
掲載日:09.08.14
更新日:10.04.14
掲載日:09.08.14
更新日:10.04.14