昔から雨は嫌いだ・・・・。
特に、日が落ちるか落ちないかという時のこの時間帯に降る夕立は特に嫌いだ・・・。
雨に打たれると忌まわしき古傷が痛むからだ。
たとえ心が忘れようとしてもこの体にはあの時の事を忘れることは無いだろう。
「にぃ・・・」
弱々しい声が聞こえた。
ふっと俺が視線をおろすとそこには、まだ目も開いていない子猫が三匹段ボールの中で
弱々しく来るはずも無い母を呼んでいた。
「・・・おまえ達も俺と一緒か。」
俺は、その子猫達に返事を期待せずに問いかける。
彼らもまた、身勝手な人間達に振り回されて消えゆく命なのだろうと・・・。
つくづく俺と一緒のようだ。
「おまえらには生きる権利を与える。
俺は、三匹を自分のコートにしまい込むと、またあれが騒ぐのだろうなっと思いながら
今住む人里離れた屋敷に足を運んだ。
「緋色!また捨て猫なんて拾いこんで!これで何匹目よ?」
案の定、この屋敷の主である白姫久遠(しらひめ くおん)は、
やや声を荒げて出迎えた。
「・・・・8匹。・・・これを合わせて11匹目。」
鬱陶しいので、軽く流しながら答える。
「ちょっ、冷静にそこは答える場所じゃ無いでしょ!」
どうやらこのお嬢様はこの答えは不服のようだ。
「・・・じゃあ、今晩は食事は作らなくていいか?
俺は、雨に濡れた上着をハンガーに掛ける。
「・・・ぐっ!」
久遠はそう答えると何も言わなくなった。
短い付き合いだが、この言葉には弱いらしい。
「今日はお前が前に好評だったビーフシチューのつもりだったんだが・・・?」
俺はそういうと抱きかかえた猫たちを昨日あたりに作り上げた子供用の
ベビーカーサイズのベットに子猫を置き、こいつらの食事の準備を始める。
「しょうがないわね・・・・まあ、あんたがちゃんとしつけるなら
私も文句も言わないわよ」
どうやら今日もあっちから折れたようだ。
俺はその言葉を確認すると、ほ乳瓶を片手に調理室に足を運ぶ。
応接間のドアを閉めた瞬間、「きゃぁぁ、可愛い♪」という
年相応の少女の声は聞いていないことにする。
「ひーちゃんも、久遠さんをあまり迷惑をかけちゃだめだよ?」
ほ乳瓶に、子猫用の液体ミルクとブドウ糖を混ぜてかき混ぜながら、
湯を張ったたらいに暖め一段落すむと、声の主の方に振り返る。
「わかっているよ。姉さん」
そこには俺が唯一頭が上がらない少女、白鷺葵(しらさぎ あおい)が、
人差し指をたてながら片方の手は腰に当てて前屈みになる子供の時から変わらない俺に注意する姿勢。
「ただでさえ身寄りのない私たちを引き取ってくれて、色々お世話になってるんだからね?あの人がいなかったら、私達はどうなっていたかわからないし。」
姉さんはそういうと、困ったような表情を浮かべながらくすりと笑いながらいう。
「わかってる。・・・・この行動がただの偽善だし自己満足だってことも。」
俺は、十分暖まったであろうほ乳瓶を姉さんに渡す。
今の俺には、あいつらに育てる資格など無いことぐらいわかっている。
この手には、このほ乳瓶のぬくもりすらわからないのだから・・・。
「ひーちゃんっ!」
姉さんはまだ何か言いたいようだが、俺はそれを振り返りもせずに部屋を後にする。
姉さんにこんな表情をさせたくないのにいつも空回りしてしまう。
あの人は、俺の全てなのにいつも自分が傷つけてしまう。
どうすればいいのかわからない。この壊れかけた体では・・・。
「また喧嘩ですか?」
ガレージで蹲っている俺を見つけるやいなやぽつりとつぶやく少女の声が聞こえる。
「フラウか。」
そこには、フラウディア=リィヴァーレが、表情の伺えない無機質な表情で
俺を眺めていた。
「はい。」
フラウはそういうと、それ以上に何も言わずに俺の隣に座る。
どうも、こいつの行動は読めない。
だが、見え透いた嘘で飾られた人間に比べれば嫌いではない。
「・・・・喧嘩なんてしていないさ。」
俺は、立ち上がりガレージにあったフラウの整備下ばかりであろうバイクのカバーを外す。
「まだ雨はやんでいませんよ?」
フラウは、そういいつつガレージのシャッターを上げる。
「今日は雨の中を走りたい気分なんだ。」
「そうですか。お気をつけください。」
フラウはそういうとメイド服の裾をちょこんと上げ、軽く会釈した。
そして、俺はバイクにまたがり、雨の降る暗闇に支配された世界へ走り出した。
「それで?あいつはボード学園に入ることに対して何か言ってた?」
久遠は、子猫にほ乳瓶でミルクを飲ませながら葵に聞く。
「それが・・・行くには行くといっているんですけど、どうも乗り気ではないみたいです。」
葵も子猫にミルクを飲ませながら言う。そのミルクを飲む子猫の愛くるしさに和む。
「乗り気じゃないって?いつもの事じゃないの?」
「そうですけど・・・前よりもっとひーちゃんは私のことばかり優先しちゃうんです。」
葵はうつむきながら答える。
「・・・まあ、あんな事があっちゃね・・・。」
彼女たちの事情をしる久遠もそれ以上のことはしゃべらなくなる。
「けど・・・辛いことなら、ひ-ちゃんの方が辛いはずなんです。
私なんか全然ひーちゃんの苦しみに比べたら・・・。
だからこそ、ひーちゃんには誰よりも幸せになって欲しいです。」
葵はうつむきながらも、心に秘めている思いを吐露していた。
(こりゃ姉弟そろって重傷だ・・・。)
久遠は口に出さずに、悲痛そうな葵を見ながらそう思いながら見つめた。
「ひぃ!」
黒ずくめの男は、自分が眺めている今の光景に悲鳴を上げる。
「・・・・アトランティカの癖に、感情処理ができていないんだな?」
俺は、男の連れである男の頭部を鷲掴みにし、じゅうっと焦げ臭い硫黄のにおいをさせながら蒸気を上げて男の頭をどろっと溶かした。
俺が異形である証をまざまざと見せつけながらじりじりと男に近づく。
「待て!我々はそのような組織とは・・・・。」
男は尻餅を付きながら腰が砕けたように、ずるずると後退するが行き止まりに当たる。
「完全に関係ないって事はないんだろ?」
俺は、慣れたとはいえ化け物を見るような目を向ける男に苛立ちを感じた。、
「それにこのままお前を生かしておくと姉さんのじゃまになりそうだ。」
「ひっ・・・・ひぎゃぁぁぁぁっ!!!!」
俺はそのまま、足を振りかぶって尻餅を付いた男の胸に思いっきりローキック腹部にたたき込む。すると男の腹部には、俺が蹴り飛ばした上の体の部位は綺麗に消し炭として吹っ飛んでいた。そして、その能力の反動はすぐに現れた。
「くっはははっ!」
全身に引き裂くような激痛がつま先から頭の頂点まで響き渡り、
俺はその場に蹲るように体を丸め口元を不自然にゆがませて己をあざ笑った。
雨は、その体の痛みに深くしみこんでいく感覚だった。
だからこそ、雨は好きになれない。
望まなくして与えられた異形の力の代償はその力を拒絶する身体へと現れ、
その痛みに耐えられなくなった壊れた俺の体は、俺の残された時間の少なさを教える。
このまま死ぬことは怖くはない。
姉さん・・・貴方は悔やんでいるが、貴方が気にするようなことはない
むしろこのような痛みを受けなくてよかった本気で思っている。
姉さん・・・貴方は怒るかもしれないが、貴方が幸せであれば後はなにもいらない。
- そう、後何年・・・・何日かは分かりませんが、この血塗られた腕は貴方だけを守るためにあります。
そして、・・・・・痛みと共に俺の意識はとぎれた。
最終更新:2009年04月25日 06:42