小説 オホーツクに消ゆ


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※注意:このお話は「オホーツクに消ゆ」を再構成で小説化したものです。現代の時間軸に合わせたため、携帯電話やノートパソコンなど、当    時では存在しないものが出てきます。
    ボスが女です。
    カットされたシーンなどもありますので、ご了承ください。では、どうぞ!


プロローグ


 「SKY705便は、これより羽田より千歳へ離陸します。
 シートベルトのご確認をお願いします・・・」

 客室乗務員のアナウンスを聞くまでもなく、既にシートベルトを装着していた女性は大きく欠伸をした。
 約一時間半の空の旅だが、最近寝不足気味だったので少しでも寝ておきたいと思い、既にうとうとしていたからだ。

 (全く、北海道はそろそろ寒くなるって言うのに・・・なんだってこんな時期に)

 観光シーズンから外れている、十月という中途半端な時期に北海道に行くのは仕事のため。
 しかもいつ帰るかも未定という、ちょっと嫌な出張だった。
 まあ、うまくすれば三日くらいで帰れるだろう、と高をくくりつつ、彼女は眠りについた。

 彼女の名前は、鬼瓦 由香、年齢は25歳。
 警視庁は刑事部に所属する、キャリア組出身の警部である。


 すやすやとシートにもたれかけながら眠る彼女は、このとき想像だにしなかった。
 一週間前に東京湾で発見された他殺死体の被害者の身元確認をするためだけに訪れた北海道・・・そこから彼女は三日どころか、半月も帰れなくなるということを。


 九月某日、東京は警視庁の刑事部にて、由香は先月解決した強盗殺人事件の犯人の調書を検察庁に送り終えて、ようやく一息ついたところだった。
 彼女はキャリア組なので、こうした書類仕事の方が多いが、彼女は現場に出ることを好んだ。
 キャリア組が現場に出るとノンキャリアと呼ばれる叩き上げの刑事達からは睨まれてしまうのだが、それでも彼女は現場でこつこつと地道に捜査をして成果を出していたため、最近では捜査の指揮を任されるまでになった。

 (それはいいんだけど、事件解決後の書類も任されるってのはどうなのよ・・・)

 ノンキャリアの連中は、正確な指揮をしてくれて事後処理もしてくれる理想的な上司とおだてるが、どう見たってこれはいいように使われている。
 しかし、叩き上げが多いこの刑事部で下の連中から嫌われるということは避けねばならない・・・そんなことをしたら、事件の指揮など取れなくなってしまう。

 由香は溜息をつきながらも、頼られるのは嫌いではないから、意外とこの状態は悪くないと思っていたりもする。

 「さて、と。お昼までもうちょっと時間あるな・・・どうするか」

 時計を見ると、まだ十時半。
 書類仕事は一通り済んだから、他の事件でも手伝おうかと考えていると、部下の黒木が何やら大声で由香のデスクまで駆け寄ってくる。

 彼は三十代の後半であるにも関わらず、自分よりも年下でしかも女の下に配属されたというのにそのことを気にしないという稀有な気質の持ち主であるため、由香も彼を信頼していた。

 男性には珍しい性格をしているというのに、どういうわけか未だに独身というのが不思議ではあったが。

 「警部、大変です!東京湾で男の変死体が発見されたそうです!」

 「うわー、やっと仕事が終わったと思ったら事件か」

 「今、ちょうど手が空いてるんですよね?だから刑事部長が警部に捜査を指揮しろって・・・」

 「やれやれ・・・仕方ないな。解った、すぐに行く。車用意して」

 由香は溜息をつきながら黒木に命じると、初動捜査に必要な刑事を数名用意してから現場へと向かうのだった。



 東京湾の晴海埠頭。
 晴海客船ターミナルにある客船が立ち並ぶそこでは、既に初動捜査の刑事が立入禁止区域を作り、野次馬整理をしていた。

 由香はさっさと黒木を伴って現場に入ると、そこにはシートに乗せられた水死体と検死をしている刑事、さらには第一発見者と思われる男から事情聴取をしている刑事が見えた。

 「あの男性が第一発見者かしら?」

 「そうみたいですね。お話を聞きますか?」

 黒木が尋ねると、由香はそうね、と頷く。

 「もうすぐお昼時って時に引き留め続けるのも悪いし、早いところ事情聴取を終わらせてしまいましょう」

 由香の言葉に黒木は事情聴取中の刑事に近寄り、由香を指して彼女が捜査責任者であることを説明した。
 刑事はちょっと驚いた顔をしたが、やがて頷いて第一発見者の男性を連れてやって来た。

 「どうも、鬼瓦警部。こちらがこの死体を発見なさった、高野さんです」

 「ご苦労さま…悪いけど、ちょっと先にお話を伺わせて貰いますね」

 刑事にそう断りを入れると、若い女性が責任者であると聞いた高野が驚いた声を上げた。

 「あや、こんな若い女の人が刑事さん?はぁ~、さすが東京は違うだなや」

 訛りが酷いその口調に、聞き取りづらそうに由香と黒木が眉をしかめると、案内してきた刑事がそっと由香に耳打ちする。

 「その、どうも東北からの出稼ぎ漁師だそうで・・・訛りが酷くて、何度も聞き直しているんです。
 それで事情聴取が長引いてましてね」

 「そう・・・黒木さん、事情聴取は私がやるから、そっちは死体の詳しい情報を仕入れておいてくれる?」

 「解りました、任せて下さい」

 黒木は内心ラッキーと思いながら、死体を分析している刑事の元へと早歩きで去っていく。
 由香は高野からは見えない角度で顔を引きつらせたが、高野に罪はないので覚悟を決めた。

 「では高野さん。申し訳ありませんが、死体を発見なさった時の様子を、もう一度お願いできませんか?」

 「ええだども、そんなたいそうなもんじゃねえがや。
 今朝十時頃かな、今日は漁が休みだがら、海を見ながらブラブラ歩いていたんだよ。
 最初は大きなゴミが海に浮いてるなーと思ってよ。
 けどよく見ると人の形してるでねえよ。
 そんで慌てて警察に電話しただ。
 おらが話せるのは、これだけだなや」

 死体の第一発見者の供述は、得てしてこんな程度である。
 それでもしつこく聞くのは新たに思いだしたことがないか、供述が変わっていないかなどを確認するためだ。
 さらに高野の訛りが酷くて聞き取りづらいため、事情聴取はさらに長引くというわけだ。


 由香は2,3度繰り返して話を聞いたが内容は変わらなかったため、彼の連絡先をメモに書き留めてから事情聴取担当の刑事に命じた。

 「ご協力、ありがとうございました。
 すみませんが、高野さんから供述内容に関する調書を取ってから、ご自宅に送って差し上げて下さい」

 「解りました。では高野さん、また時間をお取りさせて申し訳ないですが、警視庁までお越し願えますか?」

 「別に暇じゃし、それは構わんだなや」

 高野と刑事が現場を後にしたのを見送ってから、由香は死体の傍へと歩み寄った。

 そっとシートを外すと水死体なだけあって海水を大量に吸い、顔の判別も性別くらいしか解らない死体に眉をしかめる。

 「こりゃ、男ってことくらいしか解らないわねえ。
  死因は溺死なの?」

 情報をあらかた集め終えた黒木に問いかけると、黒木はいいえ、と首を横に振った。

 「被害者は海に投げ込まれてはいましたが、直接の死因は胸に打ち込まれた弾丸です」

 「弾丸?!それじゃコロシじゃないの」

 「はい、そうなります」

 どおりで黒木が“海に投げ込まれた”と表現したわけだ。

 「つまり射殺された後、死体を海に放り込まれたってわけね。
 銃が絡んだ犯罪となると、迷宮入りにはしたくないなあ」

 一般人が銃を持つことが許されないこの国において、銃による犯罪は極めて異常なことだ。
 ことに警察関係から流れたなんてことにでもなったら・・・・想像するだに恐ろしい。

 由香が続きを促すと、黒木は簡易検死による報告をする。

 「詳しい事は解剖してからですが、今のところでは死亡推定時刻は三日以上前だそうです。
 あと、弾丸の位置からしておそらく即死だろうと・・・」

 「身元を証明するものは?」

 「持っておりませんね。海を捜索して被害者の鞄とかが見つかればいいのですが、望みは薄いでしょう」

 「でしょうねえ」

 これだけ広い海なのだ、鞄とかそんなものがあるとは思えない。
 死因が殺しと解っても、身元不明では誰を疑えばいいのか、見当もつかない。

 さっそく手詰まりかと由香は天を仰いだが、それでも捜査を放り出すわけにはいかなかった。

 「近辺の聞き込みで、何か目立ったものはない?」

 「いえ、銃声とかそんなものの報告は今のところ・・・せいぜい二日ほど前に、若い女性がこの近くでひき逃げされたというものくらいですね。
 でも単なるひき逃げですから、関係はないと思います」

 「ふうん、二日前、ねえ。被害者が殺された時期と、ほぼ一緒か」

 ちょっと引っかかるものを覚えた由香だが、同一犯の犯行にしては手口が違うので、確かに関連性は薄いと判断した。

 「そっちは別グループが捜査しています。何か変わったことがあれば、こっちにも報告が来るかと」

 「そうね・・・で、他に解ったことは?」

 「はぁ、どうもそれくらいのようで・・・まだ死体の詳しい捜査もしてないので。
 ああ、でも顔写真を撮ってCG加工する手配をしたので、もうすぐ顔写真ができるはずです」

 水死体の顔のままでは、相当むごい顔になっているため、元の面影など到底分らない。
 しかし、現代の技術はすごい。
 顔写真をPCで取り込んでいろいろと操作すれば、元の顔がある程度割り出せるのだ。
 ミイラの顔をPCで復元する技術を応用したプログラムだそうで、ほとんどそっくりに顔が再現されるそうだ。

 「現在の科学技術万歳!じゃ、出来たら私のノートパソコンに転送するようにお願いしておいてね」

 「もうしてます・・・でも、目撃者がいるかどうか」

 「・・・・」

 望みは薄い。
 互いに言葉にせずとも、同一意見であることが視線で解る。

 「とにかく、死体の服とか調べてみましょうか。
 有名ブランドのオーダーメイド品だったりしたら、身元も解りやすいんだけど」

 「某有名激安メーカーの量産品ですね。靴は脱げてしまったようで素足でした」

 黒木は無情にもそう判定し、それにより物取りの犯行の線は薄くなったことだけが判明した。

 「・・・ポケットとかに何かない?」

 「携帯電話はもちろん、名刺入れなんかもありませんね・・・ん?」

 指示した側も死体を捜査している側も、大して期待していない様子でポケットを探ると、予想に反して黒木は何か見つけたようだった。

 「何かあったの?」

 「何やら、紙みたいなものが・・・ぐっしょり濡れてるから、慎重に取り出します」

 ついさっきまで海で浮いていたのだから、当然である。
 黒木は破かぬよう慎重に慎重を重ね、ポケットから濡れそぼった紙を取り出すことに成功した。

 「折りたたまれてますねえ・・・何だろう」

 「ゆっくり、開いてみて」

 黒木は頷くと、割と大きめの紙らしいそれを、そっと簡易式の捜査テーブルに置いて、丁寧に紙を広げた。

 「激安・・・良心店?可愛い女の子が揃ってます?」

 濡れてはいたが文字が大きいせいで楽に読めたそれは、どうやらいわゆる夜のお店のチラシのようだ。

 「あー、これは繁華街なんかでよく配られてるチラシですね。どうもキャバクラのようですが」

 「・・・・」

 黒木は大した手がかりになりそうもないチラシに落胆したが、由香はじっとチラシを凝視して何か考え込んでいる。

 「大方、配られたのをポケットに突っ込んだまんま、殺されたってところでしょう。
 ちょっとは期待したんだけどなー」

 「いいえ、いい手がかりだわ。たぶん被害者はこのお店に、一度は行ったことがあると思うから」

 断定でこそないが、そう言いだした上司に黒木は尋ねた。

 「どうしてそう思うんですか?」

 「このチラシ、下に割引券があるでしょ?チラシにはこういう割引券がついてることって多いじゃない」

 「ええ、そうじゃないと客寄せにはなりませんからね」

 「チラシの下をよく見て。割引券が二枚あって、左下が切り取られてる・・・つまり、使用されたってことね」

 「あ!確かに」

 由香が指した場所は確かに、切り取られた形跡がある。さらに、残ったもう一枚の割引券がポケットに丁寧に畳まれてしまわれていたということは・・・。

 「お目当ての子とかがいて、また行く予定だったってことですね!」

 「そういうこと!さっそくお店に電話をしてくれる?話を伺いたいと伝えて」

 「了解です。あー、でも警部・・・まだ開店時間前です」

 「・・・仕方ないな、店長がいそうな時間になったら電話させて貰おうかな。
 その頃には写真も出来てるし、詳しい解剖結果も出てるだろうから」

 由香はそう言うと本庁に電話をかけ、簡易報告を行ってから携帯をしまう。

 「さて、それまでは腹ごなしといきますか・・・何にする?」

 「ラーメンなんかどうです?うまい札幌ラーメンの店を知ってるんですよ」

 「いいわねえ~、じゃ、行こうか」


 先ほどまで水死体を見ていたとは思えぬ食欲を見せて、二人は現場を後にした。


 「あー、美味しかった!北海道のラーメンって美味しいのねー」

 「でしょ?やっぱり捜査の時はがっつりいかないと」

 二人は満足げにお腹をさすりながら店を出ると車に乗り、小型のノートパソコンを開いて頼んでおいた被害者の写真が来ているかを確認する。

 「お、来てる来てる・・・へー、これが被害者の顔かー」

 CG処理された被害者の写真を、二人はしばらく凝視する。

 年齢は四十代から五十代、若い頃はさぞモテただろうと思われる彫りの深い顔立ちをしているが、現在はただの平凡なおじさんといった風体である。

 それ以外に取り立てて特徴は見当たらないが、とりあえず写真が手に入ればこれからの聞き込みはやりやすい。

 「よし、これを見せてあのキャバクラ・・・“ルブラン”ってお店に被害者が来たか確認しよう」

 「了解です。じゃ、さっそく店長にこれから行く旨を伝えますね」

 黒木はチラシから書き留めた店の電話番号が書かれたメモを取り出し、携帯で電話をかけた。

 まだ時間は昼の一時と夜の店を出すには早い時間なので、正直いるかは解らなかったが、どうやら運良くいたらしい。

 「はい、ルブランですが」

 「ああ、お店の開店時間前に失礼します・・・警視庁の者なんですが」

 「え?警察?でもうちは明朗会計がモットーで、やましい事は何も・・・」

 どうやら脱税の告発を受けたと勘違いされたらしい。黒木は苦笑しながらも、笑って否定した。

 「いえいえ、違いますよ。実は晴海埠頭で起きた殺人事件で、被害者の方がそちらのチラシを持っていたので、お電話させて頂いた次第で・・・」

 「え?殺人事件?殺された人がうちのビラを持ってた?・・・そんなこと言われてもねえ・・・」

 そりゃそうだ、と由香も黒木も思った。
 ビラなど毎日のように配っているのだから、何百枚と刷られている。その中には犯罪者の類がいてもおかしくはないし、もちろんその被害者となってしまった者がいても店側に責任はない。

 「ええ、もちろん仰るとおりなんですが、警察と致しましては被害者がそちらのお店に足を運んだ形跡がある以上、足取りを追うために事情をお聞かせ頂きたいので・・・お店は高田馬場でよろしいでしょうか?」

 黒木はまだ事情聴取を受けてもいいと返事を貰ったわけではないのだが、そういう前提で話を故意に進めると、店長は仕方ないと諦めたのか、素直に答えた。

 「はあ・・・店は高田馬場の栄通りですが。
 でも、うちとは関係ないと思いますよ」

 「はい、ではすぐに伺いますので、少々お話をお聞かせ頂きたく・・・失礼します」

 黒木が電話を切ると、さっそく車のハンドルを握った。

 「さてと・・・被害者のことを覚えててくれる人が、いるといいんですが」

 「うーん、常識はずれの行動をとっててくれたら、記憶に残ってるんでしょうけど」

 何とも頼りない手がかりを元に、二人は夜の街へと車を走らせるのだった。


 PM3:00の夜の街は、まだ閑散とした様子だった。
 通路として利用しているだけらしいサラリーマンや、店に仕入れをしている業者くらいしか見当たらない栄通りを男女で歩いていると、同伴で店に行くキャバ嬢にしか見えない。

 現に由香と黒木もそう見られたのか、“ルブラン”に入る際に背後から『真っ昼間からいい身分だな、ケッ』と見知らぬサラリーマンに吐き捨てられた。

 二人は店が始まる前にこの店から・・・いや、栄通りから遠ざかるべきだと意見を一致させ、さっそくルブランの店長に面会を求めると、二人はまだ開店前の店のテーブルの一つに案内された。

 「どうも、いきなり押しかけてしまって申し訳ありません。
 私、捜査一課の鬼瓦と申します」

 「あらためていらっしゃいませ刑事さん!ようこそ・・・って、貴女が?」

 まだ二十代の女性から挨拶をされて面喰った様子の店長だが、仕事柄かすぐに笑顔で頭を下げる。

 「そーですか、こんなお若いのに大変ですねえ。まあ、まだお店が空いてないのでこんなものしか用意できませんが」

 そう言って二人の前に、よく冷えた麦茶が差し出された。
 二人は断るのも失礼なので礼を言いながら、ありがたく麦茶に口をつける。

 「いえ、ありがとうございます。
 もうすぐお店が始まると思うので、ご迷惑にならないうちにお話をさせて頂きますね」

 「ええ、どうぞ・・・とはいえ、大したお話をさせて貰えないと思いますが」

 店長は多少困惑した様子で言うと、由香は小型ノートパソコンを起動させて、被害者の写真をウィンドゥに出して店長に見せた。

 「ちょっと、これを見て貰えますか?」

 「ああ、この人なら憶えてます。確か、ルナちゃんがついた人だ」

 記憶をまさぐることなくあっさり答えたので、由香は却って驚いた。

 「いやにはっきり憶えているんですね」

 「いやあ、お客様の事を記憶するのは職業病みたいなものでしてねえ。
 それに、この人はちょっとお会計の時に揉めてしまったので・・・それでよく憶えているんですよ」

 由香は黒木と顔を見合わせると、店長に詳しく話を聞いた。

 「揉めた、とおっしゃいますと?」

 「よくある話なんですが、まあお会計の時にツケにしてくれって言われてしまいましてねえ。
 うちじゃ明朗会計がモットーなので、そういうツケはよほどの常連さんじゃないとやらないようにしているから一見さんには無理だって断ったんですよ。
 そしたら『明日には大金が入るから、それまで待ってろ』みたいなことを言って・・・ま、決まりは決まりなので、今回はきっちり料金を頂きましたがね」

 ちなみに来店したのは、5日前の夜らしい。
 死亡推定時刻よりも前なので、供述に嘘はなさそうだった。

 「まあ、こういう言い方もなんですが・・・ツケにしていなくてよかったですよ」

 正直な店長だ、と二人は思った。
 それは確かに店長としては無理はないが、こういうことは心の奥底で呟くものだ。

 由香はこほん、と咳払いをすると、店長に言った。

 「では、そのルナさんとおっしゃる方に、詳しいお話を伺えませんでしょうか?」

 「ルナちゃんは開店時から出勤するんで、もう少しで店に来ると思います。
 もうしばらくお待ち頂けるのでしたら・・・」

 「解りました。では、申し訳ないですがこちらで待たせて頂きます。
 どうぞ、私達のことはお気になさらずお仕事をなさって下さい」

 「そうですか、ではお言葉に甘えて失礼します」

 店長は開店前で本当に忙しいのだろう、二人に一礼すると事務室の方へと走り去った。

 「ビンゴでしたね、警部!」

 店長が姿を消したのを確認してから、黒木が少々興奮気味に言った。

 「ええ・・・『大金が手に入る』と言っていてその後殺害されたと考えると、どうも被害者は堅気じゃなさそうねえ」

 「指紋照合で犯罪歴がないか、解りますかね」

 「もしそうなら、こっちに連絡来ると思うけど…一応、こっちからも確認しておくよう言っておいて」

 「了解です・・・いやあ、さすが警部」

 黒木がお世辞じゃなく賞賛するが、由香は浮かない顔だ。

 「まだ安心するのは早いわよ・・・店長は一見さんだって言ってたから、親しいホステスさんはここにはいないってことになる」

 「そうでもないですよ、警部。
 こういうところに来たんなら、お目当ての子には携帯番号にメルアドなんか、すぐに教えちゃうもんです」

 さすがに独身貴族、刑事といえどこういう店には何度か来ているらしく、男の行動論理を若い女性刑事に教えてやる。

 「女の子だってそういうものはちゃんと受け取るのがセオリーですから、相手の子がよほど被害者を嫌っていない限り、まだ仕事用の携帯なんかに消去せず残されてると思いますよ」

 「そういうものなのかしら・・・それなら簡単に相手の身元が割り出せるけど」

 携帯番号やメルアドさえ解れば、そこから携帯会社に要請して契約者を調べることができるのだ。
 ホステスがそれを持っているのなら、被害者を特定する大きな手掛かりとなる。

 「被害者がルナちゃんって子を気に入っていたら、可能性は高いと思います」

 「気に入っていなかったら?」

 「・・・手詰まりです」

 黒木の言葉に、由香は大きくため息を吐く。

 「あてにならないなあ・・・何か運に頼った捜査だわ」

 そう由香が先行きを案じたその時、ドアが開いた。

 「ルナさんかしら?」

 「いーえー、違います~」

 やけに明るい口調で否定の声を返したのは、身体の線を強調したボディコンを着こなした由香より2,3歳年下くらいの女性だった。

 「貴方達、だーれ?お客様あ?」

 「いえ、私達は・・・」

 「あ、解った!貴方達新しいホステスの子で、同伴のお客さんを早々に連れて来たんでしょ?やっる~☆」

 勝手にそう脳内補完した女性は、人懐っこい性質なのか、さっさと由香の前に座って興味津々の様子で話しかけてくる。

 「あ、こんばんは、アケミでーす。よろしくね、うふ☆」

 まだお昼か夕方か、という時刻なのだが、こういう店ではこんばんはがあいさつの基本なのだろう。
 二人はあいまいに笑いかけながら頭を下げた。

 「ねえねえ、貴女お名前は?源氏名は決まったの?」

 「ああ、私は鬼瓦 由香といいます。名字正直嫌いなんですけどね」

 げんなりした顔で、由香は言わなくてもいい事を言ってしまった。
 実は彼女はごつい名字が心底から嫌いで、ゆえに部下にも“鬼瓦さん”と呼ばれるのを嫌がり、警部と階級で呼んで貰っているほどである。

 「そうだよね、そんなの嫌だよね、解る解る。
 じゃあさ、誰かと結婚して改姓しちゃえば?」

 「そう思いますが、うち一人娘で婿養子派なので・・・もう諦めてます・・・」

 さすがはキャバ嬢なだけあって、アケミは生来の人懐っこさもあり会話をするのがうまい。
 五分ほど他愛無い話をしていたが、刑事のさがで彼女にも被害者の話を聞いてみようと思い、小型ノートパソコンを開いて写真を見せた。

 「このお客さんのことをご存知ですか?」

 「えー、誰このおじさん・・・あたし知らない。
 何でそんなこと聞くの?」

 アケミが不思議そうに首を傾げると、黒木が警察手帳を示して身分を明かす。

 「失礼、私どもはこういう者で・・・今、殺人事件について捜査しているところなんです。
 この男はその被害者で・・・」

 アケミは驚いたように警察手帳を凝視し、ついで由香に視線を移した。

 「私どもってことは、貴女も?」

 「ええ、こう見えましても私、警視庁捜査一課の警部です」

 由香も警察手帳を示すと、アケミはとたんに静かな声になった。

 「あら、貴方達刑事さん?そう・・・そうなの・・・」

 二人がどうしたのかと困惑すると、アケミは先ほどの口調とは打って変わった声で言った。

 「あたし警察って大嫌いなの。帰ってよ!帰ってったら!」

 金切り声で嫌がるアケミに、二人はあっけに取られるばかりだ。

 「いや、そう言われましてもこちらは仕事で来てまして・・・」

 黒木がしどろもどろになって言うが、アケミは聞く耳を持たない。

 「うるさいわね!いいから帰りなさいってば!営業妨害よ!」

 「まだ営業してないし、店長の許可も貰ってるんですが・・・」

 由香が疲れた声で反論したが、まともな返事は期待していなかったので黒木に小声で囁きかける。

 「警察って聞いた途端にこの態度・・・彼女、怪しくない?」

 「同感ですが、証拠もないのに彼女をしょっ引くわけにはいきませんねえ」

 「そうね・・・早くルナって人が来ないかなあ」

 「彼女もそのアケミって子と同じタイプだったら、どうします?」

 「公務執行妨害を無理やり適用して、警視庁で無理やり話を聞くしかないわね」

 何しろ店長の証言により、被害者がここに来たことが証明されている。
 そしてここが最後の足取りとなっている以上、彼について話さないということは事件に関係していると思われても仕方ないのだ、

 やや外道な解決策を提示するあたり、同じ女の由香でもアケミにはお手上げであると語っていた。

 アケミはさっさと帰れと軽くヒステリーを起こしていたが、二人はそれをスルーしながらひたすらルナを待つこと30分・・・ようやく待ち人がやってきた。

 「おはようございまーす・・・って、もうお客さんが来てるの?」

 そう挨拶しながら店内にやって来たのは、やたらセクシーな衣装をまとい、目を強調したと言えば聞こえはいいが、はっきり言えばケバいと表現されてしまう化粧をしたセクシーな三十代の女性だった。

 キャバクラ嬢といえば若い女性というイメージを持っていた由香は驚いたが、黒木はホッとした様子でルナに話しかける。

 「こんな時間に失礼します。実は私達は刑事でして・・・」

 黒木が警察手帳を示すと、ルナは柳眉をひそめはしたがアケミのように嫌悪はせず、用件を尋ねた。

 「刑事さんがあたしに、どんなご用かしら?」

 どうやら話を聞いてくれるらしい、と二人は安堵し、代表して黒木が同じように被害者の写真を指し示した。

 「ちょっと、この人をご存じですか?」

 「ああ、この人・・・五日ほど前店に来た人だわ。
 もうすぐ大金が入るって言ってたのにお勘定の時揉めちゃって・・・だからあたし憶えているの」

 店長と同じ証言に、二人は頷き合う。

 「この男が本日、変死体で発見されましてね。
 この男について、聞かせて貰えますか?」

 ルナは事情を了解すると、話が長くなると思ったのか二人の前に腰を下ろし、鞄から何やら細いパイプを取り出して煙草をつめると火を点けた。

 「すごくしつこい人でね、店が終わったらオレの旅館に来ないかって誘うのよ。
 冗談じゃないわね」

 どうやら彼女は、被害者のお気に入りだったらしい。
 黒木の『男はお気に入りの女性にはホイホイ連絡先を教える』という言葉を思い出し、内心でガッツポーズを取りながら由香が尋ねる。

 「では、連絡先などを聞いていませんでしょうか・・・・メルアドや携帯番号とか」

 「それは聞いてないけど・・・旅館の名前なら聞いたわね」

 嫌いなタイプだったので気にもしなかったが、その男は携帯番号やメルアドについては語っていないとルナに言われ、由香は八つ当たりで視線で黒木に『嘘つき』と責め立てた。

 黒木は冷や汗を流しながら、ルナに慌てて問いかける。

 「で、でも旅館については聞いたんですよね。
 詳しく教えて貰えませんか?」

 「え?その旅館?確か・・・鷹田旅館って言ってたわね。
 栄通りの近くらしいことを言ってたけど」

 由香はノートパソコンを操作して地図を調べると、確かに栄通りの近くに鷹田旅館という名前の旅館があった。

 「旅館なら予約名簿や宿帳なんかがあるから、その人の手がかりがつかめるんじゃないかしら?
 半月は東京に滞在する予定で、その間はそこに泊まるって言ってたから」

 さらに詳しい情報をくれたルナに、二人は感謝した。

 「詳しい情報提供、ありがとうございました。
 仕事前に押し掛けて、申し訳ありません」

 「いいのよ、お仕事ですものね。アケミが失礼したようだし、こちらこそ申し訳なかったわね」

 さすがに大人の態度なルナに由香が安堵すると、黒木が紳士的に頭を下げた。

 「いえ、突然刑事が来たら、不愉快になるのも仕方ないことです。
 次はぜひ、仕事を離れてお店に伺いたいものですね」

 ルナは笑みを浮かべて鞄から名刺を取り出し、黒木に手渡しながら言った。

 「もちろん、いつでも歓迎するわ。
 事件解決を願ってます」

 「ありがとうございます!では、失礼します」

 「・・・・」
 (黒木、こんな女性がタイプだったのかー)

 ルナからの名刺を大事そうに財布にしまう黒木を見て、ちょっと意外に感じた由香だが、部下とはいえ黒木を男として見たことはないので、由香は彼の恋を生暖かく見守ることに決めた。

 「事件が終わったら、会いに行ってあげればー?」

 「そうします!ではさっさと行きますよ、鷹田旅館へ!」

 急に張り切りだした部下に、恋とは恐ろしいなとつくづく感じながら由香は黒木の後を追うのだった。


 栄通りのすぐ近くにある鷹田旅館は、旅館と銘打っていても小さい規模で、料金も一泊六千円とビジネスホテル並みの安さのため、サラリーマンなどの御用達の旅館だった。
 老夫婦で経営しているそうで、アットホームな雰囲気がなかなか評判の旅館だという。

 「ここが鷹田旅館のようですね」

 「いらっしゃい、お早いお着きで」

 そう言いながら出迎えてくれたのは、六十代後半になろうという女将だった。
 人のよさそうな顔で、ニコニコと頭を下げる。

 「おや、お若いお二人で・・・ご予約は入っていましたか?」

 夫婦に見えたのか、だが予約名簿に女性が入った覚えがないのだろう。女将はしきりに首をかしげた。

 「あ、鷹田旅館にはこっちに来る旨伝えるの忘れてた!」

 由香が慌てたように叫ぶと、黒木もははと笑って失敗をごまかした。
 二人はこほんとわざとらしい咳払いをすると、警察手帳を示して身分を明かす。

 「急なご訪問、申し訳ありません。
 私どもはこういう者でして・・・」

 「刑事さん、ですか?あの、私どもがなにか・・・・?」

 女将は少しびっくりしたように問いかけると、由香は首を横に振った。

 「いえ、実は私どもは、この男性の足取りを追っているんですが・・・こちらに宿泊しているという情報がありまして」

 由香がノートパソコンの写真を女将に示すと、女将はあっさり頷いた。

 「おやこの人・・・確かにここに泊っていました。
 でも五日ほど前鞄を置いたままそれっきりで・・・」

(五日・・・死亡推定時刻は三日以上前ってことだけど、ルブランの店員達からの証言を合わせると、どうも五日前のようねえ)

 由香は内心でそう情報を整理すると、女将に言った。

 「実は今日、その男性が変死体で発見されまして・・・身元確認の捜査をしているところなのです。
 詳しい情報をお聞かせ願えませんでしょうか?」

 「何と、殺されなさった?!あわわ・・・・」

 女将は卒倒せんばかりに驚くと、転がるようにしてフロントから出てきた。

 「落ち着いて、女将さん。あの・・・」

 「ええ、ええ、大丈夫ですとも」

 女将は青ざめた顔で呼吸をすると、少し落ち着いたのか宿帳を取り出して由香達に見せた。

 「この人がそうです・・・“村田 源一・茨城県の・・・・」

 インターネットで女将が言った住所を打ち込んでいた由香が、イラついた声を出した。

 「ちょっとこれ・・・思いっきりでたらめの住所じゃないの」

 県と市までは正しかったが、その後の町名などは存在しないものばかりだった。

 「そうなんですか?申し訳ありません刑事さん・・・」

 女将が恐縮して謝罪すると、由香は慌てて手を振った。

 「いえ、女将さんが悪いわけではありませんので、お気になさらず」

 泊める際に宿泊者が本当の住所を宿帳に書き込んでいるかなど、いちいち確かめていたらそれはプライバシーの侵害というものである。

 「あの、この男の鞄などはどうしていますか?」

 「ええ、実は今月末までは世話になる、帰って来ない日もあるが、その時は部屋の清掃だけして、荷物はそのままにしておいてくれと言われていました。
 満室になっていたわけではないので、そのとおりに・・・」

 人のいい女将は彼の荷物などは片付けたりなどせず、未だに客として扱っていたと答えると、二人は言った。

 「では、この男が泊っていた部屋に案内して頂けますか?」

 「もちろんですとも・・・こちらです」

 女将は自分の旅館の宿泊客が殺されたと聞いて青ざめて震えながら、二人を部屋へと案内してくれた。

 「ここがあの人が泊まってた部屋です。
 ほら、鞄も置きっぱなしで・・・」

 六畳ほどの和室に押し入れがあるだけの部屋で、昔ながらのアパートを思わせるが部屋は奇麗に清掃されており、ふかふかの布団も敷かれていてなかなか居心地がよさそうだった。

 布団の横にはぽつんと、主を待っているかのように置かれた鞄が目に入る。

 「よし、さっそく鞄を調べて!」

 「了解です!」

 手がかりがあるかも、と期待に目を輝かせた黒木が鞄の中を開けたが、だんだんその目ががっかりしていく様に由香は顔を引きつらせる。

 「・・・何が入ってたの?」

 「鞄の中を調べましたが、下着とタオルしか入ってませんよ。
 替えの服すら入っていないところを見ると、被害者は相当ズボラな性格していたんですね・・・・だからルナちゃんに嫌われたんだな」

 「不潔な男は嫌われるからね・・・とりあえずこの鞄、鑑識に回しておいて」

 由香も露骨に嫌そうな顔をして同意すると、それでも重要な証拠であることに変わりはないので、黒木は証拠品を入れる袋を取り出しながら頷く。

 「解りました、持っておきます・・・っておや?鞄の下にハガキが落ちていました」

 「え?」

 鞄を袋に入れるために鞄を持ち上げた黒木が指した畳の上には、確かにハガキが一枚、ぽつねんと寝転がっている。

 「被害者に届いたものか、それとも届けるつもりのハガキだったのかしら?」

 手袋をはめた由香がハガキを手に取って文面を見ると、内容は女性からのもののようだった。
 女性が書いたものだと想像される繊細な文字を、由香が読み上げる。

 「“暑中見舞い、申し上げます。貴方が出張から戻られたと聞いて、たいそう嬉しく思っております。
 今月中には身辺整理を終えてそちらに参りますので、どうか末長くお願いします”、か・・・・どう見ても男が書いたものじゃないわね」

 「ええ・・・ということは、被害者に届いたものと見て、間違いないかと」

 「よし、これはいい手がかりになるわ。黒木さん、ハガキを見てくれる?」

 由香は目を輝かせてパソコンを開き、ネットの地図を出すが、黒木はハガキの何を見ればいいのかしばし悩んでいた。

 「どうしたの、黒木さん?」

 準備OKな由香に不思議そうに問いかけられて、黒木はようやく閃めいた。

 「あっ、そうかあ!ハガキの表の宛名を見ればいいんですね」

 「そうそう、早く読んで」

 「了解です・・・北海道釧路市緑が丘・・・増田 文吉」

 「ほ、北海道ですって?!」

 てっきり都内近辺と思っていただけに、はるか北の地名を出されて由香は面喰らったが、黒木はよかったよかったと嬉しそうである。

 「警部!やっと殺された男の身元が解りました。
 これで本格的な捜査が始められますね。物語はこれからです!」

 確かにその通りなのだが、被害者の身元確認と被害者の家族に事の次第を説明するために当然、これから北海道に行かなくてはならないという事に、この部下は気付いているのか。

 十月と言えば東京からすればまだ涼しい季節だが、北海道はすでに寒いといえる季節である。

 「そうね・・・あはははは・・・はぁ・・・」

 どうせなら猛暑の東京から逃れられる、八月あたりに事件が起こってほしかった。

 思わずそう内心で愚痴った由香は、事の次第を刑事部長に報告すべく、証拠品を回収して黒木とともに警視庁へと向かうのだった。