EPISODE2「姉弟」


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 緒川空は昇降口まで来ていた。誰かを探しているようである。

「・・・いない」

 制服のポケットから携帯電話を取り出す。高校に入学したということで、つい先日購入したばかりだ。

 涼治から言わせると、古い型らしいが、彼にとっては問題ない。

 電話番号の登録は済ませたが、使うのは初めてだった。

 確か電話帳だったよな、と記憶を辿り、メニューを操作する。

 登録件数はまだ3件だけだ。その一つ、「成川 涼治」と書かれたものを選び、電話をかける。

 数回の呼び出し音の後、電話が繋がった。

 ―もしもし

「俺だ。今どこにいる」

 名乗らなくとも着信時にディスプレイに表示されるし、なによりその無愛想な声で自分の友人に間違いないと判断した涼治は

 ―俺か?俺は今教室だけど

「傘を持ってはやく昇降口に来い。待ってるぞ」

 ―あ?ちょっと待て、傘なんてもってねえぞ

「それなら尚更早くだな」

 ―いや、空ちゃんがいるんだけど

「明日でも話せるだろう」

 ―こんな機会はめったにないんだからよ

「雨が降る」

 それだけいうと通話を切った。

 涼治はそれから2分もしないうちに昇降口にやってきた。なんだかんだいって律儀である。

「思ったよりは早かったな」
「雨が降るなんてお前が脅すからだよ」

 そう悪態をつきつつも、実際彼が降るといって降らなかったことのほうが珍しいので、すぐにきたのだ。

「ふう、お近づきのチャンスだったのに」
「明日でもいいだろう」
「近寄れるかわからないだろ・・・って、お前の隣か」

 彼にとっては隣の席の空と話すことのどこがいいかわからないのだが、ともかくよき理解者である。

「明日俺の席に座っても構わん。授業時間以外はな」
「恩に着るぜ。んで、雨が降る前に病院いくのか」
「その通りだ」
「ったく、お前もシスコンっつうかなんつうか。まぁ、家族思いなだけだろーけどさ」
「シスコンとはなんだがしらんが、こっちで見舞いに行けるのが俺だけだからな」

 話しながら歩いていたのでいつのまにか病院に来ていた。

 受付に、入院患者に会いに来たと伝える。受付も彼らの顔は良く知っているので、快く通してくれた。

 341号室と書かれた個室の扉を開く。この個室にいるのは、心臓病などの難病を抱えた患者だった。

 清潔感ある空間の一角に置かれたベッドに、一人の女性がいた。

 空が会いに来た人物だろう。長い黒髪といい、その瞳といい、どことなく「上谷」のほうの空に似ているようでもある。

 扉が開いたので、その女性が彼らのほうを見た。

「もう来たんだ。思ったより早かったじゃない。そんなに病弱のお姉さんに会いたかった?」

 軽く微笑みながら、冗談のように声をかける。

「いや、雨が降りそうだったんでな。本来ならもう少し遅れていた。それにその様子なら、一刻を争うというわけでもないだろう」

 それに対して、愛想も何もない態度で空は答えた。

 見れば確かに、ついさきほどまで青かった空はくすみ、窓には水滴がつき、雨が地を洗う音がする。

「お、そうだ。櫻子さん。同じクラスにコイツと同じ字の名前の子がいたんだよ。女子で。しかもカワイイ」

 隣にいる無愛想な親友を指差しながら、涼治は楽しげに語った。

「あら、珍しいじゃない。名前の読みはうつほ?」
「そら、だって」

 クスクス笑いながら、冗談よ、と軽く答えた。

「でさ、こいつ珍しく興味持ったみたいでさ。女の子に」

 非常に愉快だという様子である。

 櫻子のほうも驚いた後に一泊おいて、笑い声を上げた。

「あらあら。ずっとそんな話聞いてなかったのに、突然だなんて」
「名前が同じで気にならないヤツがいるか。席も隣だ」

 空本人が憮然として付け足した情報を聞くと、益々楽しそうな様子で、

「ふぅーん。そういうのは、フラグをたてるっていうのかしら」
「お、そんな言葉よく知ってたね」
「こういうところにいると暇なのよ」

 軽く答えたが、その瞳は寂しそうに窓から空を見ていた。雨が降る空を。

 そのしぐさは短い時間だったが、涼治はそれを見て、ごめん、と呟いた。

 彼女が見る景色はほとんど、ここの窓からだけだということを二人は知っていた。

 しばし暗く沈んだ後、急に空が口を開いた。こういう場面では珍しい。

「ところで、フラグとはなんだ」

 さすがに、この言葉には二人とも噴出した。

 涼治が説明する。

「あー、よーするに予兆とかそんな感じだよ。お約束の予兆みたいなの」
「お約束の予兆だと?」
「例えばだ、『これから俺の本気をみせてやろう』っていったら、そいつは死ぬ。パン口にくわえて走ってる女の子とぶつかって、
 その子が自分のクラスに転校してきたら、そのうち彼女になるとかだ」
「・・・なんだか非常に胡散臭いな。現実ではありえんだろう、まず。だが、王道というやつか」

 彼が至極夢のないセリフを吐く。続けて、

「だとすると、俺はどういう『フラグ』とやらをたてたのだ」

 今度は櫻子がイタズラっぽく答える。

「同じ学校の同じクラスに自分の隣に同じ名前の美少女。間違いなく、空の彼女になるわね」
「どういう論理なんだ・・・」

 半ば呆れながら彼が呟くと、涼治と櫻子が揃って、「王道だよ、王道」と笑った。

 ふと、我に返って空が気がつく。

「・・・なぜ姉さんは顔も見たことがないのに美少女だと判断したんだ」
「そんなの簡単よ」

 こんな物は常識、といわんばかりに櫻子が人差し指を立てる。何かを説明する時の彼女のクセだ。

 空は、ひょっとしたらなにかものすごい答えでも返ってくるのかと少々期待していた。

「だって、美少女までいれて『お約束』だもの」
「・・・」

 あいた口がふさがらない。そんなにお約束とやらを適用したいのだろうか。

 そもそも、美少女の基準が分からない。

 彼が受けていた印象としては、人懐っこくて明るいというものだけで、外見の判断など入っていなかった。

「・・・仮に上谷が美少女だったとしよう。それはなにかすごいのか?」

 真剣にそう聞いた空に、二人は笑いをこらえるのに必死だった。

「よく分からんが、外見だろう」
「だからだよ。目の保養になる」
「・・・?つまり、疲れた目を癒すとか、視力が少々回復するとか、そういうことか」

 腕を組んでそう解釈した空だが、自分の解釈に納得できなかった。

「分からない・・・・なぜ視力を回復する・・・ブルーベリーのように栄養を摂取できるわけでもなし」
「あー、わかんねーならいーや。な、櫻子さん」
「そうね。それもアリかしら」

 なぜか意見の通じ合う二人を前にして、言い知れぬ疎外感を覚えた空。

 首を傾げつつ、自分がなにか見当違いのことでも言っていてのかと考えてみるが、そんな記憶は彼にはない。

 なんとなく、話すこともなくなったので、
「涼治。帰るぞ」
「えー、なんでだよ」
「話題が尽きただろう」
「お前がついてこられないだけだろ」

 図星である。顔も俯き加減になった。そんな彼の肩をポン、と叩いて、
「まぁいいさ。いくらでもネタは作れるからな。んじゃ、櫻子さんも今日はこのへんで」
「そう。また来る時を楽しみにしてるから。とっておきのネタ、作っておいてね」

 櫻子はそういいつつ手を振って、部屋を出る彼らを送り出した。