EPISODE3「家族」


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 上谷空は、傘を掲げながら自宅に向かっていた。
 雨が降っている。地面を打つ音は結構強い。

「あー、折角新しい制服なのに濡れちゃうなー」

 などと呑気に呟きながらも、足を遅らせることはない。

 実は彼女、屋上へ行く階段でいわれた言葉が気になって、予定より早く学校を出たのだ。

 傘は持ってきているとはいえ、強くなるかもしれない。

 それに、なぜか自分と同じ名前の男子がやたら自信満々にそういったので、気になってしまっていた。

 そうでなければ、新しいクラスメイトともう少し話していたかったのだが。

 自宅そのものは学校からそう離れてはいない。学校の建つ丘をおりて、少ししたところにある住宅地に家がある。歩いて8,9分ほどのところである。

 少々早めに学校を出てきて良かったと彼女は思う。後2,3分ほどで家に着く。

「それにしても不思議な人だったなぁ」

 しかめっつらなのになんだか優しそうだし。

 あんな晴れているのに雨が降るってわかっていたし。

 名前は同じだし、席は隣だし。

 頭の中で色々考えているうちに自宅に着いた。

「ただいまー」

 扉を開きながら、明るく帰ってきたことを告げた。

「おう、今帰ったか」
「お兄ちゃんも帰ってきてたんだー」
「違うだろ?」

 わかっているだろ、という視線を彼女に送る。

「ア~ニキィ」

 どことなく力が抜けたような声でそういった。

「上出来だ」

 そういってニッと笑う。自分の兄ながら中々ハンサムだと思う。恋人もいるしね。

 ちなみにこの「アニキ」の言い方は、なんでも「傷だらけの天使」というドラマで私も好きな俳優がそういう言い方をしていたんだとか。
 今の役のイメージからするとだいぶ違う。

 玄関でそんなやり取りをしている間に、後ろからショートカットの綺麗な人が出てきた。

「あら?空ちゃんじゃない、お帰りなさい」

 この人がおに・・じゃない、ア~ニキィの恋人の沢渡 光さん。

 勝気そうな目をしているけど、とっても優しい。でも、ア~ニキィは頭が上がらないみたい。

 家族公認の仲だけど、バカップルみたいに人目をはばからずにいちゃいちゃしない。

「んで、空ちゃん空ちゃん。新しいクラスに気になる子はいた?こう、ビビッとくるような」

 リビングにいってソファーに腰を下ろしたらすぐにこう聞かれた。

「ビビッとくるとかはよく分からないけどー、気になる子ならいたよ」
「ほほーぅ」
「バンザド!」

 ア~ニキィもいきなり食いついてきた。ちなみにこの言葉は、とある特撮ヒーローで使われていた言語だ。
 興奮したりすると、ついつい口をついて出てくるようになったみたい。
 私も沢渡さんも分かるんだけど。というわけで、折角だし同じ言葉で返してみるのだ。


 注:訳語つき。どうぞご活用ください。ただし、意訳です。

「ドバシ ン ゲビ ビ パダギ ド ゴバジバラゲ ン ザンギ グ ギダ」
 (隣の席に私と同じ名前の男子がいたんだー)
「ミョグジ バ?」
 (苗字は?)
「緒川 ザ」
 (緒川っていうんだよー)
「ガサゴグ。ゾンババンジ ン ゴドボ?」
 (あらそう。その子どんな感じなの?)
「ギバレヅヅサザベゾ、バンドバブジャガギゴグ。ガド、バンザバゴサ ゾ バガレスボザギビリダギ」
(しかめっ面だけど、なんだか優しそうなんだ。後、なんだか空を見上げるのが好きみたい)
「ゴサ・・・ベ・・・。空チャン ビ ジドレドセバギサ?」
(空・・・ねぇ・・・。空ちゃんに一目ぼれ?)
「ブロ グ ガスゾグ ン ゴサ ザジョ」
(雲があるほうの空だよー)
「パバデデスデデ」
(分かってるって)

 光はそういいながら、空の顔をニコニコ見ていた。

 その隣で彼女の恋人は、腕を組みながら呟いた。
「・・・悪い虫がつかないようにしなければ」

 その呟きを聞き取った光の眼が、意地悪く輝いた。
「あら、私の彼氏はシスコン、と」
「パイロットじゃなくて?」
「今回はシスコンね」

 そのやり取りをみながら、シスコンと呼ばれた青年は、
「いや、なんだかな。まぁ、年頃の娘に笑顔で彼氏紹介された父親の気持ちが分かったかも知れん」
「自分の子じゃないのに何言ってんだか」
「それに彼氏じゃないよーう」

 冷静に突っ込まれた声も届いていないのか、なにやら黄昏ムードである。

「第一、そんなこという歳でもないじゃない」
「いや・・・なんだかこう・・・一目惚れ・・・ふぅ」
「だからそんなんじゃないってば」

 それでも雄介はしばらくうなだれていたが、やがて頭を上げて、妹に聞いた。
「おお、そうだ。その男・・・緒川とやらの顔はかっこいいのか?」

 空はそう聞かれてしばらく考え込んだあと、
「んー、ちょっと怖いかもしれないけど、かっこいいんじゃないかな」
 と、思うままの感想を述べた。

 それを聞くと、再び雄介はうなだれ、今度は指で「の」の字まで書き始めた。

 その姿を見ると、二人は呆れたように、自分の部屋へと戻っていった。

 そして、彼の呟きがその耳に届くこともなかった。


 同じ日の午後の緒川家では、いつもは無愛想な顔の少年が、常より柔らかな表情を浮かべていた。

 その手には受話器を持っている。

 携帯はあれど、家の中なので家庭用電話の親機だ。

 話し相手は彼の両親。国際電話である。

―それで、はじめてみてクラスメイトに気になる人はいたかい?

 受話器から響くのは男の声。父親だろう。陽気なようだが深みがある。

 聴く人を心地よくさせてしまうような声だ。

「涼治という少年がだな」

―成川君かい?彼とは昔からの付き合いじゃないか。

「冗談だ」

 彼が冗談だ、というのはどれほど珍しいことだろう。少なくとも、こちら側で知っているのはいまのところ、冗談に出された涼治と彼の姉しかしらない。

―しかし、すまないね。話したいことは・・・ウワッ!

―さ、冗談はここまでにして、どーだったのー?

 声が女性の物に変わる。彼の母親だ。

「クラスメートか?」

―そうそう

「隣の席に同じ名前の女子がいたな」

―あら?運命の出会いにでもなるんじゃない?

 なぜか今日、姉にも同じようなこと言われたな・・・と、回想しつつ、彼はそっけなく返した。

「その運命とやらと同じようなことを姉さんに言われた」

―んー。櫻子がそういったの?まぁ、お約束だしね。うんうん。ドンとアタックしちゃいなさい!

 妙にテンションが高い母親のセリフに頭を抱えつつ、頭の片隅で「なぜ時々姉さんとおなじようなことを言い出すのだろう」と考え込んでいた。

 あまりに返事につまるので話題を切り替える。

「ところで、そっちはどうなんだ。危なくないか?」

―それは、まあねえ。でもさ、私達ができる仕事、誇りに思える仕事がこの仕事なら、やっぱり危険とか言ってられないかな。

「・・・そうか。人の命を救えるんだから、身体を大切にしてくれ」

―大丈夫よ。そのあたり、自分達の命は自分達で守れるから。

「それは分かってる・・・だがな、同じ空の下で生きているのに、どうしてこうも生きていく環境が違うんだろうか」

―それを無くすことは出来ないかもしれないけど、だから、せめて救える命だけは救いたいの。いつか見られる笑顔のために。

「分かってるさ。そっちは忙しいんだろう?そろそろ切ろう」

 そういって受話器を置いた。

 彼の両親はアフガニスタンだ。所謂、「国境なき医師団」のメンバーとなっている。

 数々の紛争地帯で、無償で命を救う仕事。そのため、中々帰国して顔を見せてくれることはない。

 時折寂しいとは思う。それでも、彼は誇りに思っている。

 両親は姉も心配なはずだ。だが姉は常々、「ここにはいい先生がいるから。だから、医者にかかれない人たちを救ってきて」と、やはり両親を応援している。

 そんな姉もえらいと思う。それを見て、時折自分は無力に思える。

 1度や2度ではない。誰かを救うすべを持ってはいない。誰かの夢を手にする手助けも出来ない。

 そんなときには、やはり空を見る。

 流れていく雲を眺めるだけでも、気が落ち着いた。空を羽ばたく鳥を見ているだけで、希望が沸く。

 なぜだかは分からない。だが、いつからか、そしてなぜ見るようになったかはわかる。

 とめどのない思いが思考に流れ込んでくる。

 自分の柄じゃないな、と思い直してしばらく窓から雨を降らしている鉛色の空を眺めて心を落ち着かせた。
 雨をいやだという人はよくいる。彼は違った。

 嫌な思いを洗い流してくれるからだった。