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大洋軍
このチームの60%は東京セネタース、40%は名古屋金鯱軍でできています

※大洋ホエールズは全くの別団体です


来場者数
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  • 現在のポイント 1

記録

記録 数値 日付 更新日時 備考
試合最多本塁打 4 古谷倉之助 36 02/17 16:49 リーグ消滅
最長試合 40 大洋軍・ハヤテのごとく 43 02/24 16:28 45 02/25 21:56 53
最多安打 57 大洋軍(33)・ハヤテのごとく(24) 43 02/24 16:28
最多三振 73 大洋軍(27)・ハヤテのごとく(46) 43 02/24 16:28 45 02/25 21:56 91
最多安打 33 大洋軍 43 02/24 16:28
最多奪三振 46 野口二郎 43 02/24 16:28 45 02/25 21:56 58
最多打点 7 野口明 43 02/24 17:41 02/24 18:17 4/5 2本塁打
最多打点 7 野口明 43 02/24 18:09 02/24 18:17 2/4 2本塁打1四死球


チーム成績

順位 勝ち 負け 連勝 打率 防御率 得点率 本塁打 盗塁 失策 タイトル
34 順位 30 30 連勝 .203 1.75 2.4 42 52 46 タイトル
35 47 19 19 3 .311 5.16 6.3 44 37 13 タイトル
36 51 21 39 タイトル
37 8 38 22 9 .259 4.11 4.6 114 42 48 タイトル
38 53 16 31 3 .255 4.39 3.1 52 32 34 タイトル
39 35 27 33 5 .259 3.69 3.6 47 11 56 タイトル
40 41 25 24 5 .254 2.53 2.9 18 3 37 タイトル
41 ガーナ タイトル
42 54 1 3 タイトル
43 22 23 37 4 .256 3.87 3.2 52 2 29 野口二郎 最多奪三振(470)・最多敗戦(26)
44 - - - タイトル
45 38 10 14 2 .245 2.95 2.8 20 0 13 タイトル
46 26 28 32 3 .253 2.88 3.0 43 18 26 タイトル
58 29 7 5 2 .227 1.98 2.7 9 2 0 タイトル


野手

選手名 コメント


現役時代
野口明 東京セネタース時代からのチームの顔でありエース野口二郎の兄でもある。
中学時代は吉田吉男とバッテリーを組み中京商業三連覇に貢献。
入団後はエースとして活躍。応召前はプロ野球最多勝利投手であった。
兵役から復帰後は打者に転向。兄弟でチームを引っ張る。
- 1326試合1169安打 .251
古谷倉之助 初代本塁打王であり打点王でもある。打率は中根之に次ぐ2位であった。
投手でもエースとして活躍し勝数は一時沢村・野口に次ぐ第三位であった。
現在は長距離砲不足のため打者として活躍中
- 56勝93敗 2.48
中村信一 苅田久徳とは大学時代からのチームメイト。
二人を中心とするセネタースの内野手は100万ドルの内野陣とまでいわれた。
- 527試合372安打92盗塁 .208
横沢三郎 プロ野球監督である横沢三郎、プロ野球選手である横沢四郎は兄。
100万ドル内野陣の一人。兄二人に比べ野球センスはよかったようだ。
- 448試合263安打 .180
苅田久徳 「苅田の前に苅田なく、苅田の後に苅田なし。」とまでいわれた守備の名手。
初代盗塁王であり、MVPを獲得したこともある。
大日本野球倶楽部の創立メンバー。
- 804試合619安打148盗塁 .219
浅岡三郎 元は投手。しかし投手陣が充実しているため野手として出場。
セネタース時代は野口兄弟に次ぐ二番手投手として活躍。
プロ野球史上9人目の勝利投手である。
- 63勝58敗 2.46
島秀之助 大学時代は苅田久徳の1年先輩である。
現役時代は盗塁王を獲得したが、肩を痛めて引退。
その後は審判として黎明期のプロ野球を支えた。
- 120試合95安打51盗塁 .230
黒沢俊夫 巨人の永久欠番選手だが元は大洋軍の選手。プロ野球が開幕した
1936年4月29日の試合にも出場。ホームスチール10回は歴代2位である。
- 484試合459安打 .259

投手

コメント


現役時代
野口二郎 野口四兄弟の次男で大洋軍のエース。
新人の年からに二年連続33勝を上げたが最多勝は取れなかった。
1942年に40勝527.1イニング防御率1.19のあまりにも漫画的な成績を上げ
最多勝を獲得したがMVPは規定打数にも満たなかった水原茂に取られてしまう。
戦後は当時の日本記録である31試合連続安打をマークしたが
しばらく誰にも気づいてもらえなかった。など実は結構不運な人。
ちなみに優勝経験もなかったりする
- 237勝139敗 1.96
内藤幸三 初代与四球王であり与死球王であり失点王であり、
暴投王であり被本塁打王であり奪三振王である。
三振数を競った沢村栄治とは小学時代は同級生だったらしい。
当時としては数少ない1000奪三振を達成した速球投手。
- 92勝141敗 3.27

37回大会日記

島が4割・20本達成、野口が20本・内藤が25勝となかなかの好成績。内藤は一時最多勝利投手にまで。順位も一時的4位にまでなり最終的にも10位以内に残れて実に満足なシーズンだった。
ただお気に入りの古谷倉之助がかけた費用の割にはなんともいえない成績で終わったのは非常に不満だ。
それにしても島の26本38打点には萌えてしまった。
主な選手の成績
島秀之助 .405(4) 105安打(4)  26本塁打(3) 38打点(21) 16盗塁(32)
古谷倉之助.334(25) 79安打(34) 18本塁打(15) 44打点(11)
野口明  .351(15) 83安打(27) 26本塁打(3) 63打点(3)

内藤幸三 3.18 25勝(2) 8敗 178奪三振 .757(4)
野口二郎 5.00 13勝  14敗 151奪三振



38回大会日記

勝てねえよコンチクショー

主な選手の成績
古谷倉之助 .366 15本塁打 32打点
野口明   .336 10本塁打 26打点
野口二郎  3.85 10勝 17敗 107奪三振
内藤幸三  5.11 6勝 13敗 43奪三振

40回大会日記

投手に数字を放り込みまくったら五割超えたでござる

野口二郎 2.56 13勝13敗 201奪三振
内藤幸三 2.51 12勝11敗 212奪三振
島秀之助 .336 4本塁打 19打点
野口明  .304 2本塁打 16打点

43回大会日記

二リーグ制移行。対ハヤテのごとく戦で延長40回の長丁場を体験。おかげさまで数々の一試合記録を更新。そして延長戦男野口二郎様が見事完投勝利!なんと46奪三振を記録。勢いに乗りぶっちぎりで最多奪三振のタイトルを獲得。二位との差は実に128。※ただし最多敗戦も記録
兄の明のほうも一時試合最多打点の記録を更新しなんだかんだで記録尽くしの一年。順位は・・しゃーない

野口二郎 3.63 17勝 26敗(1) 470奪三振(1)
内藤幸三 4.54  6勝 11敗   176奪三振

島秀之助 .315 10本塁打 24打点
古谷倉之助.302 10本塁打 24打点
野口明  .253 10本塁打 38打点

46回大会日記
最後に最多奪三振抜かれてもうた

内藤幸三 3.08 18勝 21敗 355.2回 423奪三振(2)
野口二郎 2.52 10勝 11敗 200.1回 252奪三振(14)
島秀之助 .340(24) 89安打 10本塁打 19打点
古谷倉之助.334(29) 80安打 12本塁打 34打点

96回・97回大会日記
いつのまにか上位に。気づいたらメジャー昇格もろくに試合ができずあっという間にマイナー落ち。
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