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SS第02話「リズ台風、月宮家ニ上陸ス」


 文化祭の忙しさもようやく終わり、クラブの後にちょっと生徒会室を覗いてみる。休日なので他に生徒は居ないのは分かっている。ようやくやり遂げた大きな仕事。もちろん天城先輩たちにも手伝ってもらったけど、たくさんの生徒たちを一つにまとめて大きな目標につなげる。それはとてつもない充実感をかぐやに感じさせていた。
 日本にやって来て初めてのことばかりだったが、プリキュアのことといい、彼女が自信を持つきっかけのひとつになっている。満足そうに部屋の中を見回してから、家路についた。
 マウンテンバイクを駆って、家へ向かう。まひるは妹のあさひと買い物に行くと言ってたけど、何を買いに行ったんだろう? などとふと思う。家の門をくぐり、玄関の脇にマウンテンバイクを停める。一息ついてから、家の玄関を開ける。
「ただいま帰りました」
 玄関に見慣れない靴があるのに気づく。若者っぽいスニーカーで、彼女のお爺さんのお客さんではないようだが、時々町の青年会の人とかが相談に訪れたりするので、そうでは無いと断言はできない。
「かーぐーやー!」 発音にちょっと癖のある女の子の元気な声が聞こえてきた。はっとするかぐや。目の前に大きな影が現れ、かぐやを抱きしめる。あまりに力強く抱きしえられるので、息が苦しい。それに顔に押し付けられた巨大な物がさらに呼吸を困難にする。
『ソーリー!』 かぐやが腕をじたばた振り回しているのに気が付いたらしく女の子の力が緩んだ。胸に押し付けられていた顔が開放され、荒い呼吸をするかぐや。呼吸を整えると相手の顔を見上げる。忘れはしない、懐かしい顔だ。
『リズ? どうしたの? 何で?』 思いがけない再会にかぐやの口から自然に英語が漏れる。日本に来てからほとんど使わなかった言葉だ。彼女は、かぐやが海外で暮らしていた時に仲良くしてたエリザベスだ。
『カグヤ、マイディア、プリンセス。お父さんが日本に行くって言うんで、連れてきてもらったの。かぐや、逢いたかった』『私も…』 二人は再び抱き合う。今度はちょっと力を加減してくれた。
「二人とも玄関先じゃなくって、居間へいらっしゃい」 お婆さんが二人の後ろに立ってにこやかに笑っている。かぐやはうなずくと家へあがった。お茶を飲みながらお互いにいろいろと話す。
『それにしても、リズ。ちょっと見ないうちに成長しまくりじゃないの?』 かぐやがエリザベスの方に目をやる。
『身長は私の方が、大きかったじゃない』『身長はね。それ以外の一部分が異常に発育してるんですけど……』 思い切り羨ましそうなかぐやの声にエリザベスは思わず苦笑する。
『急に育ったのよ。成長期ってヤツじゃないかな』『私も成長期なんですけどね』

 二人がギャアギャア言い合ってると、夕食の時間になる。急なことだったからとお婆さんが謝りながら出してくれた夕食は和風に近いもので、豚のしょうが焼きが唯一洋食っぽいものだろうか。エリザベスは、全然問題ないという風に首を振って、初めての和食に手をつける。かぐやが箸は止めた方がいいと忠告したが、日本文化に触れたいからと主張してエリザベスが箸を使って食べ始めた。案の定、ボロボロこぼしたりぶっ刺したりと危なかしい食事風景になってしまい、かぐやとお爺さん、お婆さんたちはハラハラしながら彼女を見守っていた。そんな心配をよそにエリザベスは楽しそうだ。
 騒ぎは食事だけで済まなかった。お風呂に入ることになって、エリザベスを案内したのだが、ふと嫌な予感がしてあわてて浴室のドアを開ける。風呂に入りかけていたエリザベスの手には石鹸が握られており、それを湯船に投入する寸前だった。あわてて風呂の入り方を説明し、結局面倒になってかぐやも一緒に入ることにした。学生寮に住んでいた時は、生徒同士で同じシャワー室を使っていたことはあったが、同じ湯船に一緒に入るなんてことはない。修学旅行では、クラス全員が同じお風呂に入ると聞いていたが、まさかその前に元クラスメイトと一緒の入浴をするなんて……思いがけない事態にかぐやは赤面ものだった。
『日本ではこうやって一緒に風呂に入るんでしょ?』『それは、銭湯とかパブリックな場合よ』『そうなの?』 日本の習慣についてもエリザベスは興味があるらしく、いろいろと質問してきた。
『私にも分からないわ。私だって日本に長く居るわけじゃないし』 彼女の質問に答えながら、自分の知識の浅さを痛感していた。まひるたちと出会って、まだ一年も経っていないのに……。かぐやは、そのわずかな時間の濃さを感じていた。かぐやの日本での生活暦は、まだまだ初心者だ。多少、事前に練習したとはいえ体に染み付いた文化や習慣はエリザベスと同じものの方が濃いはずである。しかし、今の彼女にエリザベスが遠く感じていた。それが不思議だった。
『どうしたの、ぼんやりして?』『ううん、何でもない』 エリザベスの裸を見ていると、また羨ましさがこみ上げてきそうだったので、あわてて体を洗って風呂を出た。しばらく湯船を楽しんでいるといって、エリザベスはお風呂に使っている。
「不思議だわ……」 ふと漏らした言葉が日本語だったことにかぐやは別な意味でびっくりした。

『シャワーと違って温まるねー。ジャグジーと違ってお湯も熱めだし』 ご機嫌な様子でエリザベスがバスタオルで頭を拭きながらかぐやの部屋に入ってくる。かぐやは明日の準備を終えて、エリザベスのための布団を敷いていた。いつもはベッドで寝るかぐやだが、お婆さんに余計にフトンを出してもらって横で寝ることにした。ちょっと狭いが寝られないわけではない。
『わぉ、日本のベッドね』 エリザベスが感嘆の声を上げる。
『布団って言うのよ』 彼女の驚き方が面白くて、苦笑いしながら教える。
「フトン?」 かぐやの言葉を真似るエリザベス。
『そう、フトン』 言い合ううちに何だかツボに入ってきて思わず顔を見合わせて笑ってしまった。散々笑ったあとで、
 しばらく馬鹿みたいに笑って、急に黙り込んでしまう。二人の間に漂う微妙な空気。
『明日も早いから寝ましょう』 かぐやが布団に入り、エリザベスも床につく。二人で布団に寝てぼんやりと天井を見ている。沈黙を破ったのはエリザベスだ。
『そういえば、明日学校あるよね?』『ん? あるけど、それが何か?』 とたんにエリザベスがガバッっと起き上がる。
『かぐや、日本の学校見たい、見たいな』 キスしそうな勢いでエリザベスの顔が迫ってくる。
『そんなの無理に決まってるじゃない』 あっけに取られるかぐや。
『えー、かぐやは学校の生徒会長なんでしょ?』 なおも食いつくエリザベス。
『日本の生徒会長にはそんな権限ないのよ』『えー!』 かぐやの答えにがっかりする。
『いーもん、私絶対……』『?』 何か聞こえたが、良くは分からない。変なことを考えてなければいいけれど。

『かぐや、もうちょっとこっちに来ない』 不意にエリザベスがかぐやの体を引っ張る。最初は躊躇したが、強引な誘いに負けてかぐやは布団を移動して、枕を並べて一つの布団に収まった。
『かぐや、覚えてる? 昔ベッドで一緒に寝たよね』 かぐやは記憶を探ったが思い出せない。
『そうだったかしら?』『ほら、かぐやが最初に寄宿舎に入って私と同じ部屋になった時…』 その言葉に何か記憶の蓋が開いたような気がした。
『かぐやがパパとママと別れて寂しくて泣いてたでしょ。私も寄宿舎は初めてだったから、寂しかったけど、かぐやが先に泣いたから泣けなくて』
『思い出したわ。懐かしいわね。あの時はまだ英語も殆ど話せなくって……』『そうそう、かぐやが何言ってるのか全然分からなくて困った』 エリザベスが思い出したように笑う。
『でも、リズが一緒に寝てくれて、安心したことは覚えてるよ』『良かった』 彼女が微笑んでいるのをかぐやは感じる。
『日本はかぐやの本当のふるさとだけど、でも知らない国でしょ? 大丈夫?』 エリザベスの顔がかぐやの方を向いた。暗闇で表情は分からないが、声の調子で気遣っているのが分かる。
『……大丈夫』 やや間があってかぐやがうなずく。『最初は心配してた。知らない国同然の日本にやって来て、片意地張ってたというか緊張してたんだね。でも、受け入れてくれる友達もできた。それに……』『それに?』
『それにリズみたいな子にも出会えた……』『……そう。良かった』 笑顔の気配を感じる。
『かぐやが日本で泣いていたらどうしようって、ずっと思ってた。だから日本に来れるチャンスがあったら、それを確かめたいって思ってた。願いがかなってそれを確かめることができた。良かった、かぐやが泣いてなくて』
「ありがとう」 かぐやはエリザベスの言葉を聞いて少し泣きそうになった。
『「アリガトウ」…サンキューのことだよね。かぐやが最初に教えてくれた日本語』『うん』
『あと、かぐやが月のプリンセスって意味も教えてくれた』『よく覚えてるわね』
『かぐや姫は月にいつか帰るんだって。だから日本へ帰ったかぐやは月に帰ったのと同じだと思ってた。でも物語とは違うよね。こうしてまた、かぐやに逢えたんだし』 エリザベスの声が真剣だ。『そしてね、かぐや……』
「ニホンゴダイブベンキョウシタヨ」 突然、片言ちっくなニホンゴでエリザベスが話し出す。「わあ、凄い」 驚くかぐやに得意げなエリザベス。
『かぐやが居なくなって日本語勉強したよ。かぐやに逢いに行きたかったのもあるけど、かぐやがどんな人と一緒にいるかを確かめたかったんだ』
『そうなんだ。私の友達と逢わせたくなってきたわ。きっとリズもきにいってくれると思う』
『じゃあ、学校へ連れてって!』『それは、だめ』『えー!』 話がまた振り出しに戻る。それからしばらく押し問答をしているうちに、いつの間にか二人とも眠ってしまった。

 翌朝、朝早くかぐやは目を覚ます。隣を見るとエリザベスはぐっすりと眠っている。かぐやは、起こさないようにそっと布団を抜け出す。支度をして朝食を食べていると、「エリザベスちゃんは起こさないの?」とお婆さんに聞かれる。
「いいの、起こさないであげて」 かぐやはわざと起こさせないように手を打って家をでた。数時間後に学校で大騒動が起こるとは思わずに……。