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第X話 猫の耳と満月と


  • いわゆる伏線話にて


防衛隊の作戦室には、一カ所だけ開かずの扉があった。
そこには、しゃんどぅだけが知っている秘密が隠されている。

深夜、しゃんどぅは一人、その開かずの扉の前に立っていた。

「なあ、いるんだろ?」
しゃんどぅが扉に向かい声をかける。
しばらくして、開かずの扉が音もなく開いた。

「呼んだかにゃ?」
中からは一瞬、白い猫が現れたかのように見えた
だが、それは白いダブダブのパーカーを着たひときわ小柄な人物であった。
パーカーのフードには猫の耳のようなあしらいがしてある。

「よう、七星子(ナホコ) 元気か?」
「ナホはいつでも元気にゃー。中に入るといいにゃー」
ナホコはくるりと背を向けた。パーカーの後ろ側の裾には尻尾のような飾りも付いている。

素足のままでペタペタと音を立てて歩くナホコの後をしゃんどぅがついて行く。
やがて二人がたどり着いたのは、いくつものモニターや電話機が並ぶ部屋であった。
ナホコはモニターに囲まれた中央の椅子に座る。

「で、防衛隊の予算はどうなんだ?」
側の椅子に腰掛けながらしゃんどぅは言った。

「まだまだたっぷりあるにゃ、頑張って増やしておいたにゃ」
ナホコがニコニコ笑いながら言う。
「なんか、えーと世界同時株安?みたいなのあったじゃん、んでふきょうとかさ」
「問題ないにゃー。はいこれ、収支表」
ナホコから手渡された書類の束をしゃんどぅはみた。
そこには隊員の使った資金の明細と、活動予算に関するあらゆる事柄が記載されている。
それによると確かに防衛隊の資金は潤沢である。

「ゆっくがけっこう使ってるなー」
「仕方ないにゃ、九龍への帰省費用もあるし。なによりシステムの開発には資金がかかるにゃ」
ゆっくには防衛隊での電脳部分の活動を一任している。
そして独自のシステムを開発し、学園内のほとんどのコンピューターを制御下に置いている。
ゆっくがもし、それらを悪用すればとんでもないことになるであろう。
しかし、ゆっくは開発することが無上の喜びで、それを扱うことには一切興味がない。
なのでしゃんどぅは現在の所なんの心配もなかった。

「それより問題は静流にゃ、食費が異常に多いにゃ」
「あちゃー、あいつどんだけ食うんだよ…」
静流の食費による支出は他の隊員の10倍以上であった。

「こ、これはなんだ、その。まあいざって時に最高に活躍してもらうための投資ってことで」
「にゃー」
ナホコが少しだけ荒い声を上げた。

「ちあいと、まあとは…」
ちあいはいくらかの専門書を購入していた。
それらはいずれも作戦室内に置かれている。
例えば怪我を負った際の応急処置に関するものだったり、毒のある生物や植物の見分け方などであった。
いざというときに、少しでも生き残れるためのものという意味合いであった。
もっともしゃんどぅは、パラパラとめくっただけで終わったが。

「げっ、まあとのやつ…またがらくたかよ」
まあとは重度の妖怪マニアである。
骨董店や古書店で妖怪や幻想世界にかんするものを見つけては収集する。

「まあとは使うときはとんでもない額を使うにゃー」
「…まあ、なんだ。その円滑なコミュニケーションのためにだな」
「にゃー」
使いすぎるなと注意しておけ
しゃんどぅはナホコのうなり声をそう判断した

「あとは、ああ、うるセンセイの転入費用か」
防衛隊による一存で決められた。
そのため、それに関わる費用の一切は防衛隊持ちであった。

しゃんどぅが深夜に一人でこのように費用に関する報告を受けるのには色々理由があった。
ひとつは、この島の住民は携帯端末wassrで買い物をする。
決済は全て電子化されているため記録が残る。
そして隊員の使った金額は防衛隊の資金から差し引かれる。
また防衛隊員のwassrによる電子決済はじつは無制限である。
(実際には防衛隊予算の範囲内ではあるが)
そのため隊長であるしゃんどぅは本来なら厳密に予算を管理しなければならないのだが、実際にはナホコに一任していた。

ナホコは金銭管理や資産運用のスペシャリストであった。
防衛隊の資金を使って、株式売買や為替の変動を利用して資金を増やしている。
そして必要な物品の購入や在庫管理も全て行っていた。
例えば隊員が
「○○があったら便利だなー」
と言ったときに、それがいつの間にか配置されていたりすることがある。
しゃんどぅを除く隊員は、それを他の誰かが気を回して注文してくれたものだと思っているが、実際はナホコの手配であった。

そして金銭のやりとりはその人の生活を浮き彫りにする。
誰が何処でいつ何を買ったか
それを詳しく辿っていけばプライバシーも希薄なモノになる。
そのためしゃんどぅはこのことは公にはしていなかった。
そのためにも、こうして密かに報告を受けるのであった。
もっとも、この部屋の存在が秘密なのはそれだけではないのだが。

「あのセンセイさ、どう思う?」
書類の束を置いてしゃんどぅはナホコに訪ねた
先日僅かながら話をしたさいに感じたあることがあった。

「どうって…?」
ナホコが小首をかしげている。


「なんとなくさ、似ている気がしないかな。あの人に」
しゃんどぅは少しだけ、間を置いてそう言った。

「あ…」
ナホコは何かに気づいたらしく遠くを見るような表情をした。

「それが鳳うるを島に呼んだ理由かにゃ?」
ナホコがしゃんどぅをじっと見つめながら訪ねる。

「いや、そういうわけじゃないさ。ただ、会ってみて初めて気づいたんだよ」
しゃんどぅの意識は、いつだか曖昧になってきている過去に飛んでいた。

そして、思い出す。

あの時のナホコは泣きじゃくっていた。
俺はなんとかそれを止めさせようって、おかしなこと言ったり、なだめたり。
でもちっとも泣きやまない。
だから、なんとなく髪の端を持ち上げて
ほら、おまえといっしょ、猫の耳だぜー
そうしたらナホコは泣きやんだ。
嬉しそうに笑ってくれたんだ。
だからそれ以来、こんな髪型にして…

そして意識は今に戻る
いつの間にかナホコが側に来て、しゃんどぅにじゃれつくかのように寄り添っている。
しゃんどぅはそっとナホコの頭をなでた。

しばらくしてしゃんどぅは立ち上がった。
「じゃあな、そろそろ行くぜ」
「にゃー」
ナホコがヒラヒラと手を振っている。

開かずの扉を出たしゃんどぅは寮へと戻ることにした。
校舎を出て校庭をぬけるしゃんどぅの頭上の月は満月であった。

あの日も、こんな満月だったな。

しゃんどぅは寮の門を飛び越えて自分の部屋へと戻っていった。