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カジノ・ロワイヤル 蟹と蠍 774チップ 2007/09/27(木)06:05

79の続きです。蟹の反応にちょっとはしょった感があります。



ここで時間は若干さかのぼる。


──魚とのまな板ショーを放棄して賭博場を出たあと、蠍は蟹を追いかけて
曇り空の明るい甲板テラスへと出ていた。蟹には船内の空気が合わないのだ。
もしこれが近海で海鳥とでも戯れられるならどれだけ気がまぎれたことか。

テラスのベンチに座って海を見つめる蟹の横顔は、優しさを失いかけてとがっている。

蠍「見つけた」
蟹「……」
蠍「蟹さん、何があった。つらいのはわかるが……」
蟹「……魚さんはどうなった」
蠍「?」
蟹「(蠍の顔を見て)魚さんはどうなったかって訊いてるんだ。
  あんたもしかしてあの人も潰したか? あの若い子のように?」

押し迫った顔をする蟹に対し、蠍は空虚な笑みを向けた。

蠍「ああ、潰したよ」
蟹「……!」
蠍「あんたがとどめを刺さなかったからだ。俺じゃなくても誰かがやってた」
蟹「負かしたら……破産させたらその人がそのままあの舞台へ連れて行かれるんだぞ!?
  あんな酷い目に遭わされて、一人ぼっちでうち捨てられる」
蠍「あんたは何を言ってるんだ? そんなことはこのゲームに参加したときから
  わかりきってたことじゃないか。こちらがやらなきゃ俺たちがやられる。
  何を躊躇うことがある?」

蟹は思いを言葉にできず蠍の胸倉に掴みかかる。
掴みかかっただけで、何もできなかった。うなだれる蟹の背中が蠍の懐で小さく震えた。
蠍は蟹が心をうちあけたことのみを至福に感じて、静かに微笑んでいる。

蠍「俺には、あんたの感じたような痛みはもう何も感じられない。
  あんたが昼なら俺は夜。あんたが光なら俺は影だ。あんたがもう戦いたくないのなら、
  このままずっとここにいたって構わないよ。
  俺が代わりにあの場所に戻って、残りのプレイヤーを皆殺しにしてやろう」
蟹「俺はあんたが憎い」
蠍「構わない。何も思われないのよりずっといい」

蠍は蟹にされるがまま、その場に立って曇り空を見上げている。

蠍「あんたはやさしすぎるんだよ。鼠一匹死んでも泣くようなやつさ。
  俺があんたにとって一番してほしくないことをしているとわかっていても
  一生懸命、必死に明るい世界にすがりつこうとする。
  俺がいれば自分はいい人のままでいられる。自分の中の残酷さを見ずに済むから」
蟹「……!(もの言いたげに顔を上げる)」
蠍「(蟹を見返して)俺はあんたのようなやさしい人が、
  地獄の底で振り切れていく様を嫌というほど見てきた。
  あんたは昼の世界にさえいればいい人さ。だから黙ってここできれいなものだけ見てな。
  ああそうだ。なんならもうカジノに下りてこなくていい。ここでハムサンドでも食ってろよ。
  俺が途中でくたばって連中の餌食になっても、じゃんけんになんか参加しなくていいぞ」

蟹は蠍を見つめ、喉の奥で言葉を塞き止めている。
蠍はもう止まらない。蟹の望むと望まないとに関わらず、自らの意志で何度でも他人を捕食し
血塗られた手で行くところまで力を蓄えていってしまうだろう。
それを全て自分のためだと口にしてはばからぬ蠍の心が怖かった。

蠍の目の前で蟹はきれいな顔をがたがたと軋ませてゆく。
蠍の助けがなければ自分は大切な家族ともども地獄へ落ちてゆくだろう。
だが自分は思い出す。ステージの上で無残に散ったあの少年の姿を。
自分は感じてしまう。自分や、蠍の手によって追い落とされたものたちの耐え難い痛みを。
そして後には「自分が彼らを破滅させた」という逃れようのない称号だけが残るのだ。
自分はこのゲームから降りることができない。

蟹「お前の命なんか助けなきゃよかった……!」

塞き止めていた言葉がついに零れ落ちる。
死刑宣告にもひとしいその言葉を、蠍は黙って聞いていた。束の間その目の光が薄くなった。

蠍「ああ。言われ慣れてる」


蠍(俺の命はあんたが与えてくれたものだ。
  あんたは、驚くほど簡単に俺を殺してしまうことができるのさ。天の創造主のようにな)