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ゲームやアニメなどの絵には「デジタル」なものが多い。
配布や普及に便利である反面、複製や加工を容易に許してしまう。
そのため、伝統的な油絵や彫刻などに比べて価値が低くなる傾向がある。
基本的にデジタルデータは、オリジナルにもコピーにも質的な違いがないからだ。
日本製のゲームやアニメなどが、とある国で違法にコピーされたものが広まっており、
当然のように不利益や損害を生じさせる結果となっているのである。
しかしデジタルの絵、CG(コンピュータ・グラフィックス)をどんなに鑑定しても、
コピーとオリジナルを見極めるのは容易なことではない。
「パクり」だったり「コラージュ」だったりする場合も、巧妙に細工されているものは
やはり見極めることが難しい。
ましてやその国で「大衆に受け入れられている現状」で違法性を指摘しても、
猛反発を食らうだろうし、その国がそれで「当然のように」利益を上げているとすれば、
多大な損失を被ることになるだろう。
デジタルの作品にも価値はあるが、何かと難しい問題をはらんでいるのである。
さて、あなたがこれから美術を学び、デッサンや遠近法、彩色から仕上げまでの技術を身につけていき、
ついに一つの作品を完成させたとしよう。
その絵の価値はどのくらいになるのだろうか??
以前にも説明したが、作品の価値を最終的に決めるのは本人ではなく、第三者である。
「絵」そのものには何億円もの価値はない。
それを「欲しいと思う人たち」によって値段がつり上げられていくからである。
いかに&bold(){「資産家」の目にとまる作品を仕上げる}かがポイントといえる。
1万円だった絵が2万円、3万円……10万円、100万円、1000万円、1億円……
資産家の一人が欲しいと思うだけなら、大した値段はつかないかもしれないが、
大勢いる場合、相手よりも高値をつけなくては自分のものにできないため、
競売によって値段がどんどんつり上げられていくのだ。
何十億、何百億円にまで上がっていくのは、それだけ作品を&bold(){欲しいと思う}人がいるためで、
どんなに高値をつけても、それは作品とともに「自分の資産」として所有していることになるからだ。
一般的な消費者のの感覚では、「絵を買うために100億円を&bold(){消費してしまった}」と思うかもしれないが、
資産家にとっては、「100億円の絵を自分のものにした」と思うのである。
50億円の絵を100億円で買えば、普通の人は「50億円も余分に消費した」と考えるが、
資産家は「50億円を上乗せすることに成功した」と考えるのである。
100億円を現金の形にすれば巨大な倉庫が必要になるが、1つの絵にすれば部屋に飾っておくことができる。
もちろん、永久に誰も欲しがらない絵に莫大な値をつけた場合は、損をするかもしれない。
美術の歴史が示しているように、美術品の価値というのは、ただ「絵が上手い」とか
「リアルな絵が描ける」といった一般的な人が思っている価値とは違う。
「写真のような絵」というのは、もう何世紀も前に事実上「完成」されており、
それを描くことにも価値はあるが、それだけでは美術の本質に触れられないとして、
その後もさまざまな「△△主義」や「◆◆派」が生まれ、それらの運動が現代まで続き、変化している。
また、画家が生きている時代には評価されず、死後、ようやく日の目を見ることもあり、
天文学的な値段がつけられても、残念ながら本人には伝わらないというケースも多い。
**美術品は値上がりしていく?
今後、美術品の価値は上がっていくとする経済学者やジャーナリストがいる。
世界的な不況にあっても、お金を持っている人は相変わらず大金を持っている。
資産家がこの世からいなくなることなど、現状ではありえないのである。
さらに富裕層は増加傾向にある(それだけ貧困層との格差が広がっているわけであるが)。
価値を決めることが難しく、多額の手数料のかかる美術品というのは、円やドルの売買ほど
活発に取引が行われていないものである。
そこへ価値を見出した資産家たちが、美術品を積極的に取引に利用するようになると、
もともと高額だった作品はさらに高額になり、
無名だった作品さえも世に送り出されるようになるのではないか、というわけだ。
とはいえ、富裕層というのは全人口からすればわずかであるし、実際に取引されている作品もわずかな量である。
自分の絵にいくらの価値があるのかを考えるのは、現時点では徒労に終わるかもしれない。
金銭的な価値ではなく、絵を描く能力としての価値は計り知れない。
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ゲームやアニメなどの絵には「デジタル」なものが多い。
配布や普及に便利である反面、複製や加工を容易に許してしまう。
そのため、伝統的な油絵や彫刻などに比べて価値が低くなる傾向がある。
基本的にデジタルデータは、オリジナルにもコピーにも質的な違いがないからだ。
日本製のゲームやアニメなどが、とある国で違法にコピーされたものが広まっており、
当然のように不利益や損害を生じさせる結果となっているのである。
しかしデジタルの絵、CG(コンピュータ・グラフィックス)をどんなに鑑定しても、
コピーとオリジナルを見極めるのは容易なことではない。
「パクり」だったり「コラージュ」だったりする場合も、巧妙に細工されているものは
やはり見極めることが難しい。
ましてやその国で「大衆に受け入れられている現状」で違法性を指摘しても、
猛反発を食らうだろうし、その国がそれで「当然のように」利益を上げているとすれば、
多大な損失を被ることになるだろう。
デジタルの作品にも価値はあるが、何かと難しい問題をはらんでいるのである。
さて、あなたがこれから美術を学び、デッサンや遠近法、彩色から仕上げまでの技術を身につけていき、
ついに一つの作品を完成させたとしよう。
その絵の価値はどのくらいになるのだろうか??
以前にも説明したが、作品の価値を最終的に決めるのは本人ではなく、第三者である。
「絵」そのものには何億円もの価値はない。
それを「欲しいと思う人たち」によって値段がつり上げられていくからである。
いかに&bold(){「資産家」の目にとまる作品を仕上げる}かがポイントといえる。
1万円だった絵が2万円、3万円……10万円、100万円、1000万円、1億円……
資産家の一人が欲しいと思うだけなら、大した値段はつかないかもしれないが、
大勢いる場合、相手よりも高値をつけなくては自分のものにできないため、
競売によって値段がどんどんつり上げられていくのだ。
何十億、何百億円にまで上がっていくのは、それだけ作品を&bold(){欲しいと思う}人がいるためで、
どんなに高値をつけても、それは作品とともに「自分の資産」として所有していることになるからだ。
一般的な消費者の感覚では、「絵を買うために100億円を&bold(){消費してしまった}」と思うかもしれないが、
資産家にとっては、「100億円の絵を自分のものにした」と思うのである。
50億円の絵を100億円で買えば、普通の人は「50億円も余分に消費した」と考えるが、
資産家は「50億円を上乗せすることに成功した」と考えるのである。
100億円を現金の形にすれば巨大な倉庫が必要になるが、1つの絵にすれば部屋に飾っておくことができる。
もちろん、永久に誰も欲しがらない絵に莫大な値をつけた場合は、損をするかもしれない。
美術の歴史が示しているように、美術品の価値というのは、ただ「絵が上手い」とか
「リアルな絵が描ける」といった一般的な人が思っている価値とは違う。
「写真のような絵」というのは、もう何世紀も前に事実上「完成」されており、
それを描くことにも価値はあるが、それだけでは美術の本質に触れられないとして、
その後もさまざまな「△△主義」や「◆◆派」が生まれ、それらの運動が現代まで続き、変化している。
また、画家が生きている時代には評価されず、死後、ようやく日の目を見ることもあり、
天文学的な値段がつけられても、残念ながら本人には伝わらないというケースも多い。
**美術品は値上がりしていく?
今後、美術品の価値は上がっていくとする経済学者やジャーナリストがいる。
世界的な不況にあっても、お金を持っている人は相変わらず大金を持っている。
資産家がこの世からいなくなることなど、現状ではありえないのである。
さらに富裕層は増加傾向にある(それだけ貧困層との格差が広がっているわけであるが)。
価値を決めることが難しく、多額の手数料のかかる美術品というのは、円やドルの売買ほど
活発に取引が行われていないものである。
そこへ価値を見出した資産家たちが、美術品を積極的に取引に利用するようになると、
もともと高額だった作品はさらに高額になり、
無名だった作品さえも世に送り出されるようになるのではないか、というわけだ。
とはいえ、富裕層というのは全人口からすればわずかであるし、実際に取引されている作品もわずかな量である。
自分の絵にいくらの価値があるのかを考えるのは、現時点では徒労に終わるかもしれない。
金銭的な価値ではなく、絵を描く能力としての価値は計り知れない。
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