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「ま、まってください!妻のお腹には、私達の子供がいるんです!」
 包帯を全身に巻いた、幽霊族最後の男は叫んだ。
「子供……?」
 女の方を見ると、確かにその腹は膨れていた。そう、はちきれんばかりに。
「せめて、せめて子供が生まれるまでは黙っていて欲しいのです!お願いします!」
 懇願する男の言葉は左から右へと抜けていく。水木は今、そんなことよりも気になることができてしまったのだ。
 女の腹は確かに大きかった。臨月、いや、それ以上に。
「失礼しますが……今、何ヶ月です?」
「え?ええと、確か、……七ヶ月、くらいでしたかしら……。」
 いや、違う。この腹は七ヶ月のもんじゃない。
 幽霊族ってなんだ?もしかして、生まれてくる子供って、そうとうでかいのか?
 それとも五歳くらいの身体で生まれてくるんだろうか?
 いや、人間を基準に考えるのがおかしいのだ。
 そもそも人間と違う種族なんだから妊娠期間だって違うかもしれないんだぞ?
 もしかしたら、三年間も妊娠してるとか、そんなかもしれないし。
 そうだったら困るなぁ。会社への報告が。
「あのー、聞いてます?」
 男の手が水木の肩へと延びた瞬間、どすん、とそれは崩れ落ちた。
「うわぁぁぁぁっぁ!!」
「ああ!!あなたぁぁぁぁ!!!」
「ぎゃああああああああ!!!」
 水木は脱兎のごとく廃寺を逃げ出した。後に残ったのは、風の音と夫婦の悲鳴だけ……。


それから数ヵ月後の嵐の日、水木はまた廃寺を訪れたが、夫婦は死んでいた。
「幽霊族は、滅んだ……!」
 関わった情け、と、まだ身体の崩れていない妻の方を埋葬した。
「……。」
 遺体を観察すると、腹は以前ここを訪れた時より格段に膨れていた。
「幽霊族って奴は、本当に子供が大きいんだな……。」
 卒塔婆を土饅頭に突き刺し、その場を去ろうとした時だった。
「ふぎゃああああああ。」
 泣き声と共に、小さな手が土饅頭を突き破る。
「うわああああ!!」
 まさか、母親が死んでからもこの子供は生きていたのか?それよりもどうやって出てきたんだ?
 頭は冷静に考えようとするが、体が追いつかない。腰を抜かした水木は、這い出てくる子供を見ているしかなかった。
 ぞくぞく、と土を掻き分け、赤ん坊が顔を出す。幽霊族は、滅んでいなかった!
「だぁだぁ……。」
 姿をあらわした子供が、水木に近寄る。怯える彼に追い討ちをかけるように、また泣き声が木霊した。
「にぎゃああああああああ!!!」
「おぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!」
「ほぎゃあほぎゃあ!!」
 なんてこったい、あの腹は、とびっきり大きい子供が入っているんじゃなくて……。
「よ、四つ子かぁぁぁぁぁ!!!」
 稲光のフラッシュが四人の子供に影を落とす。
 だめなんだ、こいつらは、ここにいてはいけない子供なんだ!
「うおおおおおおおお!!!!!」
 水木は逃げた。足元にすがる様に集ってきた赤ん坊達を、悪気はないが足蹴にして。
「ぎゃ!」
「ふぎゃ!!」
「ぎゅえ!」
「ぎゃあ!」

「そろそろわしの倅が、生まれる頃……。」
 取り残された腐った死体から零れた目玉に手足が生え、幽霊族最後の男は生まれ変わった。
「きゃああ、きゃああ。」
「おお、生まれたか!」
 人並みならばすぐにいける距離も、小さい体では時間が掛かる。彼、いや、目玉親父は走った。機関車のように。
「おお!!」
 そしてその目に見えたのは、雷光を背に受けて泣き叫ぶ子供「達」の姿だった。
 どうやらおのおの、石や何かで左目を潰してしまったらしい。
「おお……おお……。」
 目玉親父は泣いた。それは生まれた子供にいきなり苦労を背負わせてしまった事への涙なのか、
 それとも無事に生まれてきた事への喜びの涙だったかはわからないが、とにかく、彼は泣いた。
「岩子、よくがんばったなぁ、四人も子供が……元気な子供が……。
 おおい、わしは父さんじゃ!」
 声に気づいて泣き止んだ子供たちは、ハイハイで小さいな父の前に集まる。
「お前達の名前は、今日から鬼太郎じゃ!」
「きぃ?」
「たぁ?」
「ろぉ?」
「うぅ?」
「そうじゃ、鬼太郎じゃ!」
 まさか四つ子だとは思わなかった親父は、この時一人分の名前しか考えていなかった。
 後年、鬼太郎と呼ぶと四人全員が「なんですか、父さん!」の輪唱をたびたび聞かせてくれるので、
 松岡、高山、戸田、野沢と付け加えるようになったが、それは別の話である。
「ここじゃあ風邪をひいてしまう、すぐに屋根のあるところに行こう。」
 数珠繋ぎにして子供たちを屋根へと誘導する。
「すまんなぁ、お前達には生まれた時から苦労をかける……。」
「だぁだぁ。」
 先頭にした赤ん坊が、引っ張る父の頭をそっと撫でた。まるで、そんなことないですよ、というように。

「……。」
 家に帰った水木は一人、玄関に座り込んでいた。あれでよかったのか、と悩むと、あれでよかったのだ、という声が聞こえた。
 眩しい光が目の前を通り過ぎ、その後を追いかける音がした。
「…………ぁ。」
 小さな声が、聞こえる。
 顔を挙げそちらの方を向くと、あの、子供たちがいた。
「ああああああ!!!」
 後ずさる水木の身体に四人の赤ん坊が取りすがる。
 その顔は本当に幼く、雨で冷えた肌は水木に憐憫の情を持たせるには充分すぎるほどだった。
「……考えてみればかわいそうな奴らなんだ。よし、僕が育てよう。
 ………………ちょっときついけど。」
 一人、一人と子供たちを抱き上げる水木の姿を、窓の外から目玉親父は涙して見ていた。
「これで大丈夫じゃ……。」

それから数年たち、鬼太郎たちは個人差はあるもののすくすくと育っていった。
「鬼太郎。お前は夜中にどこへ行っているんだ。」
 しかし大きくなっていくのと比例して、人間とはどこか違う不気味さも一緒に成長していた。
 一番背の高くなった子は言う。
「墓場に行っているんですよ。」
「墓場に?夜中にか!」
「はい。おもしろいですよ。虫と話したり幽霊と遊んだり。」
 一番背の低い、丸っこい子は言う。彼と一緒に遊んでいた一際活発な子が続けて。
「そうそう、この前なんかか戦争で死んだガキ大将と一緒に相撲をとったよ!」
「まさか、お前もなのか!」
 昼寝をしていた、背は高いが痩せている子にも聞いた。彼は目をこすり、うん、と頷く。
「そうですよ。なかなか楽しいですし。」
 ああ、やはり、と水木は思った。
 やはり人間とはちがうのだ。
「お前達、今日から夜中外に出るのは禁止する!」
「ええ!」
 兄弟全員、一斉に声を上げた。
「どうしてです!」
「どうしてもだ!お前達は普通の人間として生活するのがいいんだ!」
「そんな!」
「そんなもなにもない!僕は父親だぞ!」
「…………。」
 頭を下に向けると、こそこそと視線を交し合う。
「わかったか。」
「……はい。」
 その返事には、どこか不満が残っていた。



「ねえ、やっぱり出て行ってもらいましょう。私、最近あの子達が不気味で……。」
「出て行ってもらうって言っても、しかし……。」
「あんたもお嫁さんをもらわなきゃならないんだよ。あんな薄気味悪い子供が四人もいるなんて言ったら、
 結婚が出来ないじゃないか。……私だって本当の孫を見たいしねぇ……。」
 茶の間での会話を、鬼太郎たちはじっと聞いていた。母親の方は相当大きな声で喋っている。
 自分達に聞かせたいという意図が明白に見えていた。
「鬼太郎、鬼太郎!」
 窓からこっそり入った目玉親父が呼ぶ。
「どうしたんです、父さん?」
「ここを出よう!鬼太郎、外にはオケラだとか、亡者だとか、話の分かる連中がたくさんいる。」
「そうですね、行きましょう。」
 長男の言葉に、うん、と二人は頷いた。最後の子供は頭をかすかに動かしたが、返事は曖昧だった。
「どうしたんだ、渋っちゃって。」
「うん……。そうだよね。」
「さあ、みんなこれを着るんじゃ。祖先の霊毛で作ったちゃんちゃんこじゃ!」
「うわぁ!父さん、すごい!」
「なんだか強くなった気分だ!」
「あれ、なんだか僕のだけ色がさかさまだ。」
「はは、本当だ。」
 がたがたと風で窓が鳴く。月もだいぶ沈んだ。
「じゃあ行こうか。」
 一人、また一人と外へ出る。ここへ帰ることは、たぶんもうないだろう。
 最後の一人が家の近くで止まった。振り返り、小さく呟いた。
「ありがとう、親切な人間さん。」
 その言葉も風で細かく千切れていった。

 おわり