暇人 ストーリーその1

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saraswati

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 深夜の路地裏に二人分の影が対峙している。
 否。
 片方の影には決定的に人間とは異なる異質なものがある。
 中年サラリーマン風の男の脇の下からスーツを突き破り紫色に変色した一対の腕が出ているのだ。
 対峙する小柄な影は右手に一振りの日本刀を下げている。
 「そんな姿になってまで留まるのは辛いだろう。
 ちゃっちゃと成仏させてやるよ」
 そう言うやいなや少年は四本腕の化け物の懐に飛び込んだ。
 とっさに化け物は後ろに下がるが少年の踏み込みの方が早い。
 次の瞬間化け物の体が右の脇腹から左肩にかけて綺麗に切断されていた。
 「む、娘……ga、待っているんだ……帰raない……と」
 切断部から白い煙、霊気を出しながら化け物が必死に呟いた。
 「会社帰りに酔っぱらいの運転する車に轢かれてそのまま死亡。
 確かにあんたは不幸だったがそれでも生きてる人間を傷つけるのなら成仏させなきゃならない。止めだ……フンッ!」
 少年が男に深く刀を刺すと男は少年以外には聞こえない苦悶の絶叫を上げながら大気に滲むように溶けて行った。
 少年は構えていた刀を鞘に戻して雲一つない夜空を見上げた。
 「あー後味悪いなー」
 そう呟きつつ少年はズボンのポケットから携帯電話を取り出し慣れた調子で番号を押す。
 数コール後目的の相手が出たようだ。
 「あ、もしもし俺です。はい、はい、そうです成仏させました。ええ、指定の口座に入金お願いします。はい、それじゃ」
 携帯電話をしまい刀を袱紗に収め少年は人通りのない路地を一人家路に向かい始めた。

 ●

 右手に大きな闇がぽっかりと広がっているところで少年は足を止めた。
 そこは由緒正しい昔ながらの武家屋敷。少年の家だ。
 家の中には明かりは灯っていない。
 解りきっていることだった。
 夜遅いということもあるがその家に住んでいるのは少年一人だけだからだ。
 少年に家族はもういない。
 少年が小さい時に事故で死んでしまった。
 残されたのは無駄に大きな家と先祖代々伝わる日本刀そして血によって受け継がれる退魔の力だけだ。
 少年はポケットから鍵を取り出すついでに携帯電話も取り出す。時刻を確認して一息。
 「もう三時か……眠い。
 明日も学校あるし早く寝るか」
 眠たげに独白すると暗さに少し手間取りながら鍵を開ける。
 戸をあけ玄関に刀を立てかけ揃えもせずに乱雑に靴を脱ぐ。
 引きずるような疲れた足取りで自室に向かいふすまを開ける。
 着替えもせずに目の前のベットに倒れ込めば熟睡まで一直線だ。


 寝るかのように見えた少年が暗闇の中おもむろに起き上がった。
 「宿題忘れてた……」
 そしてその日少年の徹夜が確定した。

 ●

 「おっはよー!!
 君は今日も眠そうだね」
 「うるさい」
 朝礼が始まる直前の少し浮ついた雰囲気の中少年は顔を机に伏せている。
 少年の机の前には少女が満面の笑みを浮かべて立っている。
 「ねえねえ!冷たいよ。ほら、人と話すときは目を見て話しましょ「うるさい!!」
 少年は顔を上げて騒ぎ続ける少女を一喝した。
 「グスングスン、せんせーここでいじめが起きています」
 明らかに嘘泣きなのだが周りのクラスメイトたちからの変人を見つめるような白い目が少年に集まる。
 彼はうろたえたように自己弁護を始めた。
 「お、俺が悪いんじゃないコイツがうるさいから……」
 少年の主張もむなしく尻すぼみになっていく。
 なおも周りの生徒たちは彼を見つめる。
 ついには少年は無言の圧力に自分の非を認めさせられ謝っていた。
 「……ごめんなさい」
 少年が少女とクラスメイトに謝ると白い眼は徐々になくなっていった。
 少女は無い胸を張りながら堂々と立っている。
 「ふふん見たか!正義は勝つんだよ」
 「解った解った。だから静かに眠らせてくれ」
 「あれ?もしかして昨日寝てないの?」
 少女が首を傾げながら尋ねる。
 「ああ……宿題があったから」
 「し、ゅ、く、だ、い?な~~~!!!忘れてたー!!今から間に合うかな!?」
 「さあな」
 少女は少年の返答も聞かず急いで窓際最後尾に行くと自分のカバンを掻き回し始めた。
 『ああこれでやっと静かに眠れる』
 少年はそれだけを思うと再び机に伏せて静かに目を閉じた。

 ●

 少年は突然指を突き付けられた。
 「旧校舎の幽霊って知ってる?」
 少女はふと雑談の途中にこんなことを言い始めた。
 「旧校舎の幽霊?」
 今は昼休み。
 さっきまで寝ていたためぼんやりした頭で少年は繰り返した。
 「そうそう幽霊。どうしたの?そんなに食いついて」
 「え?あ、なんでもない」
 「もしかしてオカルトマニア?マニア?」
 少女の目は大好物のカツオ節を見つめる猫のようにキラキラときらめいていた。
 「そんなこといいから。続きを教えてくれよ」
 少年は少女の態度を鬱陶しがるように手を振りながら先を促す。
 「う~んいいけどさ。えっと噂なんだけど隣のクラスの子がね見たんだって――」
 (人気のない古い場所には霊が集まりやすい、基本中の基本だな。灯台もと暗しって奴か。
 これは近いうちに調査が必要だな)
 「――ってなわけよ聞いてた?」
 「ん?ああ聞いてたよ」
 ろくに聞いていなかったが慌てて相槌を返す。
 「でその娘の好きな人が――」
 いつの間にか話が変わっていた。

 ●

 警備員すら見回りが終わって人気のない深夜の校庭の隅に揺れる光があった。
 光を持っているのは刀を持った少年。
 光が出ているのは古びたランタンだ。
 少年は少女に話いを聞いて急遽予定を立てるも懐中電灯が見つからなかったので家の蔵からランタンを持ってきたのだ。
 少年の前には鬱蒼とした闇がある。
 周りには木も生えているのにそこだけぽっかりと穴が開いたかのように闇が広がっている。
 その闇が旧校舎だ。
 戦前に建てられた木造二階建て倒壊の危険があるということで生徒の立ち入りが禁止されている。
 少年は一度身震いをすると旧校舎に向かってゆっくり歩き出した。
 ガラスの割れている正面玄関は光は闇に吸いこまれて全く奥が見えない。
 足を踏み入れれば靴の下でガラスの破片が細かく割れる音する。
 「一階は異常なし、か」
 少年は用心深く一階を見て回るが何も変わったところは無い。
 一階から二階に上がる階段に足をかけたところで階段が怪しげな音を立てて軋んだ。
 「く、崩れたりしないよな!?」
 少年の不安も半分ほど登る頃には無くなっていた。
 右の廊下の突き当たりに敏感でもない少年の感覚でも判る霊気の漏れ出してくる教室がある。
 「そこか」
 少年は他人はおろか自分にすら聞こえないような大きさで確認するように呟くとそちらに向かって用心深く歩き出した。
 教室の前にたどり着けば霊気の感覚は顕著になる。
 扉のガラスから中を覗こうとするが扉にはめ込まれているのは擦りガラスで中を見ることはかなわない。
 ランタンを静かに床に置き刀を抜き放つ。
 覚悟を決めて扉を開ければ中には白襦袢を着た長髪の女性がいた。
 「嫌なる気配が近付きてきたりと思うたがそなたが退魔師かえ?」
 女は振り向かずに少年に問いかける。
 「それがどうした」
 少年は問答をする気は無いという気を表すために刀を抜き構える。
 「そなたはわらわを消しに来しにきたのかえ?」
 少年はそれに答えずに距離を詰める。
 刀を振り上げても女は動こうともしない。
 「終わりだ」

 次の瞬間少年は女をすり抜け振り下ろした刀は床に食い込む。
 「え?」
 女はぴくりとも動かず直立不動のままだ。
 「ならば遠慮はしません」
 女が顔を下げたままそれだけを告げると少年は真横に吹き飛び教室の後ろの壁に叩きつけられる。
 背中を強くぶつけ肺から空気が抜けうまく呼吸ができない。
 少年の手からは刀が抜け床に転がっている。
 「どうせむや」
 女は足音もさせず少年の前に佇んでいる。
 次の瞬間戦場に闖入者が現れた。
 「ここかー!」
 教室の前の扉が勢いよく開くと少女が顔を覗かせた。
 少女の持っていた懐中電灯が教室内を照らし出す。
 「あり?そんなとこで何やってんの?」
 少女には女は見えていないらしく少年の方に歩いてくる。
 女は突然の闖入者に気を取られているらしく少年の方を見ていない。
 その隙をついて少年は力を振り絞り立ち上がり少女のほうに駆けだす。
 途中女がいたがその体は少年を何の抵抗もなく透過させる。
 少年はその勢いを殺さず少女に飛びつくと床に押し倒した。
 次の瞬間それまで少女の立っていた床が打撃音とともに陥没した。
 「立て!逃げるぞ!」
 少年は少女の手を強引に握り立たせると刀を拾い振り返りもせずに逃げ出す。
 後ろで女が何か言ったような気もするが廊下まで振り返らない。
 何かを蹴飛ばしたような気もするがような階段まで気もするが振り返らない。
 階段が軋み音を立てたが躊躇しない。
 追いつかれればやられる。
 必死で逃げる。

 ●

 旧校舎近くの林の中そこには二つの人影があった。
 「どうしてここにきた!」
 声を荒らげるのは少年。
 「え?
 だって君今日の幽霊の話に興味持ってたみたいだから来たらいるかな~って。
 私の予想大当たり!」
 少女は緊張感のない緩んだ顔で少年の問いかけに答える。
 「あ!
 そういえばさっきのどうやったの?
 ガンってなってダンってなってメキってなったの」
 「何だそれは」
 少年はいまだ怒りの収まらない様子で呆れたように答える。
 「え~っとだから君が私に欲情して押し倒した時の話。
 アレって手品?」
 少女は顎に指をあててその時のことを思い出すように尋ねる。
 「言っておくことが二つある。
 俺はお前に欲情してない!
 それとあれは手品じゃない悪霊の仕業だ」
 「悪霊…?そんなの信じてんの?」
 少女があっけにとられた顔をしたが次の瞬間大爆笑した。
 「いいから笑うな!
 お前も顔を見られたからもう部外者じゃないんだ。
 よく聞け――」

 ●

 「ふーん
 そーなんだ」
 少女は少し遠くに生えている一本の木をぼーっと眺めていた。
 「疑わないのか?」
 「何?疑ってほしいの?」
 少女は少年の方を向くと少しむっとした調子で続けた。
 「君がそう言ったからにはそうなんでしょ?
 違うの?」
 「そうだけど……」
 その返答に少女はにっこり笑った。
 「私は君のこと信じるよ」
 少年は自分が説明されても信じられないようなことを平気で納得する少女にあっけにとられていた。
 「よしじゃあ危険なことも分かったし帰ろう!
 こんなとこいつまでもいるもんじゃないよ。
 夜道は危ないから送ってってよ」
 少女の楽観的な物言いを少年は即座に遮る。
 「だめだこのままじゃ危険すぎる。
 手を出した以上いつ奴が無差別に人を襲いだすか解ったもんじゃない。
 それに俺たちは顔を覚えられた。
 逃げ出そうにも逃げ出せないさ」
 少年は厳しい顔で現状を端的に語る。
 「それじゃあどうするの?」
 「どうするも何も退治するしかない……」
 「できるの?」
 「正直に言って向こうの方が強い。
 たぶんまっすぐ行っても勝てない。
 でも不意さえ付ければどうにかなるかもしれない」
 「作戦はあるの?」
 「作戦と言えるほどのものじゃないけど一応あることはある。
 でもこれはお前も危険にさらすことになる」
 「部外者じゃないって言ったのは君でしょ。
 教えてその作戦」
 少女の顔には強い決意が浮かんでいた。

 ●

 「さあ!さっさと出てきなさいよ!」
 少女が大声を張り上げながら一階を歩き回っている。
 すると廊下の先、懐中電灯では払えない闇の中から女がにじみ出すように現れた。
 「覚悟を決めたようですね。
 ひと思ひに殺してあげはべらむ」
 「悪いけど何言ってんのかわかんないわよ。
 日本語話しなさい」
 少女は強気に女に話しかけるが膝が震えている。
 「なんと無礼な!」
 女は少女の物言いが頭に来たのか声を張り上げた
 女が少女に腕を振り上げる。
 「そこだ!!」
 少年が後ろから女に向かって斬りかかる。
 しかし攻撃はまたもや女の体を素通りする。
 「な!?」
 少年は渾身の一撃が外れたことに戸惑いを隠せない。
 「こしゃくな」
 女が腕を振るうと同時少年が廊下の壁に叩け付けられる。
 「きゃ!」
 続けざま少女も飛ばされ少年に崩れ落ちる。
 「だ、だめなのか」
 女が少年の前に死神のように立ちはだかる。
 女が腕を振り下ろした瞬間少年の脚があり得ない方向に曲がった。
 「ぐぅあああぁぁぁぁぁあああああ!!!」
 少年の絶叫が木霊する。
 「これで終はり」
 女が無慈悲に終幕を告げる。
 次の瞬間
 「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
 突然女が耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げ始めた。
 「な、なんだ!?」
 少年があまりのことに戸惑っていると横から少女が脇に腕を通した。
 「なんだかわかんないけど今のうちに逃げましょ」
 少年と少女が助け合いながら逃げ出す背後女は炎に包まれていた。

 ●

 「どういうことだったの?」
 少女が夜空に舞う火の粉を見ながら少年に尋ねた。
 「あれはきっと自縛霊だったんだ。
 本体なんて最初からいない場所に憑く霊だ。
 たぶん俺がランタンを蹴飛ばしてそこから燃え広がったんだろ」
 目の前では校舎が紅い炎に包まれあたりを照らし出している。
 「ふーんそーなんだ。
 脚大丈夫?
 救急車呼んどいたよ」
 少年は少女に膝枕をされながら横たわっている。
 「ああ感覚が麻痺してるのかなあんま痛くないや。
 少し疲れた眠らせてもらうよ」
 少年が静かに寝息を立て始めた。
 「うんお休み」

 ●

 「後日談」

 白い建物にリノリウムの廊下。
 ここは少年の入院している病院だ。
 ロビーの奥受付ではナースたちが話をしている。
 「ねぇ。新しく205号室に入った子大変らいいわね」
 「ええ何でも幽霊の幻覚が見えるって言い張るとか」
 「そうそうこの病院に運び込まれた時も折れてないのに足が折れてるとか言って大変だったし。
 ここだけの話あの子学校に放火したらしいわよ」
 「はー怖いもんねー」

 ●

 小さな格子のはまった金属製の扉が外出を阻む部屋の中で少年は笑っている。
 「なんだまたお見舞いに来てくれたのか」
 少年は誰もいない空間に笑いかける。
 存在しない少女に笑いかける。

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