季節は秋の始まり。
秋の虫たちが夏の虫たちにとってかわりわずかに肌寒くなる頃だ。
時刻は深夜、空には満月と星の輝きを遮るような雲はかけらも存在しない
満天の星空を切り取るように広がる漆黒の壁がそびえたっている。
それは空にも届こうかという高い山々の連なりだ。
ゴンドワナ大陸最大級の休火山を有するアグニスキア山脈の一部だ。
山脈の麓の山肌に広がるのは広大な針葉樹の黒い森。
満月の光が明るいとはいえ森の影は照らしきれるようなものではない。
森の中にはクマやオオカミなど危険な動物も多くいる。
そのためこのような時間に歩いている人間は一人もいない。
もっとも日中でさえこのような森の奥深くに来るような物好きな人間はいないだろう。
しかし例外もある。
森の中に聞こえるのは秋の虫の大合唱
うるさいほどの合唱も聞こえない一角がある。
暗闇をつら向く一筋の白線。
その小川に沿うように虫の合唱が消えている。
代わりに響く音がある。
草を踏み分ける音、水をはね散らせる音。
一が走る時に出す音、それも一人分では無い。
多くの人間が走る音だ。
名もないような川に沿って走る一つの集団だ。
集団の人数は五人だけ少年もいれば少女もいる。
そんな子供だけの小さな集団だ。
簡素な純白の服を着ている子供たち。
しかし肌の色はよくどこも悪そうには見えない。
山野奥深くにいることも合わせて不自然な集団だ
何かから逃げるように脇目も振らず走る彼ら。
先頭を走るのはおそらくリーダーの金髪の少年。
意志の強さを感じさせる青い瞳が印象的な少年だ。
少年だけが白かったであろう服をまだらにどす黒い赤に染め右手には華奢な少年の手にふさわしくない大きく無骨な鉄の塊を持っている。
鉄の弾を射出し人を傷つけるために作りだされた鉄の塊だ。
年齢はまだ十代半ばに達していないだろう。
彼に付いていくように四人の子どもたちがいる。
すぐ後ろに癖の強い髪を短く刈った少年とひょろりと育ちすぎたもやしの様に背の高い少年。
二人とも前の少年より年齢はやや下だがしっかりとついてくている。
さらにその後ろに少し離れて二人が走っている。
金髪の少年は速度を落とさず後ろを振り返りながら小さな、しかししっかりと通る声で呼びかける。
「遅れているやつはいないか!全員付いてきてるか?」
最後尾、集団の中で先頭の少年に次いで二番目の年齢の長い金髪を持った可愛らしい少女がいた。
少女は前の三人から少し遅れ気味に息を切らせながら声を飛ばす。
「この子がもう走れないみたいなの。この子壁を破壊するのに能力を使いすぎて疲れてるのよ。少しでいいから休ませてあげて」
少女はリーダーに休憩を提案する。
その少女の右腕には小さな子どものか細い左腕が握られていた。
少し力を加えればポキリと折れてしまいそうなほどか弱い。
息を切らして懸命に走っている子供は集団の中で最年少で五歳くらいだろうか。
なれない険しい山道に疲弊しておぼつかない足取りになりながらも必死に年上の少年達に付いていこうとしている。
その必死さは痛々しささえ感じさせる。
「駄目だ休めない。そいつは俺が負ぶっていく。目的地までそうたいした距離でもない」
少年は子どもを背に乗せるため一旦脚を止め屈む。
そして首を回して背後に鬱蒼と茂る森を見通すかのように視線を向ける。
それは彼らが走ってきた方向だ。
暗闇を見つめて眉間に皺をよせ難しい顔をする少年。
先ほどまで子どもの手を握って走っていた少女が少年に焦った調子で問いかける。
「見えてないから人は大丈夫だと思うけど、『犬』は追って来てる?」
少女は立ち止まったわずかな時間を利用しまくしたてる。
背後の森の遥か向こう、木々に阻まれて少年から見えない位置には赤と黒の色がある。
山肌を削って造られた場所に立っている立方体の建物から火が出ているのだ。
コンクリートがむき出しの四角い建物。
要塞か監獄を彷彿とさせる無機質な外見だ。
建物の正面には人外な力で砕かれた塀と倒れ伏す警備員、正規通用口そして炎に照らされて浮かび上がる搬入出用の頑丈な黒く冷たい鉄の扉がある。
中の災いを外に出さないための強固な鉄の扉だ。
秋の虫たちが夏の虫たちにとってかわりわずかに肌寒くなる頃だ。
時刻は深夜、空には満月と星の輝きを遮るような雲はかけらも存在しない
満天の星空を切り取るように広がる漆黒の壁がそびえたっている。
それは空にも届こうかという高い山々の連なりだ。
ゴンドワナ大陸最大級の休火山を有するアグニスキア山脈の一部だ。
山脈の麓の山肌に広がるのは広大な針葉樹の黒い森。
満月の光が明るいとはいえ森の影は照らしきれるようなものではない。
森の中にはクマやオオカミなど危険な動物も多くいる。
そのためこのような時間に歩いている人間は一人もいない。
もっとも日中でさえこのような森の奥深くに来るような物好きな人間はいないだろう。
しかし例外もある。
森の中に聞こえるのは秋の虫の大合唱
うるさいほどの合唱も聞こえない一角がある。
暗闇をつら向く一筋の白線。
その小川に沿うように虫の合唱が消えている。
代わりに響く音がある。
草を踏み分ける音、水をはね散らせる音。
一が走る時に出す音、それも一人分では無い。
多くの人間が走る音だ。
名もないような川に沿って走る一つの集団だ。
集団の人数は五人だけ少年もいれば少女もいる。
そんな子供だけの小さな集団だ。
簡素な純白の服を着ている子供たち。
しかし肌の色はよくどこも悪そうには見えない。
山野奥深くにいることも合わせて不自然な集団だ
何かから逃げるように脇目も振らず走る彼ら。
先頭を走るのはおそらくリーダーの金髪の少年。
意志の強さを感じさせる青い瞳が印象的な少年だ。
少年だけが白かったであろう服をまだらにどす黒い赤に染め右手には華奢な少年の手にふさわしくない大きく無骨な鉄の塊を持っている。
鉄の弾を射出し人を傷つけるために作りだされた鉄の塊だ。
年齢はまだ十代半ばに達していないだろう。
彼に付いていくように四人の子どもたちがいる。
すぐ後ろに癖の強い髪を短く刈った少年とひょろりと育ちすぎたもやしの様に背の高い少年。
二人とも前の少年より年齢はやや下だがしっかりとついてくている。
さらにその後ろに少し離れて二人が走っている。
金髪の少年は速度を落とさず後ろを振り返りながら小さな、しかししっかりと通る声で呼びかける。
「遅れているやつはいないか!全員付いてきてるか?」
最後尾、集団の中で先頭の少年に次いで二番目の年齢の長い金髪を持った可愛らしい少女がいた。
少女は前の三人から少し遅れ気味に息を切らせながら声を飛ばす。
「この子がもう走れないみたいなの。この子壁を破壊するのに能力を使いすぎて疲れてるのよ。少しでいいから休ませてあげて」
少女はリーダーに休憩を提案する。
その少女の右腕には小さな子どものか細い左腕が握られていた。
少し力を加えればポキリと折れてしまいそうなほどか弱い。
息を切らして懸命に走っている子供は集団の中で最年少で五歳くらいだろうか。
なれない険しい山道に疲弊しておぼつかない足取りになりながらも必死に年上の少年達に付いていこうとしている。
その必死さは痛々しささえ感じさせる。
「駄目だ休めない。そいつは俺が負ぶっていく。目的地までそうたいした距離でもない」
少年は子どもを背に乗せるため一旦脚を止め屈む。
そして首を回して背後に鬱蒼と茂る森を見通すかのように視線を向ける。
それは彼らが走ってきた方向だ。
暗闇を見つめて眉間に皺をよせ難しい顔をする少年。
先ほどまで子どもの手を握って走っていた少女が少年に焦った調子で問いかける。
「見えてないから人は大丈夫だと思うけど、『犬』は追って来てる?」
少女は立ち止まったわずかな時間を利用しまくしたてる。
背後の森の遥か向こう、木々に阻まれて少年から見えない位置には赤と黒の色がある。
山肌を削って造られた場所に立っている立方体の建物から火が出ているのだ。
コンクリートがむき出しの四角い建物。
要塞か監獄を彷彿とさせる無機質な外見だ。
建物の正面には人外な力で砕かれた塀と倒れ伏す警備員、正規通用口そして炎に照らされて浮かび上がる搬入出用の頑丈な黒く冷たい鉄の扉がある。
中の災いを外に出さないための強固な鉄の扉だ。
「まだだ。扉は開いていない。でも『犬』が出てくるのも時間の問題だろう、急ぐぞ!」
少年は子どもを背中に乗せ立ち上がると、乗せる前と変わらぬ速さで走り始めた。
「僕たちこれで逃げれるの!?」
「逃げ切れるさ!もう少しもう少しだ」
「無駄口をたたくな!口を動かす力で足を動かせ!」
五分ほど明かりのない森の中を川に沿って走り続けただろうか。
先ほどまで沿って走っていた川はいくつかの支流と合流し小川とは呼べない太さになっていた。
先に進めば進むほど川は太さを増し流れる水の音は大きくなっていく。
澄んだ水が足元で跳ねる。
皆がここまで逃げれば追手は来ないだろうと安心したその時少年の背にいた子供が不吉な言葉をささやく。
「門があいた……『犬』が来る……」
次の瞬間大型肉食獣の、それもオオカミよりも低くそして大きな遠吠えが山中に響き渡った。
眠っていた鳥たちが森の木々から飛び立つ。
虫たちもただならむ気配を感じ石の下へ枝の上へより遠くへと逃げていく。
少年達は理解する。
もう逃げられないことに。
それは『ヤツ』が少年たちを追いかけるために解き放たれた証拠。
狩りが始まる合図だ。
「僕たちこれで逃げれるの!?」
「逃げ切れるさ!もう少しもう少しだ」
「無駄口をたたくな!口を動かす力で足を動かせ!」
五分ほど明かりのない森の中を川に沿って走り続けただろうか。
先ほどまで沿って走っていた川はいくつかの支流と合流し小川とは呼べない太さになっていた。
先に進めば進むほど川は太さを増し流れる水の音は大きくなっていく。
澄んだ水が足元で跳ねる。
皆がここまで逃げれば追手は来ないだろうと安心したその時少年の背にいた子供が不吉な言葉をささやく。
「門があいた……『犬』が来る……」
次の瞬間大型肉食獣の、それもオオカミよりも低くそして大きな遠吠えが山中に響き渡った。
眠っていた鳥たちが森の木々から飛び立つ。
虫たちもただならむ気配を感じ石の下へ枝の上へより遠くへと逃げていく。
少年達は理解する。
もう逃げられないことに。
それは『ヤツ』が少年たちを追いかけるために解き放たれた証拠。
狩りが始まる合図だ。
●
その部屋は可動式で床下には移動用のレールが敷いてある。
耳障りな甲高い金属の擦れる音が部屋の中にこれでもかとばかりに鳴り響く。
その音に反応し暗闇よりもなお暗い影が胎動する。
それの瞳が鈍く怪しく輝く。
部屋が突然動き出したことによって起こされたのだ。
それは此処ではただ『犬』とだけ呼ばれていた。
それ目の前に細長いアームで差し出されるのは布きれ。
常人にはわからないしかしそれにとって強いにおいの付いた布はそれの標的。
狩るべき弱者――獲物だ。
それは人間によって作りだされた同じ人間を狩るための兵器だ。
それの存在する理由はただ一つ脱走者を刈り取ることだ。
部屋の移動が唐突に止まる。
それを支配する感情は単純だ。
喰らえ!壊せ!殺せ!
原始的な破壊衝動を持った兵器だ。
目の前の扉がゆっくり開いていく。
それが突撃してもびくともしない扉がまどろっこしい緩慢な動きで開いていく。
それが扉が開ききり澄んだ冷たい夜気が流れ込んでくる。
部屋の中と外の温度の差で身震いをした。
それが外に出たものかどうか思案していると後ろから空気を焼く音がする。
棒が背後の壁から二本出ておりその間には青白く光る電流が流れている。
それは電気を流されるのは嫌いだった。
電流を流される前にそれは外に出る。
それにとっては久しぶりに出る外界だ。
広がるのは何の変哲もない森ばかり。
しかし初めてみるものばかりでそれは三方向を見渡す。
左の方には獲物の形をした玩具が倒れている。
動かないものはつまらないので転がっているものには目もくれない。
森の中には色濃く若い獲物においがする。
においの濃さから距離を測る。
あたりにはまだ濃い匂いが漂っている。
そう遠くない。
すぐに追いつける。
時間ならばいくらでもある。
なぜならばそれは自由を手に入れたのだ。
さあ狩りを始めよう。
丸太のように太い四肢に力を込める。
血走った目は暗闇を凝視する。
それは雄たけびを上げて走り始めた。
その音に反応し暗闇よりもなお暗い影が胎動する。
それの瞳が鈍く怪しく輝く。
部屋が突然動き出したことによって起こされたのだ。
それは此処ではただ『犬』とだけ呼ばれていた。
それ目の前に細長いアームで差し出されるのは布きれ。
常人にはわからないしかしそれにとって強いにおいの付いた布はそれの標的。
狩るべき弱者――獲物だ。
それは人間によって作りだされた同じ人間を狩るための兵器だ。
それの存在する理由はただ一つ脱走者を刈り取ることだ。
部屋の移動が唐突に止まる。
それを支配する感情は単純だ。
喰らえ!壊せ!殺せ!
原始的な破壊衝動を持った兵器だ。
目の前の扉がゆっくり開いていく。
それが突撃してもびくともしない扉がまどろっこしい緩慢な動きで開いていく。
それが扉が開ききり澄んだ冷たい夜気が流れ込んでくる。
部屋の中と外の温度の差で身震いをした。
それが外に出たものかどうか思案していると後ろから空気を焼く音がする。
棒が背後の壁から二本出ておりその間には青白く光る電流が流れている。
それは電気を流されるのは嫌いだった。
電流を流される前にそれは外に出る。
それにとっては久しぶりに出る外界だ。
広がるのは何の変哲もない森ばかり。
しかし初めてみるものばかりでそれは三方向を見渡す。
左の方には獲物の形をした玩具が倒れている。
動かないものはつまらないので転がっているものには目もくれない。
森の中には色濃く若い獲物においがする。
においの濃さから距離を測る。
あたりにはまだ濃い匂いが漂っている。
そう遠くない。
すぐに追いつける。
時間ならばいくらでもある。
なぜならばそれは自由を手に入れたのだ。
さあ狩りを始めよう。
丸太のように太い四肢に力を込める。
血走った目は暗闇を凝視する。
それは雄たけびを上げて走り始めた。
●
リーダーの少年を含め全員がその禍々しい雄たけびを聞き恐怖の色を顔に浮かべる。
絶望に染まった子供達の走りが乱れる。
幼いないころより植えつけられた恐怖にうろたえる。
先ほどまで無言で走っていた黒髪の少年もうろたえ情けない声を出し始めた。
「ど、どうすればいいんだよ。あいつらが本気で走ってきたら僕たちなんかあっという間に追いつかれるよ。
やっぱり無理だったんだよ。脱走なんて」
「大丈夫きっと。逃げ切れるわ」
少女は自分が集団の中でも年上の部類で頼られていることを自覚しているのか黒髪の少年を優しくなだめる。
自らも怖くないはずはないのだが青ざめた顔で気丈に振舞ってみせる。
「ね?アルファ、滝までもうすぐなんでしょ?」
「ああ。そこまで行けば大丈夫だ。もう滝の音も聞こえているだろ。俺たちは逃げ切れる」
リーダーのアルファと呼ばれた少年は皆を安心させるため過剰なまでに勇気づけながらも右手に持っていた拳銃の残弾を確認しグリップを強く握りなおす。
子供たちが迫りくる捕食者から前へ前へと逃げるに従って水の音と後ろからの地響きが大きくなってくる。
少年たちがいくら逃げようとも捕食者は着実に距離を詰めてきている。
それほどまでに獣との速度の差があるのだ。
「よしあそこだ。顔をできるだけ背中に付けとけよ」
アルファが背中の子どもにに注意を促し頭を守って茂みを突っ切るとそこは木が一本もなくこぶし大の丸い石が転がる川原が広がっていた。
先ほどまで集団の隣を流れていた川が本流と合流したのだ。
川は深くいちばん深いところで大人の胸辺りまである。
続いて少年の後ろから残ったメンバーたちも茂みから飛び出す。
ひょろりと背の高い少年が安心とともに呟いた。
「よしこれで助かるん――」
その瞬間後ろの茂みを破裂させるようにして飛び出した三つの大きな顎のうち真ん中のひとつが少年の肩に深く食い込む。
捕食は一瞬。
少年は悲鳴を上げる暇もなく茂みの中に引きずり込まれる。
「チャーリー!」
金髪の少女は悲痛な叫びともに振り返って追いかけようとするが黒髪の少年が必死に腕をつかみ引きずるように駆ける。
「姉さんチャーリーはもうだめだ、行っても無駄だよ!それに姉さんまで食われちゃうよ!」
背後の茂みからは悲鳴と肉と何か硬いものを食いちぎる音がする。
「でも!それでもあの子が!」
つかまれていることをものともせず少女は泣きやまない赤子のように声をあげ必死にチャーリーを助けに行こうとする。
しかし年長の少年が悲痛な色を顔に浮かべ事実を静かに告げる。
「もうあそこにチャーリーはいない。もう原型すら留めていないんだ。もう無駄なんだよ!」
この中で唯一茂みを見通すことの出来る少年は怒りと悔しさに奥歯を強く噛みしめている。
その言葉に少女は呆然とした様子で後ろ髪を引かれながらも前に向かって走り始める。
必死に走り距離をあけた後方の茂みからは黒の獣が肉を咀嚼し硬いものをかみ砕く音が響いてくる。
姿は見せなくともその音だけで威圧する。
『犬』は手に入れたばかりの餌に夢中で茂みの中から出てきもしないが追いかけてくるのも時間の問題だろう。
たとえ仲間を見捨てる残酷なことをしてでも今のうちに歩を進めなければすぐに追いつかれ全滅をしてしまう。
必死に逃げて距離を開けなければ次にあの目に逢うのは自分なのだ。
少年たちは一人の犠牲の隙をつき滝にもう少しと迫るも後ろから獲物を食いつくした狩人が追いかけてくる。
アルファは覚悟を決め背中の子どもを下ろし後ろを振り返る。
「行け!俺も長くは持たないだから早く行け!」
少年たちの淡い希望をかみ砕くべくナイフのような黄色い牙の生えた顎が三つ迫ってくる。
金髪の少年が暗闇の中拳銃を両手に構え迫りくる黒に精一杯照準を合わせていると突然横からひったくるようにして拳銃が奪われた。
「な!?」
拳銃を奪ったのは先ほどまで背負われていた子供だ。
「やる……だからアルファは先行って」
「遊びじゃねえんだよ!そいつよこしてさっさと逃げろぉお!」
アルファは必死の形相で子供から拳銃を奪い返そうとする。
「アルファは逃げられない……だからやる」
細い腕がちいさく震えながらも拳銃を肩の高さまで持ち上げる。
見えなくとも感じることができるのか迷いなく子どもは獣に照準を合わせる。
子どもは見通せない闇の中の黒に向かって正確に何度か引き金を引く。
撃つたびに火の花が咲き子供の腕が跳ね上がり照準が外れるがすぐに狙いを調整する。
引き金を引いた数だけ後方から小さな鉛玉が肉に食い込むかすかな音がする。
「早く!早くして!」
前方では先行した二人が滝の際で叫んでいる。
「ああぁもうクソォ!持ち上げるぞ!」
少年は子どもの腹のあたりを抱え上げると必死に滝に向かって走り始めた。
子どもは少年の肩に抱え上げられながらも後ろに向かって撃ち続ける。
子どもの撃つ弾丸は確実に『犬』の顔を穿っていく。
訓練された『犬』も顔を狙われてとっさに身がすくむ。
小さな銃弾の衝撃といえども『犬』の走る速度は先ほどよりも確実に落ちている。
「もういい着いた!手ぇ出せ!」
少年の言葉とともに子どもは拳銃を服の中にしまいこむと小さな両手で少年の手をつかむ。
「お前らもだ!手ぇ出せ!」
言われるまでもなく少女と背の高い少年は手を差し出していた。
アルファが残り二人の腕を掴むと皆で一斉に地を蹴って宙に飛び出した。
その瞬間彼らを襲うのは浮遊感。
虚空に飛び出す。
彼らは手をつなぎ滝に飛び込んだのだ。
滝の落差はゆうに30メートル以上もある。
飛び込めば水面に叩きつけられる衝撃で重症か悪ければ死亡だが子どもたちは獣に追いつかれるよりはいいと考えたのだろう。
彼らは落ちる墜ちる堕ちる―――。
崖の上では獲物を逃がした獣がその巨体から血を流しながら遠吠えをする。
その遥か下で急流に大きな水しぶきが上がった。
絶望に染まった子供達の走りが乱れる。
幼いないころより植えつけられた恐怖にうろたえる。
先ほどまで無言で走っていた黒髪の少年もうろたえ情けない声を出し始めた。
「ど、どうすればいいんだよ。あいつらが本気で走ってきたら僕たちなんかあっという間に追いつかれるよ。
やっぱり無理だったんだよ。脱走なんて」
「大丈夫きっと。逃げ切れるわ」
少女は自分が集団の中でも年上の部類で頼られていることを自覚しているのか黒髪の少年を優しくなだめる。
自らも怖くないはずはないのだが青ざめた顔で気丈に振舞ってみせる。
「ね?アルファ、滝までもうすぐなんでしょ?」
「ああ。そこまで行けば大丈夫だ。もう滝の音も聞こえているだろ。俺たちは逃げ切れる」
リーダーのアルファと呼ばれた少年は皆を安心させるため過剰なまでに勇気づけながらも右手に持っていた拳銃の残弾を確認しグリップを強く握りなおす。
子供たちが迫りくる捕食者から前へ前へと逃げるに従って水の音と後ろからの地響きが大きくなってくる。
少年たちがいくら逃げようとも捕食者は着実に距離を詰めてきている。
それほどまでに獣との速度の差があるのだ。
「よしあそこだ。顔をできるだけ背中に付けとけよ」
アルファが背中の子どもにに注意を促し頭を守って茂みを突っ切るとそこは木が一本もなくこぶし大の丸い石が転がる川原が広がっていた。
先ほどまで集団の隣を流れていた川が本流と合流したのだ。
川は深くいちばん深いところで大人の胸辺りまである。
続いて少年の後ろから残ったメンバーたちも茂みから飛び出す。
ひょろりと背の高い少年が安心とともに呟いた。
「よしこれで助かるん――」
その瞬間後ろの茂みを破裂させるようにして飛び出した三つの大きな顎のうち真ん中のひとつが少年の肩に深く食い込む。
捕食は一瞬。
少年は悲鳴を上げる暇もなく茂みの中に引きずり込まれる。
「チャーリー!」
金髪の少女は悲痛な叫びともに振り返って追いかけようとするが黒髪の少年が必死に腕をつかみ引きずるように駆ける。
「姉さんチャーリーはもうだめだ、行っても無駄だよ!それに姉さんまで食われちゃうよ!」
背後の茂みからは悲鳴と肉と何か硬いものを食いちぎる音がする。
「でも!それでもあの子が!」
つかまれていることをものともせず少女は泣きやまない赤子のように声をあげ必死にチャーリーを助けに行こうとする。
しかし年長の少年が悲痛な色を顔に浮かべ事実を静かに告げる。
「もうあそこにチャーリーはいない。もう原型すら留めていないんだ。もう無駄なんだよ!」
この中で唯一茂みを見通すことの出来る少年は怒りと悔しさに奥歯を強く噛みしめている。
その言葉に少女は呆然とした様子で後ろ髪を引かれながらも前に向かって走り始める。
必死に走り距離をあけた後方の茂みからは黒の獣が肉を咀嚼し硬いものをかみ砕く音が響いてくる。
姿は見せなくともその音だけで威圧する。
『犬』は手に入れたばかりの餌に夢中で茂みの中から出てきもしないが追いかけてくるのも時間の問題だろう。
たとえ仲間を見捨てる残酷なことをしてでも今のうちに歩を進めなければすぐに追いつかれ全滅をしてしまう。
必死に逃げて距離を開けなければ次にあの目に逢うのは自分なのだ。
少年たちは一人の犠牲の隙をつき滝にもう少しと迫るも後ろから獲物を食いつくした狩人が追いかけてくる。
アルファは覚悟を決め背中の子どもを下ろし後ろを振り返る。
「行け!俺も長くは持たないだから早く行け!」
少年たちの淡い希望をかみ砕くべくナイフのような黄色い牙の生えた顎が三つ迫ってくる。
金髪の少年が暗闇の中拳銃を両手に構え迫りくる黒に精一杯照準を合わせていると突然横からひったくるようにして拳銃が奪われた。
「な!?」
拳銃を奪ったのは先ほどまで背負われていた子供だ。
「やる……だからアルファは先行って」
「遊びじゃねえんだよ!そいつよこしてさっさと逃げろぉお!」
アルファは必死の形相で子供から拳銃を奪い返そうとする。
「アルファは逃げられない……だからやる」
細い腕がちいさく震えながらも拳銃を肩の高さまで持ち上げる。
見えなくとも感じることができるのか迷いなく子どもは獣に照準を合わせる。
子どもは見通せない闇の中の黒に向かって正確に何度か引き金を引く。
撃つたびに火の花が咲き子供の腕が跳ね上がり照準が外れるがすぐに狙いを調整する。
引き金を引いた数だけ後方から小さな鉛玉が肉に食い込むかすかな音がする。
「早く!早くして!」
前方では先行した二人が滝の際で叫んでいる。
「ああぁもうクソォ!持ち上げるぞ!」
少年は子どもの腹のあたりを抱え上げると必死に滝に向かって走り始めた。
子どもは少年の肩に抱え上げられながらも後ろに向かって撃ち続ける。
子どもの撃つ弾丸は確実に『犬』の顔を穿っていく。
訓練された『犬』も顔を狙われてとっさに身がすくむ。
小さな銃弾の衝撃といえども『犬』の走る速度は先ほどよりも確実に落ちている。
「もういい着いた!手ぇ出せ!」
少年の言葉とともに子どもは拳銃を服の中にしまいこむと小さな両手で少年の手をつかむ。
「お前らもだ!手ぇ出せ!」
言われるまでもなく少女と背の高い少年は手を差し出していた。
アルファが残り二人の腕を掴むと皆で一斉に地を蹴って宙に飛び出した。
その瞬間彼らを襲うのは浮遊感。
虚空に飛び出す。
彼らは手をつなぎ滝に飛び込んだのだ。
滝の落差はゆうに30メートル以上もある。
飛び込めば水面に叩きつけられる衝撃で重症か悪ければ死亡だが子どもたちは獣に追いつかれるよりはいいと考えたのだろう。
彼らは落ちる墜ちる堕ちる―――。
崖の上では獲物を逃がした獣がその巨体から血を流しながら遠吠えをする。
その遥か下で急流に大きな水しぶきが上がった。